日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.お彼岸(おひがん)
「お彼岸」とは、春分の日・秋分の日を中日とする7日間のこと、またこの7日間に行われる仏事のことです。
彼岸は、サンスクリット語「paramita(波羅蜜多)」の漢訳「到彼岸」の略語です。
本来は、煩悩に苦しむ現実のこの世を意味する此方の岸「此岸(しがん)」に対し、修行によって迷いを脱し、此岸を渡りきった悟りの境地を意味する彼方の岸「彼岸」でした。
彼岸(極楽浄土)は、西方の遥か彼方にあると考えられていました。
春分と秋分には、太陽が真東から昇り真西に沈むので、沈む太陽を礼拝し彼岸を想い、極楽浄土に生まれ変わることを願ったのが始まりです。
中国から伝来後、日本では独自の習俗が仏教と結びつき、祖先を祀り、墓参りなどが行われる仏事へと変化しました。
俳句で「彼岸」と言えば「春の彼岸」を指し、季語は「春」になるため、秋の彼岸を季語としたい場合は「秋彼岸」を用います。
・毎年よ 彼岸の入に 寒いのは(正岡子規)
・命婦より ぼた餅たばす 彼岸哉(与謝蕪村)
・万象に しづか日つづき 秋彼岸(原石鼎)
2.美味しい(おいしい)
「おいしい」とは、味が良い、うまい、都合がよい、好ましいことです。
最近の若い人は「ヤバい」などと言うようですが・・・
おいしいの「お」は接頭語、「いしい」は形容詞「美し(いし)」に「い」が付いた言葉で、漢字の「美味しい」は当て字です。
「いし」は、「好ましい」「優れている」「見事だ」という意味で用いられ、それらの意味から、主に女性が「美味だ」の意味でも用いるようになった言葉です。
この頃から、「いし」に「い」が加わった「いしい」の語が生まれ、「お」がついて「おいしい」となりました。
おいしいの語源となる「いし」を基準に考えた場合、「美味だ」の意味よりも「都合が良い」の意味の方が早く、「おいしい」という語の成立を基準にした場合は、「美味だ」の意味の方が早く用いられたことになります。
また、「うまい」に比べ「おいしい」の方が丁寧な言葉として扱われるのは、女性が使い始めた言葉であることと、「お」が冠されているためで、「おいしい話」と「うまい話」は、「好都合な話」といった意味で用法的には似ていますが、「おいしい話」の方は「利益になる」といった意味が強く含まれます。
余談ですが、「美し国(うましくに)」や「味世(うましよ)」という言葉がありますね。
「美し国」は、「すばらしい国、よい国」という意味です。例文:美し国そあきづ島大和の国は〈万葉集〉
「味世」は、「楽しく美しいこの世の中」という意味です。例文:海潮音(1905)〈上田敏訳〉瞻望「矢表に立ち楽世(ウマシヨ)の寒冷(さむさ)、苦痛(くるしみ)、暗黒(くらやみ)の 貢(みつぎ)のあまり捧げてむ」
3.夫(おっと)
「夫」とは、配偶者である男性、妻の対儀語です。「亭主」とも言います。
夫は「男人(をひと)」の「ひ」が促音化して「をっと」となり、「おっと」になったとされます。
平安時代初期の私撰注釈書『令集解』には、「夫、俗に呼比止(をひと)と云ふ」とあり、古い語形が「をひと」であったことがわかるります。
「おっと」の語が定着したのは室町時代とされ、それ以前の平安時代にはウ音便化した「をうと」という語形もありました。
なお、古語では「つま」が「夫婦や恋人が、互いに相手を呼ぶ称」で、「夫」とも「妻」とも書きました。
「つま」とは、「はじ、へり、端」と同じく、本体・中心からみて他端のもの、相対する位置にあるもの、人間関係では配偶者を意味します。また、「添うもの・伴うもの」という解釈もり、現在の「刺身のつま」の「つま」はここから来ています。
4.踊り場(おどりば)
「踊り場」とは、階段の途中に、やや広く場所をとった平らな所のことです。
踊り場の語源には、以下の二説があります。
踊り場付きの階段は、明治時代に西洋建築の伝来と共に採用されたものです。それ以前の階段は、はしごのように一直線に伸びたものだけでした。
ひとつは、西洋建築は社交場など貴人・麗人が集まる場所で採用され、ドレスで着飾った女性がこの部分を歩くと、踊っているように見えたことから、「踊り場」と呼ぶようになったとする説。
もうひとつは、階段の先にある板の間で実際に踊っていたものが、現在の「踊り場」に通ずるという説。
これは、階段を登りきったところに広めの板敷きがあり、そこで京都の芸子が踊りを披露していたことから、その場所を「踊り場」と呼び、階段の途中の広くとった場所も「踊り場」と呼ぶようになったというものです。
その他、踊り場の語源には、階段の「段差」と「ダンサー」をかけた説もありますが、これはただの駄洒落です。
5.御萩/お萩(おはぎ)
「おはぎ」とは、粳(うるち)ともち米を混ぜて炊き、軽くついて小さく丸め、餡・きな粉・すり胡麻などをまぶしたものです。
おはぎは、「萩の餅(萩の花とも)」をいう女房詞で、近世より見られます。
小豆の粒が萩の花の咲き乱れるさまに似ていることから、「萩の餅」と呼ばれるようになり、「おはぎ」となりました。
お彼岸や四十九日忌明けに、おはぎを供えて食べる風習は、古くから赤い色が邪気を祓う色とされていたことに由来し、江戸時代頃に始まったとされます。
「おはぎ(お萩)」と「ぼたもち(牡丹餅)」に違いはありませんが、基本的には、花の季節に合わせ、春から初夏にかけて作るものを「ぼたもち」と呼び、秋に作るものを「おはぎ」を呼んでいました。
「萩」は秋の季語ですが、「おはぎ」は秋彼岸の食べ物(「ぼたもち」は春彼岸の食べ物)であり、季語ではありません。