上野千鶴子の東大入学式祝辞にあったメタ知識とは?フェルミ推定も紹介

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上野千鶴子

1.上野千鶴子名誉教授の入学式での祝辞

今年の東大入学式での上野千鶴子名誉教授の祝辞が秀逸だと大変評判になりましたね。

私は、前半の「学校はタテマエ平等の社会」「東大にも女性差別がある」「頑張っても公正に報われない社会」とかの話は常識的にわかっていることなので、それほど関心を持てませんでしたが、最後の方で「メタ知識」の話は大変興味をそそられました。

これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。

大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身につけることだと、わたしは確信しています。知を生み出す知をメタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが大学の使命です。

確かに高校生までの勉強は、「記問之学(きもんのがく)」つまり「書物などを読んで暗記するだけの学問」で、試験問題に対する正解を競うだけの傾向が強かったと思います。これは「礼記」に由来する言葉で、「記問之学は 以て人の師と為るに足らず」とあります。

大学は「メタ知識」を身につけるところだとの上野千鶴子名誉教授の意見には私も同感です。

2.「メタ認知」と「メタデータ」と「メタ知識」

メタ認知力

(1)メタ認知

メタ認知とは、「自分が認知していることを客観的に把握し、制御すること」、つまり「認知していることを認知すること」です。

ソクラテス(B.C.469年?~B.C.399年)の「無知の知」がこれに当たります。

「彼ら(賢者と呼ばれる人たち)は私と同じだ。何が一番大事なことなのか、何が真理なのかということについて知らない。ただ、彼らはそれを知らないのに知っているつもりでいる。私は知っているとは思っていない。そこが、違いだ。」

孔子(B.C.552年~B.C.479年)も「論語」に、同様の趣旨の次のような言葉を残しています。

「これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らずと為す。是(これ)知るなり」

「メタ認知」という概念は、アメリカの心理学者ジョン・H・フラベルが定義した概念で「認知心理学」で使われてきた言葉ですが、最近は教育関係や人材育成、経営などで重要な能力の一つとして注目されるようになりました。

「メタ」は「高次の」という意味で、「メタ認知」は「自分が認知していること、たとえば記憶や思考、学習したことなどを、高次の視点から客観視し認知しようとすること」です。

分かりやすく言えば、「自分が能動的に行っている言動について、もう一人の自分が客観的な立場から、その言動を調整したり調和させたりする能力」です。

「認知活動」と「メタ認知活動」の具体的な例としては、「英語の文章を一生懸命繰り返して覚える」のは「認知活動」で、「文章を十分に理解してから覚えた方が覚えやすいのではないか」と考えたり、「自分のペースなら3日に分けて覚えるのがちょうどよい」と判断したり、自分の学習方法を点検したりするのが「メタ認知活動」です。

(2)メタデータ

メタデータとは、「データについてのデータ」「そのデータを表す属性や関連する情報を記述したデータ」のことです。

たとえば、文書データであれば「タイトルや著者名、作成日など」で、楽曲を収めた音声データであれば「曲名、収録媒体、作曲家、作詞家、実演家、発表(発売)日時など」です。

(3)メタ知識

メタ知識とは、「知識に関する知識」です。もう少し詳しく言えば「オブジェクト知識(対象に関する知識)に関する知識」です。これは、体系的問題の知識や領域に依存しない知識であり、さまざまな活動領域に応用可能な知識です。

メタ知識は、「知識工学」や「ナレッジマネジメント」などの知識を扱う学問の基本的な概念です。

メタ知識には次のような種類があります。

①オブジェクト知識の「整合性を維持するための知識」

②オブジェクト知識を「効率的に利用するための知識」

③オブジェクト知識から新たなオブジェクト知識を推論する場合、「推論の優先順位などを制御するための知識」

④オブジェクト知識の「自動学習を可能とするための知識」

メタ知識は、さまざまな分野における「秘伝のノウハウ」のような「暗黙知」であるため、誰もが知っているわけではありません。また、頭の中にある人でも、その知識がきちんと整理されていない場合もあります。

こういった知識を、整理された形で表に出て来るようにする方法が「思考法」で、さまざまな思考法があります。

「DAP思考法」は、「目標やゴールを定義(Define)し、課題や施策を分析(Analyze)し、具体的な行動計画(Plan)を策定する三段階のステップを意識的に行う思考法です。

「論理的思考法」には「演繹法」「帰納法」「弁証法」があります。

「数学的思考法」には「パレート図」「ヒストグラム」「散布図」「層別」「管理図」などのツールを用いる「品質改善(QC)」の方法や「フェルミ推定」などがあります。

私が若いころ読んだ本に、梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」と渡部昇一氏の「知的生活の方法」というのがあります。今では内容もよく覚えていませんが、これも「メタ知識」「思考法」についての話だったのではないかと思います。

蛇足ですが、私が会社の新人研修で教えられた思考法に川喜田二郎氏が考案した「KJ法」というのがありました。これは、大勢の人が「ブレーンストーミング」によって出した様々な発想を、全体的な視点から整理することで、新しい着想やアイデアを得る方法です。

3.フェルミ推定

上に述べた「フェルミ推定」というのはあまり馴染みのない言葉だと思いますが、「実際に調査するのが難しいような捉えどころのない量を、いくつかの手掛かりを元に論理的に推論し、短時間で概算すること」です。「当たらずと言えども遠からず」の数字を導き出す便利な方法です。

これは、イタリア出身の物理学者でノーベル物理学賞も受賞したエンリコ・フェルミ(1901年~1954年)が得意とした「概算推定方法」のことです。フェルミ自身があげた具体例をここでご紹介します。

「アメリカのシカゴには、ピアノ調律師が何人いるかを推定せよ」

まず、以下のデータを仮定します。

①シカゴの人口は300万人とする

②シカゴの1世帯当たり人数は3人とする

③10世帯に1世帯がピアノを保有しているとする

④ピアノ1台の調律は1年に1回行うものとする

⑤調律師が1日に行うピアノの調律は3台とする

⑥週休二日として、調律師は年間250日働くとする

そして、この仮定をもとに次のように推論します。

①シカゴの世帯数は、300万人÷3=100万世帯

②シカゴのピアノの総数は、100万÷10=10万台

③ピアノの調律は、年間10万件

④一人のピアノの調律師が調律する件数は、250日×3=750台

⑤よって調律師の人数は、10万台÷750台=130人

この推論は、当然のことながら「仮定するデータ」によって結論はかなり異なってきますが、有効な概算推定法の一つだと思います。

4.大河内総長の卒業式での祝辞

余談ですが、もう一つ東大での有名な祝辞があるのでご紹介します。

1964年に大河内一男東大総長が、卒業式での祝辞で「太った豚よりも、痩せたソクラテスになれ」と述べたことがマスコミで報道され、大変話題になりました。

この言葉は大河内総長のオリジナルではなく、J・S・ミルの「功利主義論」に出ている言葉からの借用です。しかも原文は「満足した豚よりは、満足しない人間である方がよい。満足した馬鹿より、満足しないソクラテスの方がよい」というものです。原文の意味とはかけ離れています。しかも、この言葉は、祝辞の「原稿」にはありましたが、実際の祝辞では読み飛ばされたそうです。つまり、「幻の祝辞」がマスコミによって大々的に報道されたわけです。

この事実は、私が常日頃から「マスコミ報道には捏造や嘘が多いので、鵜呑みにしないよう気を付けなければいけない」と思っていることの好例です。