日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.老舗(しにせ)
京都には「瓢亭」(上の写真)や「下鴨茶寮」「和久傳」「菊乃井」など老舗の料亭がいくつもあります。
「老舗」とは、伝統や格式・信用のある由緒正しい古い店のことです。ろうほ。
老舗は動詞「為似す・仕似す(しにす)」に由来し、「似せる」「真似てする」などの意味から、江戸時代に家業を絶やさず守り継ぐ意味となり、長年商売をして信用を得る意味で用いられるようになりました。
やがて、「しにす」の連用形が名詞化され、「しにせ」となりました。
本来、老舗は伝統ある店に対して使う言葉ですが、現代では一代目であっても、年数を積み、信用があるものに対する形容として「老舗」と呼ぶことも多くなっています。
漢字「老舗」の「老」は、長い経験を積んださまを表し、「舗」は店を意味することから、「しにせ」の当て字として用いられるようになりました。
老舗を「ろうほ」と読むと、「誤読だ」と馬鹿にする者も多いですが、「老舗」には「ろうほ」の読みも方あり、間違いではありません。
だいたい無知な人ほど、間違った指摘を得意気にしたがるものです。
2.甚平(じんべい)
「甚平」とは、半袖・筒袖で丈が短く、襟先と脇についた紐を結んで着る着物のことです。男子の夏の室内着として用いられます。
甚平は「甚兵衛(じんべえ)」とも書き、「甚兵衛羽織」に由来します。
甚兵衛羽織とは、下級武士向けの木綿綿が入った袖なし羽織で、陣羽織を真似てつくられた「雑兵用陣羽織」の意味から、「陣兵羽織」で「甚兵衛羽織」になったとされます。
その甚兵衛羽織を着物仕立てにしたものが「甚兵衛」です。
つまり、「甚平」という語が成立するまでの変化は、「陣羽織」⇒「陣兵羽織」⇒「甚兵衛羽織」⇒「甚兵衛」⇒「甚平」です。
その他、甚平の語源には「甚兵衛」という人が作ったとか、甚兵衛さんがよく着ていたからといった説もありますが、単に字面から言われたもので根拠らしきものはありません。
「甚平」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・甚平に 甚平の子の 肩車(大口蘇峰)
・甚平の 父に酒豪の 昔あり(島谷征良)
・甚平や 長身つねに 歎きあり(赤松子)
・裸子に 甚平著せよ 紅藍(べに)の花(高浜虚子)
3.襦袢(じゅばん)
「襦袢」とは、和服用の下着のことです。じばん。半襦袢・長襦袢・肌襦袢など。
漢字の「襦袢」は当て字で、じゅばんはポルトガル語の「ジバン」か、その古形「ジュバン」の転訛といわれます。
「ジバン」「ジュバン」は、「袖の広い上着」を意味するアラビア語「jubbeh」が語源となります。
日本の下着は白無垢の対丈仕立てでしたが、南蛮人によって襦袢がもたらされた16世紀頃からは、丈の短い襦袢が流行し、腰あたりまでの「半襦袢」、身丈ほどの「長襦袢」などが作られました。
4.指南(しなん)
将軍家兵法指南役と言えば、新陰流(しんかげりゅう)の柳生宗矩(やぎゅうむねのり)が有名ですね。
「指南」とは、教え導くこと。また、その人のことです。
指南は、古代中国の方角を指し示す車「指南車」に由来します。
指南車は、歯車の仕掛けで車の上に備え付けた人形の指が、常に南を向くように作られていたものです。
7世紀後半には、日本でも指南車が作られていました。
やがて「指南」と下略され、道に迷わないよう一定の方向を指し示すことから、人に方向や進路を教え導く意味となりました。
指南は比喩的に用いられて「手引き」の意味にもなり、「手引書」を意味する「指南書」という語も生まれました。
江戸時代には、大名などに仕えて武芸などを教授する役を「指南番」というようになり、転じて、指導する者も「指南」と言うようになりました。
