「エモい古語辞典」は、従来の「古語辞典」と違って新鮮で楽しい読み物になる!

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エモい古語

先日、書店をぶらぶらしていると面白い本を見つけましたので、ご紹介します。

「エモい古語辞典」(堀越英美 著、海島千本 イラスト、朝日出版社 発行)という本です。

まえがきにある「『エモい』は古語の『あはれ』とほとんど同じ」という説明には、なるほどと「目から鱗が落ちる」思いでした。

ちなみに「エモい」は、英語の「emotional(エモーショナル)」を由来とした、「感情が動かされた状態」、「感情が高まって強く訴えかける心の動き」などを意味する日本のスラング(俗語)、および若者言葉で、2016年頃から使われ出しました。

感情が揺さぶられた時や、何とも言い表せない素敵な気持ちになった時、「哀愁を帯びた様」、「趣がある」、「グッとくる」、予期せずに感動した時、とりわけ心地の良い懐かしさや良質なセンチメンタルに襲われたときなどに用いられます。

1.「エモい古語辞典」とは

「タイトル」だけを見て、ちょっとふざけた軽い感じなのかと思いましたが、中身はちゃんとした古語辞典です。

知っていたい言葉、美しい言葉がたくさん載っています。

それを天文(時間、季節、宇宙、気象)・自然(生物、植物・元素・色)・人生(感情、人の営み)・物語(神話、歴史、怪異、中国、仏教、禅)・言葉(ことわざ、二字熟語、四字熟語、近世語、雅語)のカテゴリー別に記載する構成です。

巻末には細かい文字の検索はありますが、この本の使い方としては言葉を探す(あるいは調べる)というよりも、読み物的に楽しむのがぴったりの辞典です。

「辞典を読む楽しみ」については、前に「国語辞典を読む楽しみ」「英英辞典を読む楽しみは国語辞典を読む楽しみに通じる」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。

「好きなキャラをエモく表現するために感受性を爆上げしたいから、爆エモな語彙を知りたい」二次創作に挑戦してみたいマンガ好き中学生のリクエストにより、この本の企画がスタートしたそうです。

古語は、古代から「あはれ」を表現してきた「エモい言葉」の宝庫です。
表現に迷うとき、推しの尊さを前に言葉を失うとき、古語を参照しない手はありません。

しかし、ふつうの古語辞典には大量の言葉があり、そのなかから素敵な言葉を見つけるのは至難の業です。

そこで本書では、春夏秋冬、月や星、草花や色、「恋」など人の心を表す美しい言葉だけでなく、「名おそろしきもの」――怖さやおぞましさで心をつかむ言葉、様々な物語のイメージソースとなってきた神話や伝説、仏教の言葉、知る人ぞ知る四字熟語、現代の文章でも使える伝統的でみやびやかな雅語まで、知られざる「日本語」を収集し、1654語まで厳選して掲載しています。

著者の堀越英美さんは次のように書いています。

新たな表現は古語から生まれる!

「好きなキャラをエモく表現するために、感受性を爆上げしたい! 」
そんなとき、いちばんの味方になってくれるのは、
古来、先人たちが歴史の中で積み上げてきたグッとくる表現の宝庫、”古語”です。

――うそうそ時に逢いましょう ――海月(くらげ)の骨のような恋をした
――可惜夜(あたらよ)を君とすごせたら ――そして二人は泡沫(うたかた)に還る

本書は、こんなふうに、胸がうずく、心がゆれる日本語表現を、
1654語、厳選して詰め込みました。
春夏秋冬、月や星、草花や色、「恋」など人の心を表す美しい言葉だけでなく、
「名おそろしきもの」――怖さやおぞましさで心をつかむ言葉、
様々な物語のイメージソースとなってきた神話や伝説、仏教の言葉、
知る人ぞ知る四字熟語、

現代の文章でも使える伝統的でみやびやかな雅語まで、まんべんなく収集しています。

中身には古文や近代文学からの引用を(現代語訳つきで)できるだけ入れ、
海島千本さんによる美しいイラストを付し、
パラパラと読むだけでも楽しいものになっています。

★小説・マンガ・歌詞などの創作活動全般に。
★お話作りやネーミングのアイデア集として。
★古文や近代文学を楽しむ導入として。
本書をぜひお役立てください。

「エモさにふるえても語彙力を喪失したくない。
むしろ語彙力でエモさを増幅させたい。これはそんな人のための辞典です。」


エモい古語辞典 [ 堀越英美 ]

< 目次 >

まえがき、凡例

第一部 天文

  • 時間……時の流れ/朝/夕/夜
  • 季節……春夏秋冬/月の異名
  • 宇宙……宇宙/月/星/七夕
  • 気象……空/空の現象/太陽/雲/風/雨/つゆ、霜、氷/雪

第二部 自然

  • 生物……哺乳類/鳥/虫/そのほかの生物
  • 植物……花一般/梅、桜/花の名前/草、木
  • 元素……水/火/鉱物、宝石/ガラス
  • 色……色

第三部 人生

  • 感情……恋/人の心、おこない
  • 人の営み……夢、うつつ/身を飾るもの、こと/少女、芸能/こども

第四部 物語

  • 神話・歴史……記紀神話/伝説、歴史/剣などのアイテム
  • 怪異……あやかし/鬼/占い、呪い
  • 中国……中国の伝説
  • 仏教……仏教思想/仏教世界/地獄/仏教キャラ/仏教アイテム
  • 禅……禅

