<メドゥーサの首を切り落としたペルセウス アントニオ・カノーヴァ作>
『ギリシャ神話』はもともと口承文学でしたが、紀元前8世紀に詩人のヘーシオドスが文字にして記録しました。古代ギリシャの哲学、思想、宗教、世界観など多方面に影響を与え、ギリシャでは小学校で教えられる基礎教養として親しまれています。
絵画ではしばしばモチーフとして扱われ、多くの画家が名作を残しています。文学作品や映画などにも引用され、ゲーム作品でも題材になっていることがあります。たとえば、ディズニー映画の『ヘラクレス』はギリシャ神話をモデルにしたお話です。
『ギリシャ神話』(およびその影響を受けた『ローマ神話』)は、現在まで欧米人にとって「自分たちの文化の土台となったかけがえのない財産」と考えられて、大切にされ愛好され続けてきました。
欧米の文化や欧米人の物の考え方を理解するためには、欧米の文化の血肉となって今も生き続けている『ギリシャ神話』の知識が不可欠です。
「日本神話」は、天皇の権力や天皇制を正当化するための「王権神授説」のような神話なので、比較的単純ですが、『ギリシャ神話』は、多くの神々やそれらの神の子である英雄たちが登場し、しかもそれらの神々の系譜や相互関係も複雑でわかりにくいものです。
前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、「オリュンポス12神」およびその他の「ギリシャ神話の女神」「ギリシャ神話の男神」を紹介する記事を書きましたので、今回はシリーズで『ギリシャ神話』の内容について、絵画や彫刻作品とともに具体的にご紹介したいと思います。
第18回は「ペルセウスは怪物を次々と倒した英雄」です。
1.ペルセウスとは
「ペルセウス(古希: Περσεύς, Perseus)」(パーシアス)は、ギリシア神話に登場する英雄で、ゼウスとダナエー(アルゴス王アクリシオスの娘)の子です。
妻アンドロメダーとの間にペルセウス(ペルセース)、アルカイオス、ステネロス、ヘレイオス、メーストール、エーレクトリュオーン、ゴルゴポネーをもうけました。
ペルセウスはゼウスの血を引く半神であり、神々から授かった魔術的な武具を駆使してメドゥーサ殺しを成し遂げ、その後も多くの困難を乗り越えました。ミュケーナイ王家の創始者となり、死後は星座(「ペルセウス座」)になったとも言われます。
2.ペルセウスにまつわる神話
(1)誕生
<ダナエ ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス画 ダナエーとペルセウスはセリーポス島に漂着する>
アルゴス王アクリシオスには娘ダナエーがいましたが、男の子がおらず、息子を望んだアクリシオスは使者を使わして神託を求めました。神託は「息子は生まれず、アクリシオスは彼の孫によって殺される」という恐るべき内容だったため、アクリシオスはダナエーを青銅の部屋に幽閉しました。
ところがゼウスが黄金の雨に身を変えて忍び込み、ダナエーはペルセウスを産みました。これを知ったアクリシオスは、娘とその子を手にかけることができず、二人を箱に閉じこめて川に流しました。ダナエー親子はセリーポス島に流れ着き、漁師ディクテュスによって救出されました。
(2)ゴルゴーン退治
<メドューサに勝利するペルセウス像(ヴィクトリア&アルバート博物館蔵)>
ペルセウスはセリーポス島で成長しましたが、やがて、漁師ディクテュスの兄でセリーポス島の領主であるポリュデクテースがダナエーに恋慕するようになり、邪魔になるペルセウスを遠ざけるためにゴルゴーンの一人メドゥーサの首を取ってくるように命じました。
ペルセウスはアテーナーとヘルメースの助力を受け、アテーナーから青銅の盾を授かり、ゴルゴーンを殺すのに必要な道具を持っているニュムペーたちの居場所を聞くためにゴルゴーンの妹であるグライアイ三姉妹の元に行きました。
彼女たちは生まれつき醜い老女で、三人でたった一つの眼と一本の歯しか持っていませんでした。彼女たちが居場所を教えてくれないために、この眼と歯を奪って脅すことで無理やり聞き出しました。
そしてニュムペーたちから翼のあるサンダル、キビシス(袋)、ハーデースの隠れ兜を借りました。さらにペルセウスはヘルメースから金剛の鎌(ハルペー)を授かったとされます。
一説には、サンダル、兜、およびキビシス(袋)はゴルゴーンの居場所を聞くために立ち寄ったグライアイ三姉妹の所有物で、ゴルゴーンの居場所を聞いたついでに奪っていったという説もあります。
また、翼のあるサンダルはヘルメースから与えられたともいわれます。そして西の彼方のオーケアノスの流れの近くに住むゴルゴーン姉妹を発見し、アテーナーに手を引かれ、メドゥーサの顔を見ないようにして、盾に映し出されたメドゥーサの姿を見ながら、剣でメドゥーサの首を取ることに成功しました。
このとき、首を切られたメドゥーサの体から血しぶきとともに翼ある馬ペーガソスとクリューサーオールが飛び出したということです。ペルセウスはキビシスの中にメドゥーサの首を入れ、飛び去りました。他のゴルゴーンたちは目を覚まし、メドゥーサの殺害者を探しましたが、ペルセウスは隠れ兜の力で逃げのびることができました。
(3)巨人アトラース
<天球を支えるアトラス グエルチーノ画>