5.新聞(しんぶん)
「新聞」とは、社会の出来事を伝える定期刊行物のことです。
「新聞」の語は、中国の唐時代、地方で起こった出来事を記した随筆体の読み物『南楚新聞』で最初に使われました。
意味は文字通り、「新しく聞いた話」ということです。
日本初の新聞は、英字紙『The Nagasaki Shipping-list and Advertiser』で、文久元年(1861年)6月創刊。
日本語初のものは、翌年の文久2年(1862年)1月発行の『官板バタビヤ新聞』ですが、マカオやバタビヤ(現在のジャカルタ)などの雑誌を翻訳した冊子で、現在とはかなり体裁が異なりました。
日刊紙は明治3年(1870年)に創刊された『横浜毎日新聞』が最初です。
「newspaper」の訳語として「新聞」が用いられたのは慶応4年(1868年)頃からで、「新聞紙」という訳語も使われていましたが、固有名詞に「新聞」が多く用いられたため、明治20年代から「新聞紙」は紙としての性質を意味するようになりました。
新聞については、「日本の新聞は不偏不党か?新聞に不偏不党はあり得ない!」「宮武外骨は滑稽新聞に風刺記事・戯作を書き、筆禍事件もある反骨精神の奇人」「新聞は総ルビにして、文字も大きく!記事は簡潔に圧縮を!」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
6.尺八(しゃくはち)
「尺八」とは、縦笛の一種で、歌口に直接唇を当てて吹きます。普通は竹の根元に近い部分で作ります。
尺八は中国で唐代初期に創作された管楽器で、日本には奈良時代に伝来しました。
この楽器の長さが一尺八寸(約56センチ)だったことから、「尺八」と名付けられました。
ただし、この当時の尺八は平安時代中期に途絶えています。
現在「尺八」と呼ばれるものは、江戸時代に禅宗の一派『普化宗』の虚無僧が使用した「普化尺八(ふけしゃくはち)」のことで、日本には中世に伝わりました。
7.潮吹き(しおふき)
「潮吹き」とは、ひょっとこの別名です。
潮吹きの語源には、海から上がったと伝えられる「しほふき」の面を真似て作られたことからという説。
この面が、バカガイ科のシオフキガイ(潮吹き貝)に似ていることからという説。
水に溺れる者の表情に見立てて、「潮吹き」になったとする説があります。
なお、貝の「潮吹き」(潮吹き貝)は春の季語です。
8.処女(しょじょ)
イエス・キリストの生母(聖母)マリアの「処女懐胎」の話は有名ですね。
「処女」とは、男性と交わったことのない女性のことです。生娘。乙女。他の語の上に付いて複合語の形で、その人や物にとって初めての経験や、まだ誰も足を踏み入れていないの意。
処女は、「結婚前の家に居る女性」を意味する中国語に由来します。
結婚前の女性の意味から、男性との経験がない女性を意味するようになりました。
古く中国では、処女が「かわいらしい女性」を指した例も見られます。
「処女作」や「処女航海」など、「初めて」の意味を表すようになったのは明治以降のことで、ヨーロッパ言語の訳語として用いられたことによります。
9.娑婆(しゃば)
「娑婆」とは、この世、俗世間のことです。刑務所などにいる人が、外の自由な世界を指していう語。
娑婆は仏教から出た言葉で、「忍耐」を意味するサンスクリット語「saha」の音写です。
この世は内に煩悩があり、外は苦しみを耐え忍ばなければならない俗世であることから「忍土」と漢訳され、自由のない世界は「娑婆世界」や「娑界」と呼ばれました。
そこから、江戸時代の遊郭では吉原を「極楽」に見立て、吉原の外を「娑婆」と言うようになりました。
しかし、拘束されている女郎達の立場からすれば、「娑婆(吉原の外)」は自由な世界にあたるため、本来の意味とは正反対の意味で使われるようになりました。