日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.猫(ねこ)
「猫」とは、「体長50センチ前後の食肉目ネコ科の哺乳類」です。体はしなやかで、鞘(さや)に爪をしまい込むことができます。毛色は多様です。
ネコの語源は、「ネコマ」の下略という説が多く、猫は夜行性で昼間よく寝ることから「寝子」に「獣」の意味の「マ」が付いたとする説。
「ネ(寝)」に、「クマ(熊)」が転じた「コマ」が付いたとする説。
「ネ」が「鼠」、「コマ」が「神」もしくは「クマ(熊)」とする説などがあります。
「ネコ」が「ネコマ」の下略とされるのは、平安中期の漢和辞書『和名抄』に「禰古万」とあり、「ネコ」の古称が「ネコマ」と考えられたためです。
ネコの語源で有力な説は、「ネ」が鳴き声、「コ」が親しみを表す接尾語というものです。
『源氏物語』では猫の鳴き声を「ねうねう」と「ネ」の音で表現しており、「猫」の呉音は「ミョウ」「メウ」で鳴き声に由来します。
幼児語で猫を「ニャンニャン」や「にゃんこ」、犬を「ワンワン」や「わんこ」というように、鳴き声で呼び、後に「コ」を加える点も共通しています。
漢字の「猫」は、獣偏に音符「苗」。
「苗」は、体がしなやかで細いことを表したものか、「ミャオ」と鳴く声になぞらえた擬声語と考えられています。
2.ネギトロ
「ネギトロ」とは、「マグロの中落ちや皮の裏にある脂身を削ぎ落とし、ネギで叩いたもの」です。軍艦巻きや丼物にします。
ネギトロの語源は、「ネギ(葱)」と「トロ」を組み合わせた単純なものです。
しかし、インターネット上では「ねぎ取る」という言葉に由来するという俗説が流布されています。
ネギトロが「ねぎ取る」に由来する説は、建築用語で、建物の基礎などにするため、地盤面以下の土を掘り取ることを「根切り」ということから転じ、身をこそげ取ることを「ねぎ取る」と言いました。
マグロからねぎ取る意味で「ネギトロ」と言ったが、野菜の「ネギ」やマグロの「トロ」の意味と誤解されたというものです。
「根切り」という語は存在しますが、建築用語から寿司用語、「根切り」から「ねぎ取る」に転じるか疑問です。
そもそも、「ねぎ取る」の語が使用された例は、この説の中でしか見られません。
おそらく、ネギトロ用の中落ちがネット通販されるようになったことで、ネギが入っていなくても「ネギトロ」と呼ぶと勘違いし、雑学の世界で作られたようです。
ネギトロ巻きの発祥は、1964年(昭和39年)に、東京浅草の金太楼鮨が提供したものといわれ、金太楼鮨の社長が、浅草で人気だった飲食店の「麦とろ」の名にあやかり、「ネギトロ」と命名したという説もあります。
発祥や命名の真偽は定かではありませんが、金太楼鮨が提供したネギトロ巻きにはネギも入っており、「トロ」の語も一般に広まっていた時代です。
仮に、店の名にあやかった社長の命名であったとしても、「ネギ」と「トロ」の組み合わせなので、「麦とろ」にあやかったと考えるのが自然で、「麦とろ」の店名のみに由来するとは考え難いものです。
3.猫に小判(ねこにこばん)
「猫に小判」とは、「いくら値打ちのあるものでも、価値のわからない者に与えるのは無駄であることのたとえ」です。また、効果や反応がないことのたとえ。
猫に小判は、人間にとっては貴重な小判であっても、猫にはその価値がわからないことから生まれたことわざです。
猫が選ばれた理由は、身近な動物であったこと以外にありませんが、犬と比較するならば飼い主の言うことを聞かない点が挙げられます。
類句に「犬に論語」もありますが、こちらは説いて聞かせても無駄という意味で、単純に価値が分かりやすい小判を与えるのとは違います。
