日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.蕎麦(そば)
「蕎麦」とは、タデ科の一年生作物です。また、その実をひいて、そば粉にしたものを薄くのばし、細く切った食品。
「そば」は「わき」や「かたわら」を意味する「側・傍」ではなく、「とがったもの」「物のかど」を意味する「稜」に由来します。
これは、植物のソバの実(下の画像)が三角卵形で、突起状になっていることからです。
実は乾くと黒褐色になることから、『和名抄』では「クロムギ」と称しています。
食品としての「蕎麦」は、そば粉に熱湯を加えてかき混ぜた「そばがき」が、江戸時代以前には一般的でした。
江戸時代以降、現在のように細く切られるようになり、当初は「そばぎり」と呼ばれました。
「新蕎麦」は秋の季語、「蕎麦湯」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・新蕎麦や むぐらの宿の 根来椀(与謝蕪村)
・新蕎麦や 座敷で悟る 棒の音(大島蓼太)
・寝(い)ねがての 蕎麦湯かくなる 庵主かな(杉田久女)
・赤椀に 竜も出さうな そば湯かな(小林一茶)
2.双璧(そうへき)
「双璧」とは、優劣のつけがたい二つのすぐれたもののことです。両雄。
双璧は、中国の『北史(陸凱伝)』の中で、二人の優れた息子を「双璧」とたとえて評したという故事に由来します。
この故事で用いられた「双璧」とは、一対の宝玉のことです。
「璧」は祭りや儀式に使われた飾り玉のことで、「宝玉」や「美しい玉」の意味のほか、「立派なもの」の意味としても用いられます。
双璧の「璧」の漢字は、「玉」という意味からわかるとおり、「壁(かべ)」ではありません。なお、「完璧」の「璧」も「玉」で、「壁(かべ)」ではありません。
また、双璧は二つのすぐれたものを評する際に使う言葉なので、悪いことを評する際に使うのは間違いです。
3.ぞんざい
「ぞんざい」とは、いい加減なさま、粗略、言動が乱暴なさま、礼儀にかなっていないさまのことです。無作法。
ぞんざいの語源には、「そざつ(麁雑・粗雑)」の転とする説と、「存在のまま」を略した「存在」の意味とする説があります。
「ぞん」は「そ(麁・粗)」の意味と考えるのが妥当ですが、「そざつ」が変化したとは思えず、同じ語幹とだけ見る方が良いようです。
「存在のまま」の説は「存在のまま=あるがまま」で、「あるがまま勝手にふるまう」ところから、いい加減なさまを表すようになったというものですが、強引に意味づけされた感が強いため、あまり良い説とは言えません。
現代では「ぞんざいな口をきく」や「ぞんざいに扱う」など、形容動詞として用いられるのが一般的ですが、古くは「ぞんざいして」のようにサ変動詞としても用いられているため、この点でも「存在のまま」から変化したとするのは難しくようです。
漢字が無いため「存在」を当てることもあり、夏目漱石も「ぞんざい」に「存在」を用いています。
しかし、借字として使用されているだけで、ぞんざいの語源が「存在」と特定できるものではありません。
「ぞんざい」を強調する語には、接頭語「いけ」を加えた「いけぞんざい」があります。
4.糟糠の妻(そうこうのつま)
「糟糠の妻」とは、貧しい頃から苦労を共にしてきた妻のことです。
糟糠の妻の出典は、中国の歴史書『後漢書(宋弘伝)』にある「糟糠の妻は堂より下さず(どうよりくださず)」という句です。
「糟糠」とは米かすと米ぬかのことで、転じて、粗末な食物を意味するようになった語です。
つまり、「糟糠の妻は堂より下さず」の句は、粗末な物しか食べられない貧しい時を共にした妻は、立身出世しても離縁して家から追い出すわけにはいかないという意味です。
5.ぞっこん
「ぞっこん」とは、心の底から惚れ込んでいるさまです。本気で。
ぞっこんを古くは清音で「そっこん」と言い、1603年の『日葡辞書』には「心底」の意味で「ソッコンヨリモウス」の例が見られます。
このことから、ぞっこんは「底根(そここん)」が促音化された「そっこん」が濁音化して、「ぞっこん」になった語と考えられます。
ただし、「底根」は「底つ根」としての例は見られますが、「そここん」と読まれた例はないため決定的な説ではありません。
なお、「底つ根」の「つ」は「の」で「底の根」、つまり「地の底」の意味です。
ぞっこんは、「心の底から」以外に「すっかり」や「まったく」などの意味でも用いられましたが、「ぞっこん惚れ込む」などと表現されることが多く、現代では主に「本気で惚れ込むさま」を表す言葉となりました。
漢字表記は「底根」と「属懇」が近世に見られますが、「属懇」は「ぞっこん」の音による当て字です。
6.粗相(そそう)
「粗相」とは、不注意や軽率さから起こす過ち、大便や小便をもらすことです。
粗相は、仏教語の「麁相(そそう。旧かなは「そさう」)」を語源とする説があります。
「麁相」とは、人の「生・住・老・死」のことです。
事物の無常な姿をとらえた「生・住・異・滅」の四相にならったもので、「麁四相」ともいいます。
無常な姿を表す四相にならったものであることや、人の一生には弱い部分があふれていることから、「麁相」は軽率なさまや過ちなどの意味で使われるようになりました。
意味の変化に伴ない、「麁」に大雑把や落ち度を意味する「粗」の字が当てられ、「粗相」になったと考えられています。
粗相の語源を「麁相」とする説は、特に有力とされているものではありません。
しかし、他の説は見当たらず、不注意なあやまちを意味する言葉の中で、大小便を漏らす意味として使われるのは「粗相」ぐらいであることから、人の「生・住・老・死」を意味する言葉を語源と考えるのは妥当と思われます。
7.雑炊(ぞうすい)
「雑炊」とは、飯に野菜・魚介類などの具を入れ、醤油や味噌で味をつけて煮た食べ物。鍋料理で残った汁に米飯を入れて煮たものです。おじや。
雑炊は、古く「増水」と書き、ご飯に水を入れて量を増したものをいいました。
増水に野菜や魚介類など種々の具を入れるようになったことから、「雑炊」と当て字で表記されるようになりました。
「雑炊」の表記が現れた頃には、「増炊」の表記も見られます。
「雑炊」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・へばりつく 冬草の戸や 菜雑炊(八十村路通)
・鴨を得て 鴨雑炊の 今宵かな(松本たかし)
・雑炊や 葱さくさくと 降りつもれ(長谷川櫂)
・みぞるゝや 雑炊に身は あたゝまる(飯田蛇笏)