日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.蝶(ちょう)
「蝶」とは、鱗翅目のうち慣例的に分類される蛾以外の昆虫の総称です。
チョウの名は、漢字「蝶」の字音に由来します。
日本古来の呼称は「カハラビコ(カハラヒコ)」でしたが、平安時代には「テフ(チョウの歴史的仮名)」と呼ばれていました。
蝶の古語「カハラビコ(カハラヒコ)」の語源については 、次の二つの説がありますが、①が妥当のようです。
①「河原でひらひら飛ぶ」ことからきたという説。
②「蝙蝠(こうもり←かはほり)の子」からきたという説。
「葉」には「薄くてひらひらするもの」の意味があり、漢字の「蝶」は「翅が薄くひらひら飛ぶ虫」を表したものと考えらえています。
「蝶」は春の季語で、次のような俳句があります。
・物好や 匂はぬ草に とまる蝶(松尾芭蕉)
・釣鐘に とまりて眠る 胡てふかな(与謝蕪村)
・蝶々や 順礼の子の おくれがち(正岡子規)
・山国の 蝶を荒しと 思はずや(高浜虚子)
2.血道を上げる(ちみちをあげる)
「血道を上げる」とは、色恋や道楽に熱中して分別を失うことです。のぼせ上がる。
血道を上げるの「血道」は、血の通う道、つまり「血管」「血脈」を意味します。
「上げる」は、頭に血がのぼるところからとも解釈できますが、ここでは活発にするという意味から、のぼせ上がることを意味するようになったと考えられます。
平安中期の『和名類聚抄』など、古くは「ちのみち」と呼んでおり、「ちみち」と言うようになったのは江戸時代からです。
なお、女性特有の病気にも「血の道(血道)」がありますが、熱中して分別を失う意味の「血道を上げる」と関連性はありません。
3.血で血を洗う(ちでちをあらう)
「血で血を洗う」とは、殺傷に対して殺傷で対処すること、また、血族同士で争い合うことのたとえです。
血で血を洗うと、ますます汚れるところから、暴力に対して暴力、殺傷に対して殺傷で報復することを意味します。
この「血」を「血縁」の意味と解釈し、のちに、血族同士で争うことのたとえとしても用いるようになりました。
血で血を洗うは、『旧唐書―源休伝』の話に出てくる、ウイグル族の王の言葉に由来します。
8世紀、中国の唐王朝がウイグル族と争いになり、ウイグルの王の叔父を殺してしまいました。唐の使者 源休が、その遺体を王のもとへ届けたところ、王は「私がお前を殺すのは、血を以て血を洗うようなもので、ますます汚れがひどくなるだけだ」と言って、源休を殺さずに帰らせました。
4.チドリ/千鳥/鵆(ちどり)
「千鳥」とは、チドリ目チドリ科に属する鳥の総称です。南極大陸を除いて世界に分布します。また、たくさんの鳥。
チドリは奈良時代から見られる名で、チドリの「チ」は鳴き声を表していると思われます。
『古今和歌集』ではチドリの鳴き声を「ヤチヨ」、江戸時代には「チヨ」や「チリ」、近世には「チチ」としており、どの時代でも「チ」が含まれています。
『古今和歌集』の「ヤチヨ」は、チドリの鳴き声をめでたい「八千代」の意味にしたものです。
千鳥の語源には、多数で群れをなすところから、数の多いことを表す「千」で「千鳥」になったとする説もありますが、有力な説と考えられていません。
「たくさんの鳥」の意味でも「千鳥」と言いますが、これはチドリ類以外の鳥も含めた表現で、類語の「百千鳥(ももちどり)」は、特にウグイスを指すことが多い言葉で、たくさんの鳥の「千鳥」と「チドリ類」は分けて考える必要があります。
なお、『万葉集』には「ちどり」を詠った歌が22首あり、そのうち4首は群れをなしている一般の鳥を指しています。
「千鳥」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・一疋の はね馬もなし 川千鳥(松尾芭蕉)
・背戸口の 入江にのぼる 千鳥かな(内藤丈草)
・上汐の 千住を越ゆる 千鳥かな(正岡子規)
・ありあけの 月をこぼるゝ 千鳥かな(飯田蛇笏)
5.卓袱台/ちゃぶ台(ちゃぶだい)
「ちゃぶ台」とは、和室で用いる短い四脚のある食卓のことです。ちゃぼ台。
ちゃぶ台は漢字で「卓袱台」と書き、「しっぽく台」とも呼ばれることから、中国風の食卓を意味する「卓袱」の中国音「chofu」の訛りとされることが多いようです。
しかし、他に「茶袱台」「茶部台」「食机」などとも表記されており、漢字の「卓袱台」は当て字の可能性が高く、「しっぽく台」と呼ぶのは「卓袱台」の漢字からとも考えられます。
また、卓袱料理の卓袱台は非常に高級品で、庶民が買えるようなものではなかったことから、ちゃぶ台に通じるか疑問です。
その他、ちゃぶ台の語源で外国語に由来する説には、「茶飯」の中国語音「chafan」の訛り、アメリカで広まった中華料理の「chop suey」の転、英語で簡易食堂を意味する「Chop House」の転などがあります。
日本語を語源とする説では、江戸時代から明治にかけて食事のことを言った「ちゃぶちゃぶ」に由来する説があります。
「ちゃぶちゃぶ」は、お茶漬けや酒を飲み食いする音からと思われ、西洋料理が入ってからは、西洋料理店を「ちゃぶちゃぶ屋」や「ちゃぶ屋」と呼ぶようになりました。
当時の西洋料理店では、安価な丸いテーブルが使われており、これを和室での使用に合わせて低くしたものが「ちゃぶ台」という説です。
ちゃぶ台が庶民に広まったのは明治から昭和にかけてで、時代的にもぴったり合うため、有力な説です。
なお、西洋料理店を「ちゃぶちゃぶ屋(ちゃぶ屋)」と呼んだのは、「ちゃぶちゃぶ」に英語で簡易食堂を意味する「Chop House」が掛けられている可能性もあります。
6.地方
「地方」とは、ある一定の地域、首都などの大都市に対してそれ以外の地域、田舎のことです。
地方の「地」は、大地や土地の意味。「方」は、方角や方位のほか、部門や分野、分類を表します。
室町時代から江戸時代にかけて、地方は「ぢかた(じかた)」と読まれました。
江戸時代には「町方」に対する言葉として、農村や田舎を意味したり、田制や土地制度、民政一般を指していました。
「アフリカ地方」や「関東地方」など地域名に付ける用法は、古くは新井白石の『采覧異言』や『西洋紀聞』にもあります。
明治以降、「地方」はヨーロッパの制度を模倣した行政制度や中央集権的国家整備の下で必須の言葉となり、日常語として急速に普及しました。
また、この頃から「地方行政」「地方自治」「地方裁判所」「地方税」など、多くの複合語も生まれました。
7.帳消し(ちょうけし)
「帳消し」とは、互いに差し引いて、功罪や損得がなくなることです。
帳消しは、返済などが完了するなどして、帳面に記載しておく必要がなくなり棒線で消すことで、「棒引き」とも言います。
そこから、帳消しは金銭などの貸借関係が消滅すること、債務がなくなることを意味するようになりました。
さらに、「食べたカロリーを帳消しにするダイエット法」や「さっきのエラーをホームランで帳消しにする」というように、金銭に関わらず、ある物事によって、それまでの損得の価値が失われることに対して、幅広い意味で「帳消し」の語は使われるようになりました。