日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.泣きべそをかく(なきべそをかく)
「泣きべそをかく」とは、「子供などが今にも泣きそうな顔つきになること」です。
「泣きべそ」や「べそをかく」の「べそ」は、口をへの字に曲げることをいう「へしぐち・べしぐち(圧し口)」の「へし・べし」が転じたとする説が有力です。
泣きそうな顔つきは、能面の「べしみ(圧面)」(下の写真)のように口を結んだ状態になることから、「べしみ」の「べし」を語源とする説もあります。
「へしぐち」の「へし」と「べしみ」の「べし」は同源で、への字に曲げることを表しているため、これらの説を別物として扱う必要はありません。
「泣きべそをかく」の「かく」を漢字では「掻く」と書きます。
「掻く」は、爪などで表面をこするという動作から、「事をなす」という意味でも使用し、「汗をかく」「いびきをかく」「恥をかく」など、好ましくないものを表面に出す表現で多く使われます。
2.何卒(なにとぞ)
「何卒」とは、「相手に心から強く願う気持ちを表す言葉(どうか、どうぞ)。手段を尽くそうとする意志を表す言葉(なんとかして。是非とも)」です。
なにとぞは、代名詞の「何」に格助詞の「と」と係助詞「ぞ」が付いた語です。
本来、漢字表記するならば「何とぞ」となりますが、「とぞ」に「卒」が当てられ「何卒」と表記します。
「卒」の漢字は、「卒業」など、終わる・終えるの意味。「卒倒」や「倉卒」など、急なさま・にわかの意味。「兵卒」や「弱卒」など、下級の兵士の意味で使われますが、助詞としての意味はなく、何卒の「卒」は意味から当てられた漢字ではありません。
「卒」の訓読は「おわる」「おえる」、音読は「そつ」か「しゅつ」のため、音からの当て字でもないように思えます。
しかし、何卒の「卒」は、「そつ」の「そ」と、「とぞ」の「ぞ」の音が通じるということからか、「そつ」を反転させると「つそ」になり、「とぞ」の音に似ていることから当てられた漢字と考えられています。
3.菜種梅雨(なたねづゆ)
「菜種梅雨」とは、「3月下旬から4月にかけて降り続く、寒々とした春の長雨」のことです。
菜種梅雨は、菜の花(アブラナの花)が盛りの頃に降り続く長雨を、梅雨になぞらえていった名です。
アブラナの種子からとった油を「菜種油」と言うとおり、「菜種」はアブラナの種子のことですが、アブラナの別名でもあります。
「菜種梅雨」は春の季語で、次のような俳句があります。
・箱段に 累代の艶 菜種梅雨(藤岡筑邨)
・堀留や 荷風(かふう)の好きな 菜種梅雨(仁平勝)
・朝刊の 匂ひをひらく 菜種梅雨(井上雪)
・硝子戸も 障子も閉ざし 菜種梅雨(田中冬二)
4.成る程(なるほど)
「なるほど」とは、「同意したり、納得したりする気持ちを表す語」です。確かに。本当に。
なるほどの「なる」は「実現する」「出来上がる」「成立する」ことを表す「成る」。
「ほど」は「程度」「限度」を意味する「程」で、なるほどは「できる限り」の意味で使われていました。
やがて「なるべく」「なるたけ(なるだけ)」に代わり、なるほどは「いかにも」「たしかに」といった、相手の言うことを肯定する言葉となりました。
なるほどがこのような意味に変化したのは、「できる限り」という程度・状態はそれ以上のものがなく、「他には考えられない」「明らかである」の意味に通じることからと考えられます。
5.ナゲット/nugget
「ナゲット」とは、「鶏肉・魚肉などを一口大に切って衣をつけ、油で揚げたもの」です。多く、骨なしの鶏肉を使った「チキンナゲット」をいいます。
ナゲットは、英語「nugget」からの外来語です。
「nugget」は「塊(かたまり)」、特に「天然の金塊」を意味します。
揚げられた色や形が金塊のように見えるところから、「ナゲット」と名付けられました。
6.縄張り(なわばり)
「縄張り」とは、「博徒や暴力団などの勢力範囲。ある者の勢力範囲や専門領域。動物の個体・集団が、生活の場を確保するため、他の個体や集団の侵入を許さない占有領域」のことです。テリトリー。
縄張りは文字通り、縄を張り巡らせることが原義です。
縄を張って、土地などの境界線を定めたり、他の場所と区別する特別区域であることを示したことから、縄張りは境界線や領域の意味を持つようになりました。
戦国時代以降には、城のくるわや堀・石垣などの配置を定めるため、縄を張ることを意味する建築用語としても「縄張り」が用いられるようになりました。
さらに近世以降には、ある者の勢力範囲を「縄張り」と言うようにったことから、ある者の専門領域や、動物が生活するために他を侵入させない領域も「縄張り」というようになりました。
7.長い/永い(ながい)
「長い」とは、「ある点からある点までの空間的・時間的な間隔が大きいこと」です。
長いの「なが」は、流れるの「なが」と同根と考えられています。
気持ちが穏やかになる意味の「なぐ(和)」の異形「なが」を語根に、動詞化して「ながる(流る)」となり、形容詞化して「ながし(長し)」になったものです。
ただし、「息の長い」「気が長い」などは、長短を表すところから生じた比喩的用法であるため、「なぐ(和)」からの派生とすると、成り立ちの前後関係に疑問が残ります。
8.憖っか(なまじっか)
「なまじっか」とは、「中途半端なさま。いい加減。無理にしようとするさま。むしろしない方が良いさま」のことです。なまじ。
なまじっかは、中途半端の意味を表す副詞「なま(生)」に、動詞「しいる(強いる)」の連用形が付いた「なまじい」が語源です。
古くは「なましい」と清音の形も見られます。
「なまじい」が「なまじ」や「なまじか」となり、「なまじか」が促音化されて「なまじっか」となりました。
「なまじっか(なまじか)」の「か」は、「おごそか」や「はなやか」など形容動詞に用いられる「か」です。