日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.犬/狗(いぬ)
「犬」は、食肉目イヌ科の哺乳類で、古くから、番犬・猟犬・愛玩犬などとして飼われています。
犬は縄文時代から家畜化されており、自然界の言葉と同じく基礎語にあたります。
そのため、犬の語源は以下の他にも多くの説があります。
①「イ」は「イヘ(家)」の意味で、「ヌ」は助詞。
②「イヌ(寝ぬ)」の意味や、「家で寝る」の意味で「イヌル」の下略。
③すぐに立ち去ってしまうことから、「イヌ(往ぬ・去ぬ)」。
④「唸る(うなる)」の古語「イナル」の語幹「イナ」の転。
⑤他の動物と同様に、また、「犬」の字音が「クエンクエン」という鳴き声から「ケン」であるように、鳴き声が語源で「ワンワン」や「キャンキャン」が転じたもの。
なお、①②③を合わせたような、「遠くからでも飼い主の元にイヌルという意味からきた説」もあるようです。「帰巣本能」由来説とも言えますが、「帰巣本能」については「ツバメやイヌの帰巣本能って本当にあるの?そのメカニズムとは?」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
江戸時代以前、犬の鳴き声は「ビヨビヨ」「ビョウビョウ」と表現されていたことを踏まえると、鳴き声を語源とするのは考えにくいですが、それ以前、鳴き声がどう表現をされていたか不明であるため、完全に否定することはできません。
「狗」は子犬を表し、「エヌ」と呼ばれていました。
「イヌ(犬)」と「エヌ(子犬)」が正確に区別されていたとすれば、「イ」や「エ」が区別するための音で、「ヌ」に「犬」表す意味が含まれている可能性が高くなります。
漢字の「犬」は、イヌを表した象形文字です。「狗」は、「犬」と音符「句」からなる会意兼形声文字で、「句」は「小さくかがむ」の意味です。
余談ですが、犬は主人に忠実で従順なことから、「新選組は幕府の犬(狗)だ」とか「岸田首相は財務省のポチ」などと、人を悪く言う時に使われることもありますね。
2.一石二鳥(いっせきにちょう)
「一石二鳥」とは、一つのことをして、同時に二つの利益を得ることです。
意外なことに、一石二鳥は、鳥が2羽集っていたところで、1羽の鳥を狙って石を投げたら、鳥が2羽とも落ちてきたというイギリスのことわざ「To kill two birds with one stone.(一つの石で二羽の鳥を殺す)」を翻訳した四字熟語です。
言葉の意味から、3つ以上の利益が得られる場合は「一石三鳥」や「一石四鳥」などという造語が使われることもあります。
このことわざを中国では「一挙両得」と訳しており、日本もこれを採用していましたが、大正時代に改訳されて「一石二鳥」になりました。
この改訳には、中国の四字熟語「一箭双雕(いっせんそうちょう)」(一本の矢で二羽の鷲を射るの意で、一つの行動で二つの利益を得ることを表す)を参考にしたともいわれますが、「To kill two birds with one stone.」に近い表現にしたと見る方が自然です。
「一石二鳥」と初めて訳されたのは大正期ですが、しばらくは「一挙両得」とも訳されており、「一石二鳥」が一般化されたのは昭和10年代以降と考えられます。
3.諱(いみな)
「諱」とは、生前の行状によって死後に贈る称号(「諡(おくりな)」とも言う)、生前は口にすることを憚(はばか)った貴人の実名のことです。
「いみな」は、忌んで口にすることを憚った名で「忌み名」という意味です。
漢字の「諱」は、「いむ(「忌む」の意)」とも読みます。
「諱」の「韋」は「違」の原字で、「諱」はぶつからないように避けて言わないことを表します。
4.一辺倒(いっぺんとう)
「一辺倒」とは、一方にかたよること、他は顧みず特定の対象だけに心を傾けることです。
一辺倒は、第二次大戦後、毛沢東の論文から入った言葉と言われますが、それ以前に既に日本に入っており、毛沢東の論文によって有名になり流行した言葉というのが真相です。
一辺倒の語源は、中国宋学の入門書『近思録(1176年刊)』にある儒者・程顥の言葉「一辺を救ひ得れば、一辺に倒了す」に由来します。
これは「小賢しい者と話をするのは、酔っ払いを抱え助けるようなもの。一方から助けあげると、一方へ倒れかかる」といった酔っ払いにたとえた言葉として使われています。
そこから、知識人は一つの考えに偏り、他の考えを退けるといった意味で、「一辺倒」は用いられました。
現代では、「ビール一辺倒だ」のように、好みがかたよっている意味で多く用いられます。
なお、「うわべだけの」または「ふつうの」というような意味合いで「通り一辺倒」という表現が見られますが、掲載する辞書が見あたりません。
「うわべだけの」という意味から考えて、「通り一遍」という言葉を間違えて、響きが似ている「一辺倒」と混ぜて使った誤用です。
余談ですが、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵略に対して、岸田首相がロシアに対する非難とウクライナ支援を強く打ち出していることに対して、最近鈴木宗男氏や森喜朗元首相が「そんなにウクライナ一辺倒でよいのか?」という発言をしたのが印象に残っています。
確かに「ウクライナ侵略の終結の見通し」が立たない中、「ウクライナ支援疲れ・ゼレンスキー疲れ」が出てきているのは事実ですが、そうかといって侵略者の肩を持つような両氏の発言は日本の国益になるのか疑問です。
5.海豚(いるか)
「イルカ」とは、クジラ目ハクジラ類のうち、体長4~5メートル以下(厳密な区別はない)の種類の総称です。
イルカの語源は、以下の通り諸説あります。
①イルカ漁をすると大量に血が流れ出て、辺り一面が血の臭いになることから、「チノカ(血臭)」が転じたとする説。
②「行く」を意味する「ユルキ」が転じたとする説。
③イルカは海面に頭を出し入れすることから、一浮一没の魚の意味で「イリウク(入浮)」が転じたとする説。
④よく入り江に入ってくるので、「イルエ(入江)」が転じたとする説。
⑤「イルカ」の「イル」は「イヲ(魚)」で、「カ」は食用獣をいう語とする説。
イルカを「ユリカ」と呼ぶ地方もあり、この方言が「イルカ」の訛りでなければ②の説が有力です。
最も有力な説は⑤で、古く「ウロコ」は「イロコ」と呼ばれており、「イル」や「イロ」「イヲ」は魚を表す言葉に用いられます。
また、食べ物の神は「ウカノミタマ(食稲塊)」と呼ばれ、「ウカ」には「食」の意味があり、「稲」が陸上の食「ウカ」とすれば、水中の「ウカ」が「イルウカ」や「イロウカ」と呼ばれ、転じて「イルカ」になったことは十分に考えられます。
イルカの漢字「海豚」は中国語で、海に棲む豚に似た生き物の意味です。
中国では「海豚」の他に、「海猪」や「江豚」とも書かれ、日本でも『和名抄』には「江豚 伊流可」とあります(『古事記』では「入鹿魚」)。
「イルカ」は、冬が旬で、滋養のつく食材だった経緯で、冬の季語だそうです。ただし、現代ではイルカを食用として見る人は少なく「イルカショー」のイメージが強いため、夏の俳句に詠まれることが多いようです。
・土用波 海豚の芸も 休ませて(瀧春一)
・雲の峰 浪穂に海豚 没しけり(高田蝶衣)
・海豚観し 少年海豚 泳ぎせり(品川鈴子)