日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.芝海老(しばえび)
「芝海老」とは、体長約15センチのクルマエビ科のエビの一種です。淡黄色ですが青色の斑点があり、淡青色に見えます。東京湾・伊勢湾・瀬戸内海などの内海の砂底に棲息します。
芝海老は、武蔵野国芝浦(現在の東京都港区)あたりで獲れるエビの意味です。
江戸時代の芝浦では活きのいい魚が多く獲れていました。また、芝浦で獲れる魚は「芝魚(しばざかな)」「芝物(しばもの)」と呼ばれていたことなどを考慮すると、芝浦のエビの意味で「芝海老」になったとする説が妥当です。
芝海老の語源には、「白蝦(しらえび)」が音変化し、「しばえび」になったとする説もあります。しかし、命名されるほど特徴的で、白さが際立っているとは言えません。
瀬戸内海各地では、芝海老が「備前海老(びぜんえび)」と呼ばれていました。
2.白(しろ)
「白」とは、色の一種で雪や塩のような色です。光線を一様に反射したときに、明るく感じられる色。白色。白い色。
白は、形容詞「白し(しろし)」の語幹です。
『枕草子』に「春はあけぼの やうやうしろくなり行く」とありますが、この場合の「しろく」は、明るくはっきりしたさまを表しています。
「著しい」を古くは「いちしるし(いちしろし)」と言い、この「しるし(しろし)」は「はっきりしている」という意味です。
「目印」などと用いられる「しるし」も、はっきりしたさまを表しています。
白の語源は、これら「はっきりとしたさま」の意味を表す「しろし」「しるし」に通じます。
また、「し」の音には指示性のある語が多く、明確さを表す音であったと考えられます。
余談ですが、『白』と『白百』という面白い本があります。「著名なグラフィックデザイナー原研哉の『白』と『白百』という本をご紹介します」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
3.四苦八苦(しくはっく)
「四苦八苦」とは、大変な苦しみ、非常に苦労することです。
四苦八苦は、本来、人間のあらゆる苦しみのことをいう仏教語です。
「四苦」とは「生老病死(しょうろうびょうし)」のことで、人間として逃れられない必然的な苦しみを指します。
「八苦」とは、生老病死の四苦に「愛別離苦(あいべつりく)」「怨憎会苦(おんぞうえく)」「求不得苦(ぐふとくく)」「五陰盛苦(ごおんじょうく)」の四苦を加えた八つの苦のことで、四苦と八苦で十二苦あるわけではありません。
四苦八苦の後半の四苦の意味は、「愛する人と別れる苦しみ(愛別離苦)」「怨み憎む人と出会う苦しみ(怨憎会苦)」「求めるものが得られない苦しみ(求不得苦)」「存在を構成する物質的・精神的五つの要素に執着する苦しみ(五陰盛苦)」で、人間として味わう精神的な苦しみのことをいいます。
四苦八苦の四苦を「4✕9(しく)」、八苦を「8✕9(はっく)」の意味とする説もあります。
これは、4✕9=36、8✕9=72を足すと108となるため、煩悩の数を表しているというものです。
しかし、四苦八苦を数字に置き換えて計算してみたら、108で煩悩の数になったというだけの話であり、掛け算が語源になっているわけではありません。
4.白羽の矢が立つ(しらはのやがたつ)
「白羽の矢が立つ」とは、多くの中から犠牲者として選び出される、多くの人の中から特別に選び出されることです。白羽が立つ。
白羽の矢が立つは、神への供え物として人間の体を捧げる「人身御供(ひとみごくう)」に由来します。
神の生贄として差し出される少女の家の屋根には、目印として白羽の矢が立てられたという俗信がありました。
そこから、犠牲者として選び出されることを「白羽の矢が立つ」と言うようになりました。
現代では、犠牲者が選び出されることの意味が薄れ、「次期社長候補として白羽の矢が立った」など、多くの中から抜擢されるたとえしても使われます。
抜擢の意味が含まれるようになったことや、矢は的に当てるものという連想から、「白羽の矢が当たる」と表現されることがあります。
しかし、上記の俗信に由来するため「当たる」とするのは誤りで、「白羽の矢が立つ」が正しい表現です。
5.食指が動く(しょくしがうごく)
「食指が動く」とは、食欲が起こる、興味や関心を持つことです。
食指が動くの「食指」とは、「人差し指」のことです。
出典は、中国の史書『春秋』の注釈書『春秋左氏伝』の故事です。
その故事とは、鄭(てい)の子公が霊公を訪ねる途中で、自分の人差し指が動いたのを見て、同行している者に「ご馳走にありつける前兆である」と言ったというものです。
そこから、「食指」は人差し指の意味になりました。「食指が動く」は食欲が起こる意味となり、転じて、物を欲しがったり興味や関心をもつ意味にもなりました。
6.四股(しこ)
「四股」とは、相撲で力士が両足を開き膝に手をそえて構え、足を交互に高く上げて、力強く踏みおろす一連の動作のことです。
漢字の「四股」は当て字で、「醜(しこ)」を語源とする説が有力です。
「醜」は醜く良くないことの意味もありますが、古くは強く恐ろしいことや頑丈なことを意味したことから、一連の動作を「醜足(しこあし)」といい、略されて「しこ」となったという説です。
その他、「肉凝(しこる)」の意味からといった説もあります。
7.四股名(しこな)
「四股名」とは、力士の呼び名のことです。
四股名は、相撲で力士が足を力強く踏みおろす一連の動作の「四股」に、名前の「名」が付いた語です。
四股名の本来の形は「醜名」ですが、現在は、当て字の「四股名」が用いられます。
それは、醜名を「しゅうめい」と読むと、「汚名」の意味になるためかもしれません。
また、「醜名(しこな)」には、「あだ名」や「いみな」「本名」など他の意味もあるため、それらと区別するために「四股名」が使われているとも考えられます。
団塊世代の私にとって懐かしい四股名と言えば、「若乃花・栃錦」や「大鵬・柏戸」です。彼らの相撲は「ガチンコ勝負」で、本当に良きライバルであり、大相撲全盛時代だったように思います。
朝青龍や白鵬・日馬富士などのモンゴル出身の横綱が出るようになってからは、土俵上での傲慢な立ち居振る舞いや乱暴な相撲の取り口に加えて、土俵外での言動にも「横綱の品格」が見られなくなったのは残念なことです。