日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.イクラ
イクラと言えば、「サザエさん」に登場する可愛い幼児の「イクラちゃん」を思い浮かべる方も多いと思います。
この可愛い「いくらちゃん」の声を半生記以上(1969年の放送開始から54年間)にわたって務めた貴家堂子(さすがたかこ)さん(1936年~2023年)が先日亡くなりました。87歳のおばあちゃんの声だったとは驚きですね。
「イクラ」とは、サケやマスの卵を塩漬けにした食品です。日本では成熟した卵を一粒ずつ分離したものを言い、分離していないものは「筋子」と言います。
イクラは、ロシア語の「Икра(ikra)」に由来し、ロシア語では「魚の卵」「小さく粒々のもの」を意味します。
日本でいう「イクラ」は「イクラ・クラスナヤ(赤いイクラ)」で、「キャビア」は「イクラ・チョールナヤ(黒いイクラ)」です。
ひらがなで「いくら」と表記されることも多いですが、外来語に由来するので、正しくは「イクラ」とカタカナ表記すべきです。「鮭卵 (けいらん)」と漢字表記されることがありますが、正式な漢字ではなく当て字です。
日本では、日露戦争出兵時にロシア人がキャビアの代用品として食べたことに始まり、昭和初期まで日本の市場で「キャビア」として出回っていたのは、「イクラ」であったと言われます。
2.鰯(いわし)
「イワシ」とは、ニシン目ニシン科の「マイワシ(真鰯)」のことです。「ウルメイワシ(潤目鰯)」、「カタクチイワシ(片口鰯)」などの200種以上の総称ですが、日本では上記3種を言います。
イワシは、すぐに死んでしまう弱い魚であることから、「弱し(よわし)」が転じたとする説が有力です。
漢字の「鰯」は魚偏に「弱」で、この魚が弱いことを表しており、平安時代から「鰯」の表記が見られます。
また、「ハ行転呼」(*)の以前から、「弱し」も「イワシ」も第二音節が「ワ」で一致します。
(*)「ハ行転呼」とは、日本語史における大きな音韻変化の一つで、語中・語尾のハ行音がワ行音へと変化した現象のことです。平安時代に起こり一般化しました。このようにして成立したワ行音を「ハ行転呼音」と言います。
ただし、第一音節の「ヨ」から「イ」への音韻交替は、イワシ以外に例がありません。
なおイワシの語源には、いやしい魚であることから「いやし」が転じたとする説もあります。
「鰯」は秋の季語で、次のような俳句があります。
・西日して 薄紫の 干鰯(ほしいわし)(杉田久女)
・鰯やく 煙とおもへ 軒の煤(室生犀星)
・三銭の 鰯包むや 竹の皮(正岡子規)
3.いなり寿司/稲荷寿司(いなりずし)
「いなり寿司」とは、甘く煮た油揚げの中にすし飯を詰めたものです。「信太寿司(しのだずし)」、「狐寿司(きつねずし)」、「おいなりさん」とも言います。
いなり寿司は、稲荷神の使いである狐の好物に由来します。
古くから、狐の好物はネズミの油揚げとされ、狐を捕まえる時にもネズミの油揚げが使われました。
そこから、豆腐の油揚げが稲荷神に供えられるようになり、豆腐の油揚げが狐の好物になったと言われます。
その豆腐の油揚げを使う寿司なので、「いなり寿司」や「「狐寿司」と呼ばれるようになりました。
いなり寿司の発祥は、愛知県豊川市にある豊川稲荷の門前町で、天保の大飢饉の頃に考え出されたと言われます。
なお、別名の「信太寿司」の「信太(しのだ)」は、信太の森の伝説(「葛の葉」や「信太妻」とも)に掛けたものです。
この伝説は、信太の森(現在の大阪府和泉市信太山にある森で、葛の葉稲荷神社となっているところ)に住む女狐が、安倍保名と結婚して子供(のちの安倍晴明)をもうけますが、正体が狐とばれて姿を消したという話です。
いなり寿司が狐の好物といわれる油揚げを使うことから、この伝説に結び付けて「信太寿司」と言うようになりました。
信太は「信田」とも表記されるため、信太寿司も「信田寿司」と表記されることもあります。
4.板前(いたまえ)
「板前」とは、料理人、特に日本料理の料理人のことです。料理場のことを指す場合もあります。
板前の「板」は「まな板」のことで、その板の前の意味で「料理場」、板の前に立つ人という意味で「料理人」を意味します。
「板」のみでも板前と同じ意味で使われ、「板さん」とも呼ばれます。
調理場を意味する「板場」も「まな板」から生じた語で、主に関東が「板前」、関西が「板場」を用います。
昔、藤島 桓夫(ふじしま たけお)が歌った歌謡曲『月の法善寺横丁』にも、「庖丁一本 晒(さらし)に巻いて 旅へ出るのも 板場の修業♪」という歌詞がありましたね。
5.従兄弟煮(いとこに)
「従兄弟煮」(いとこ煮)とは、小豆・かぼちゃ・ごぼう・芋・大根・豆腐などを煮えにくいものから順に入れ、味噌か醤油で味付けした料理のことです。「いとこ汁」とも言います。
一般には「小豆とかぼちゃの煮物」をイメージしますが、なぜこの二つが「いとこ」なのか不思議な気もしますね。
「いとこ煮」は、堅いものから順に煮ていく料理です。そのため、「追い追い煮る」の意味から「追い追い」と「甥々(おいおい)」を掛けた洒落で、「いとこ煮」と呼ばれるようになったというのが定説となっています。
そのほか、「甥々」の補足的な語源説で「銘々に煮る」の意味で、「姪々(めいめい)」とも掛けられているといった説もあります。
いとこ煮は様々な野菜が煮られ、種類は異なりますが野菜は野菜であることから、近親関係のいとこに見立てたとする説もあります。
また「従弟似(いとこに)」という言葉を元に、「甥々」や「近親関係」などの意味が加わり、「いとこ煮」になったとする説もあります。しかし、突如「従弟似」という言葉が出るのは不自然なので、影響を受けたとしても、意味が先にあって生まれた呼称と考えるべきでしょう。
いとこ煮の作り方は、豆と野菜を煮るという点では全国的に共通していますが、煮た小豆や大根を具にした味噌汁をさす地域もあります。
神に供えた食物を寄せ集めて煮ることから始まった料理で、元々はお盆や正月、祭礼時に食べられていました。