日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.くノ一(くのいち)
「くノ一」とは、女忍者のことです。
漢字の「女」を分解すると「く」「ノ」「一」になることから、忍者の隠語で「女性」のことを指し、のちに「女忍者」を言うようになりました。
1960年代以降の創作物において、女忍者を指す言葉として広まっていきました。
山田風太郎の時代小説『忍法帖シリーズ』をはじめとして、「くノ一」は小説、テレビドラマ、映画、漫画など多数の創作物に登場しています。
一説には、人体には九つの穴(目、耳、鼻、口、へそ、肛門)があり、女性にはもう一つ穴があることからや、元々は陰陽道における房術を示す「九一ノ道」が本義とする説もあります。
しかし、「九つの穴の説」は、穴の定義が曖昧で考え難いものです。
「九一ノ道の説」は、「女」の意味に変化するまでの経緯が明らかではなく、くノ一は漢字で「九の一」とも表記することから作られた説と考えられます。
余談ですが、現在放送中のNHK大河ドラマ「どうする家康」に登場する服部半蔵配下の女大鼠(演:松本まりか)は「伊賀忍び(伊賀者)」の「くノ一」です。
彼女は体が柔らかいことを生かし、どんな場所にも忍び込み、町娘から遊女、武士までどんな人物も演じきる変装の達人で、服部半蔵を細やかにフォローする良きパートナーです。
なお、人の気配を消す忍者の呼吸法については、「深く静かに呼吸する私の健康法としての呼吸法。鬼滅の刃の竈門炭治郎も実践」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
2.黒字(くろじ)
「黒字」とは、収入が支出を上回ること、利益が出ることです。
簿記で収入超過額を黒色で記入することことから、利益が出ることを「黒字」と言うようになりました。
この語が使われ始めた正確な時代は不明ですが、広く使われるようになったのは「赤字」と同様、大正から昭和初期にかけてです。
3.黒幕(くろまく)
「黒幕」とは、表面に出ず、裏で計画をしたり指図をする人、闇の権力者のことです。
黒幕は、歌舞伎などの芝居で用いる黒い幕に由来します。
歌舞伎では、舞台・場面の転換や、夜の場面を表すため黒い幕を張りました。
その陰で舞台を操ることから、裏で操る人を「黒幕」と言うようになりました。
また、武家政権の「幕府」や相撲の「幕内」のように、「幕」には立ち入りがたい場や地位の者を表す語が多いため、裏で操る人の中でも特に権力者の意味が強くなり、「政界の黒幕」などと用いられるようになったと考えられます。
4.釘を刺す(くぎをさす)
「釘を刺す」とは、あとで問題が起きないよう、あらかじめ念を押すことです。
釘を刺すは、日本建築の工法に由来します。
古く日本の木造建築は、釘を使わず木材に穴を開けて、それぞれの木材をはめ込む工法でした。
はめ込むだけでは不安なので、鎌倉時代頃から、念のために釘で固定するようになりました。
そこから、江戸時代中頃、間違いないよう念を押す意味として「釘を刺す」と言うようになりました。
「釘を打つ」よりも「釘を刺す」と言うことが多い理由は、当時の建築で使われていた釘が、和釘であったことに関係します。
和釘は断面が角ばり、先端が剣先状で、打ち込むには力が必要なので、穴を開けたところへ釘を差し込むようにしていました。
そのため、「釘を刺す」が一般的に使われるようになったのです。
5.靴下(くつした)
「靴下」とは、靴を履く時などに、足にじかに履く衣料です。
靴下は靴の下に履くものではないため、「靴中」や「靴内」の方が正しいようにも思えます。
しかし、この「下」は縦ラインで見た位置関係ではなく、表に見えない内側の意味です。
「下着」や「下心」も、内側の意味で「下」が使われていますね。
古くは「足袋(たび)」の語が主に使われていましたが、明治時代、日本人の衣服が和服から洋服へ変わっていくのに伴い、「靴下」の語も広まっていきました。
足袋と言えば、現代では着物を着る時以外は履(は)きませんが、私が小学生の頃は運動会で「はだし足袋」を使いました。当時は普段履くのは「スニーカー」ではなく、「ズック靴」と呼ばれる運動靴でした。そして、徒競走などがある運動会では「はだし足袋」を履きました。
6.首っ丈/首ったけ(くびったけ)
「首ったけ」とは、物事に深く心を奪われ、夢中になっているさま。特に、異性にすっかり惚れ込み、夢中になることです。
首ったけは、名詞「首丈(くびたけ)」が転じた語です。
首丈とは足元から首までの高さのことで、はまり込んだり、夢中になるさまを「首までどっぷり浸かる」と言うことから用いられるようになりました。
近世前期の上方では「くびだけ」と言い、「くびったけ」の形は中期以降に江戸を中心に用いられるようになったもので、江戸では、その他に「くびっきり」も見られます。
首ったけが、異性に夢中になる意味で多く用いられ始めたのは、近代以降です。
7.嚏(くしゃみ)
「くしゃみ」とは、鼻・口から発作的に放出される生理現象のことです。
くしゃみは「くさめ(嚔)」が変化した語で、歌舞伎では「くっさめ」と表現されます。
中世までは、鼻をから魂が抜け出すものが「くしゃみ」と考えられ、くしゃみをすると早死にするという俗信がありました。それを免れるために唱えられた呪文が、「くさめ」でした。
くさめの語源は諸説ありますが、「糞食らえ(くそくらえ)」を意味する「糞食め(くそはめ)」の縮まったものとする説が有力とされます。
その他、くしゃみをする時に発する音や、死を免れるための呪文「休息命(くそくみゃう)」を早く言ったものという説もあります。
「嚏(くさめ)」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・哲学も 科学も寒き 嚔かな(寺田寅彦)
・くさめして 我はふたりに 分れけり(阿部青鞋)
・嚔して 仏の妻に 見られたる(森澄雄)