<ペルセウス シリーズ:石に変わるアトラス エドワード・バーン=ジョーンズ画>
<アトラスとヘスペリデス ジョン・シンガー・サージェント画>
ペルセウスはメドゥーサ殺しの試練から帰る途中、リビュアを飛行しました。このときメドゥーサの首から血が大地に滴り落ちました。するとその場所から様々な種類のヘビが生まれ、リビュアは多くのヘビが棲息する土地となりました。
またペルセウスは巨人アトラースが支配するヘスペリスの園を訪れました。空を飛び続けた彼は夜の闇に不安を感じ、ヘスペリスで休ませてもらおうと思ったのです。しかしアトラースはテミスから「ゼウスの息子に黄金の林檎の木の実を奪われる」という予言を授かっていたため、ペルセウスが予言の男なのではないかと疑って追い払おうとしました。
ペルセウスは根気よく頼みましたが、アトラースに抵抗できるはずもなく、ついにアトラースに向けてメドゥーサの首をかざしました。こうしてアトラースは山と化し、そのうえに天空が乗ったということです。
(4)アンドロメダーとの結婚
<海の怪物からアンドロメダを助けるペルセウス>
<アンドロメダを救うペルセウス ピエロ・ディ・コジモ 画>
<アンドロメダを救うペルセウス パオロ・ヴェロネーゼ 画>
<アンドロメダを救うペルセウス ヨアヒム・ウテワール 画>
<アンドロメダを解放するペルセウス ピーテル・パウル・ルーベンス 画>
<ペルセウスとアンドロメダ ピーテル・パウル・ルーベンス 画>
<ペルセウスとアンドロメダ ギュスターヴ・モロー画>
<ペルセウスとアンドロメダ ティツィアーノ・ヴェチェッリオ画>
メドゥーサの首を袋に入れて飛行中のペルセウスは、母カッシオペイア(カシオペア)のために海神ポセイドーンの怒りを買い、生贄とされかけていたエチオピアの王女アンドロメダーを見つけました。
かつて、王妃カッシオペイアが口をすべらせて言いました。「私やアンドロメダーの美しさには、海のニンフですらかなわないでしょう!」
この海のニンフは海神ポセイドーンの50人の孫娘で、ネーレイデスと言います。この言葉を聞いた彼女らは腹を立て、ポセイドーンに苦情を言い、カッシオペイアに罰を与えることを要求したのです。
ポセイドーンは、海獣ティアマトを放ちました。このティアマトは星座の「鯨座」です。鯨といっても鋭い牙を持った化け物(怪獣)なのです。
ペルセウスは彼女の父ケーペウスにアンドロメダーと結婚する許可を得ると、海の怪獣と戦って倒し、アンドロメダーを救いました。ところがアンドロメダーにはもともとピーネウスという婚約者がおり、仲間を率いて婚礼の宴に現れ、ペルセウスを亡き者にしようとしました。
宴は戦争のような混乱に包まれましたが、ペルセウスはピーネウスら一党にメドゥーサの首を見せて石と化しました。
<フィネウス(ピーネウス)とその一味を打ち倒すペルセウス ルカ・ジョルダーノ画>
アンドロメダーと結婚したペルセウスはセリーポス島に戻ると、ポリュデクテースにメドゥーサの首をつきつけて石にし、祭壇に逃れていた母とディクテュスを助け出しました。そして恩義あるディクテュスを新たな王に就けました。セリーポス島が岩だらけの島になったのはメドゥーサの首によるものだ、と言われます。
(5)祖父アクリシオスの死
その後、ペルセウスは妻や母と共にアルゴスに帰国しましたが、このことを伝え聞いたアクリシオスはペルセウスを恐れてアルゴスから逃亡し、ペルセウスはアルゴスの王となりました。
あるとき、ペルセウスはラーリッサの街で開かれた競技会の円盤投に出場しました。しかしペルセウスが投げた円盤が観客席に飛び込み、ある老人に当たって死なせてしまいました。その老人こそアクリシオスで、こうして神託は実現しました。ペルセウスは自分が殺してしまった祖父の国土を継承することを恥じ、ティーリュンスの王メガペンテース(プロイトスの子)のところに行って国土の交換を行い、ミデア、ティーリンス、ミュケーナイの支配者となりました。
(6)ディオニューソスとの戦い
一説によるとペルセウスが王となった後、ディオニューソスの来訪がありました。多くの土地でディオニューソスは拒絶されましたが、アルゴスにおいては戦争に発展しました。ディオニューソスはエーゲ海の島からハリアイ(海の女たち)を伴って現れました。
ペルセウスは軍を率いてこれと戦い、多くの女たちを殺しました。パウサニアスの証言によると、アルゴスの市内には殺されたマイナスのコレイアの墓や、ハリアイの合葬墓がありました。
その上さらにペルセウスはディオニューソスを殺したとさえ伝えられています。そしてペルセウスは神の死体をレルネーの泉に捨てたとも。
しかしディオニューソスはレルネーの泉を通って冥府戻って来る来ることができたようです。
その後、両者は和解し、アルゴス人はディオニューソスの神域を選定して、クレータゆかりのディオニューソスの神殿を建設しました。ちなみにこの神域が「クレータゆかりの」と呼ばれるようになったのは、この場所にディオニューソスがアリアドネーを葬ったからだということです。
ペルセウスの死に関しては、プロイトスの息子メガペンテースによって殺されたとする説があります。死後、ペルセウスはアテーナーによって天に上げられ、「ペルセウス座」となったということです。
余談ですが、「ペルセウス座」と言えば、真夏の夜の「ペルセウス座流星群」で大変有名ですね。