第五部 言葉

  • ことわざ……ことわざ・故事/言葉遊び
  • 二字熟語……光の二字熟語/闇の二字熟語/自然の二字熟語/人の二字熟語
  • 四字熟語……時空の四字熟語/情景の四字熟語/人の四字熟語/愛と友情の四字熟語/はかなさの四字熟語/芸術の四字熟語/戦いの四字熟語/闇の四字熟語/
  • 近世語……近世語、近代語
  • 雅語……雅語

五十音索引、出典一覧、参考文献

2.エモい古語の具体例

・「うそうそ時」に逢いましょう

「うそうそ時」とは、物のはっきり見えない夕暮れ時。または夜明け時。

・「海月(くらげ)の骨」のような恋をした

「海月(くらげ)の骨」とは、ありえない、あるいは非常に珍しい物事のたとえ。

「元真集(もとざねしゅう)」(*)に「世にし経ば海月の骨は見もしてむ 網代の氷魚はよるかたもなし」という歌があります。

(*)「元真集」とは、平安時代中期の貴族・歌人である藤原元真の私家集です。

また、これを踏まえた逸話が、清少納言の「枕草子」に出てきます。中納言藤原隆家(中宮定子の弟)が、中宮定子に献上した「扇の骨」を「今まで見たこともないほど素晴らしいものだ」と自慢したのに対して、清少納言が「それほど珍しい扇の骨なら、きっと(あるはずもない)海月の骨でしょうね」と皮肉った(揶揄した)という逸話です。

・「可惜夜(あたらよ)」を君とすごせたら

「可惜夜(あたらよ)」とは、明けてしまうのが惜しい夜。

・そして二人は「泡沫(うたかた)」に還る

「泡沫(うたかた)」とは、水面に浮かぶ泡 (あわ) 。 はかなく消えやすいもののたとえ。

鴨長明の「方丈記」の冒頭の「ゆく河の流れはたえずしてしかももとも水にあらず。よどみに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと又かくのごとし」という文章にもあります。

3.古典や古語を題材にしたり歌詞に取り入れた実例

谷村新司の「昴」の歌詞は、谷村のオリジナルではなく、石川啄木の「悲しき玩具」をふんだんに歌詞に取り入れています。これについては「谷村新司の昴の歌詞はオリジナルではなく、啄木の悲しき玩具から借用!?」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。

さだまさしの「まほろば」や「防人の詩」の歌詞も、万葉集の古歌をモチーフにしています。また、武島羽衣作詞・瀧廉太郎作曲の「花」の歌詞も、「源氏物語」に出てくる和歌などに着想を得ています。他にもいろいろな実例がありますが、これについては「古典から着想を得た歌詞は意外に多い!」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。

また、『鬼滅の刃』『呪術廻戦』などのアニメヒット作でも、古き良き日本語が効果的に使われています。『鬼滅の刃』の「胡蝶しのぶ」「上弦の鬼」「下弦の鬼」や夥しい「四字熟語」、『呪術廻戦』の「天逆鉾(あまのさかほこ)」「結界」などがその例です。

胡蝶しのぶ

  • 春愁 ――Mrs. GREEN APPLEの曲名
  • 千本桜 ――2011年の初音ミクのヒット曲のタイトル
  • 上弦、下弦、魘夢、栗花落、胡蝶、紅蓮、黎明、幾星霜 ――『鬼滅の刃』に登場。
  • 可惜夜、玉響、碧落、月の舟 ――霜降り明星・粗品「希う feat.初音ミク」
  • 寒苦鳥、波羅夷 ――ヒプノシスマイクのメンバーの名前
    そのほか初音ミクの楽曲に「待宵の歌姫」「玉響」「月夜の恋蛍」「沫雪ストライド」など。

小説、マンガ、歌詞、短歌、俳句など、自らも創作活動においてこのような言葉を使ってみたい!と思う人は少なくありません。

余談ですが、「鬼滅の刃」については「鬼滅の刃のアニメ映画が大人気!日本のアニメが海外でも大人気なのはなぜ?」「鬼滅の刃・胡蝶しのぶのモデル!「渡り蝶」アサギマダラの不思議な世界。」という記事も書いていますので、ぜひご覧ください。

4.著者の堀越英美(ほりこ しひでみ)さんとは

1973年生まれ。文筆家。早稲田大学第一文学部卒。著書に『女の子は本当にピンクが好きなのか』『不道徳お母さん講座』『スゴ母列伝』『モヤモヤしている女の子のための読書案内』など、訳書に『世界と科学を変えた52人の女性たち』『ガール・コード』『ギタンジャリ・ラオ STEMで未来は変えられる』など。

5.イラストの海島千本(うみしま せんぼん)さんとは

海島千本

海と島と旅行、干し芋が大好き。 アニメーターとしてキャラクターデザイン、 総作画監督などを担当した後、 現在は主にイラストレーター・漫画家として活動。 2022年2月よりショート&オムニバス漫画『Rooms』を連載中。画集『千本の花束 海島千本作品集』(PIE International 刊)、 短編集『プリズムの咲く庭』(新潮社)が発売中のほか、22年4月には最新画集『Rooms 海島千本イラスト+コミック集』(PIE International 刊)の発売が決定。

とびうお海鮮、海せん、カイセンなどのペンネームで活動。柔らかな色使いと繊細な筆致で人気を博す。

若手ながら「ジョバンニの島」で小物設定を、「ブラック・ブレッド」ではキャラクターデザイン・総作画監督を担当。