日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.楽屋(がくや)
「楽屋」とは、劇場や寄席・テレビ局などで、出演者が準備や休憩をする部屋のことです。
元々、楽屋は「樂之屋(楽之屋)」といい、舞楽で楽人が演奏するため場所のことでした。
楽屋は舞台の裏にあり、舞人が装束を着用たり、楽器を置いたりするための場所でもありました。
能楽などでは舞台で演奏するようになったため、楽屋の主な用途が出演者の準備や休憩する場所に変化しため、控え室を指す呼称となりました。
「楽屋話」とは、楽屋裏だけで、舞台には出さない話の意から「楽屋内での話。転じて、内輪のはなし。内緒話」のことです。
最近のテレビのバラエティー番組では、時々「楽屋話」のような話題が出てきますね。「楽屋トーク」を売りにしている芸人もいます。
2.餓鬼/ガキ(がき)
「ガキ」とは、子供を卑しめて言う語、子供の俗称です。
仏教語で、生前の悪業の報いで餓鬼道に堕ちた亡者を「餓鬼」と言います。
これは、「死者」を意味するサンスクリット語「Preta(音写は薜茘多(へいれいた)」の漢訳です。
「餓」は「飢え」の意味から付け加えられたもので、「鬼」は恐怖の対象となる鬼ではなく「死者」を意味し、本来は「鬼」のみで「Preta」の漢訳にあたります。
古代インドで、死者は子孫の供える食物などを期待している者とされており、この観念が仏教に取り入れられ、飢えと渇きに苦しむ亡者と考えられるようになりました。
子供を「ガキ」というのは、餓鬼のように食べ物をむさぼるところからです。
3.牙城(がじょう)
「牙城」とは、城中で大将(主将)のいる所、城の本丸、敵の本陣、組織・勢力などの中枢、本拠のことです。
牙城の「牙」は、牙旗(がき)の意味です。
牙旗とは大将の旗のことで、爪と牙で身を守るのを模し、旗竿の頭を象牙で飾りつけるところからこのように言います。
その牙旗が城の内郭で大将のいる所に立てられたことから、本丸・本陣・本拠地を「牙城」と言うようになりました。
そこから、大きな組織などの中枢のたとえにも、「牙城」が用いられるようになりました。
4.間髪を容れず/間髪を入れず(かんはつをいれず)
「間髪を容れず」とは、即座に、とっさにということです。
出典は中国の逸話集『説苑』の「其の出づる出でざるは、間に髪を容れず」などからで、「間(かん)に髪(はつ)をいれず」とも言います。
間に髪の毛1本さえ入れる隙間もないということから、間髪を容れずは、事態が切迫して少しもゆとりがないことをいい、転じて、即座にする意味となりました。
本来は、「間、髪を容れず」と「かん」と「はつ」に間を置いて読みます。
それが間を置かずに読まれるようになったことで、「間髪」で一語と誤解され、「かんぱつ」という誤読が多く見られるようになりました。
5.杜若/燕子花(かきつばた)
「カキツバタ」とは、アヤメ科の多年草で、湿地に群生します。初夏、濃紫色の花をつけます。
カキツバタは、古くは「カキツハタ」と清音でした。
カキツバタの語源は、花汁を摺って衣に染めるための染料としていたところから、「カキツケハナ(掻付花)」「カキツケバナ(書付花)」の説が通説となっています。
ただし、音変化としては考え難いため、語源は未詳です。
漢字の「杜若」「燕子花」は漢名の借用ですが、中国で「杜若」はツユクサ科のヤブミョウガを指し、「燕子花」はキンポウゲ科ヒエンソウ属の植物を指します。
余談ですが、カキツバタについては有名な「折句」(おりく)があります。
「から衣きつつなれにし妻しあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」(伊勢物語・東下りの段)
からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ
頭文字をとると、「かきつはた」(カキツバタ)という花の名前が折り込まれていることがわかりますね。
この和歌は、在原業平が三河国の八橋(愛知県知立市)のカキツバタ(杜若)の咲く沢で、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて旅の心を詠め」と言われて作ったものだそうです。
「かきつばた」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・杜若 語るも旅の ひとつ哉(松尾芭蕉)
・朝々の 葉の働きや 燕子花(向井去来)
・宵々の 雨に音なし 杜若(与謝蕪村)
6.観光(かんこう)
「観光」とは、他の国や地方を訪ね、風景・史跡・風物などを見聞したり体験することです。
なお、一般的な意味では、「楽しみを目的とする旅行全般」のことです。
「観行」ではなく「観光」と書くのは、元々の意味が「国の威光を観察する」で「観に行く」ではないからです。
観光の語源は、中国『易経』の「国の光を観る、もって王に賓たるに利し」という一節に由来します。
日本では明治頃から「観光」の語が使われ始め、大正以降「tourism(ツーリズム)」の訳として用いられるようになりました。
7.癌(がん)
「癌」とは、悪性腫瘍で、細胞が無制限に増殖し、周囲の組織を侵したり、他の臓器に転移して生体を死に至らしめる病気です。また、組織の大きな障害となっているもののたとえにも用いられます。
がんは、江戸時代の医学書に「乳岩(にゅうがん)」が見られるため、「岩」の漢字音が語源と考えられます。がんを「岩」としたのは、触ると固いしこりがあるところからと思われます。
漢字の「癌」も、「岩」の異体字「嵒」に病垂れからなる文字です。
癌を英語で「cancer」といい、「かに座」も「cancer」です。
「cancer」は「カニ(蟹)」を表すギリシャ語「karkinos」に由来し、腫瘍とその周囲のリンパ節の腫れたさまが、カニの脚に似ることからの命名です。