あくまでも、なぜ猫が選ばれたかを説明するために犬と比較しただけの話であり、「猫に小判」ということわざが生まれる過程で、犬と猫が比較されたという訳ではありません。
4.ネオン/neon
「ネオン」とは、「希ガス元素の一つ」です。元素記号「Ne」 原子番号10。原子量20.18。空気中に微量に存在し、低圧放電により赤色に光るため、ネオン管として利用されます。「ネオンサイン」の略。
ネオンは、イギリスの化学者ウィリアム・ラムゼーが、メンデレーエフの周期表には無い新しい元素があると推測し、1898年、トラバースとともにに発見しました。
「neon」という名は、ラムゼーの息子が「新しい」を意味するラテン語「novus」から「novumu」を提案し、それをヒントに、同じく「新しい」を意味するギリシャ語「neos」から付けられたものです。
5.念仏(ねんぶつ)
「念仏」とは、「仏の姿や功徳を心に思い浮かべること。阿弥陀仏の名を唱えること」です。ねぶつ。
念仏は、仏を憶念すること(心の中に堅く思うこと)からの仏教語です。
念仏には、仏の姿を心に思い浮かべる「観想念仏(観念の念仏)」と、仏の名を口に称える「称名念仏(口称の念仏)」があります。
日本では浄土宗の開祖法然などの布教により、「南無阿弥陀仏」と仏の名を唱えることで浄土へ救済されるという「称名念仏」が一般に広まりました。
これは、阿弥陀仏や浄土を心に思い浮かべる必要がなく、階層を問わず誰にでもできることからと考えられます。
この延長には、鉦や太鼓を打ち鳴らし、踊りながら念仏を唱える「踊念仏」があり、盆踊りや歌舞伎踊りに通じています。
「寒念仏」は冬の季語、「壬生念仏」は春の季語、「夏念仏」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・暁の 筑波にたつや 寒念仏(宝井其角)
・細道に なり行く声や 寒念仏(与謝蕪村)
・墨染の うしろ姿や 壬生念仏(炭太祇)
・手廻しに 朝の間涼し 夏念仏(志太野坡)
6.子(ね)・子年(ねどし)
「子」とは、「干支(十二支)の1番目」です。年・日・時刻などにあてます。方角の名で「北」。旧暦11月の異称。前は亥、次は丑。
「子年」とは、「西暦年を12で割った際、余りが4となる年」です。ねずみ年。
『漢書 律暦志』では、「子」は「増える」を意味する「孳(し)」で、植物が子孫を増やそうと成長しはじめる種子の状態を表すと解釈されています。
この「子」を「ネズミ」としたのは、無学の庶民に十二支を浸透させるため、動物の名前を当てたものです。
神様が十二支の動物を決める際、一番に門前に辿り着いた牛の上に乗っていたネズミが飛び降り、一番になったことからや、人間に身近な猫が干支に入っていないのは、ネズミに騙されたからという話がありますが、これは十二支に動物が割り振られた後に作られたもので由来ではありません。
また、「ネズミ」になったのは、インドの十二宮を支配する十二獣で十二神将にも冠される動物の順からともいわれますが、十二獣が十二支から決められたとするのが一般的な解釈です。
7.捩る/捻る/拗る(ねじる)
「ねじる」とは、「細長い物の両端に力を加え、互いに逆の方向へ回す。また、一方を固定して他方に力を加えて回す。栓などを回す。捻挫する。ひねる」ことです。
ねじるは、上二段動詞の「ねづ(捩づ)」が、近世以降、四段にも活用されるようになった語です。
ねじる(ねづ)の語源は、「ひねる」の「ねる」が「練る」に通じることから、「ねじる(ねづ)」の「ね」も「練る」と同系の語と思われます。
漢字「捩」の「戻」の下部は「犬」で、犬が体をねじ曲げて戸の下をくぐるさまを表します。「戻」が「もどる」の意味に用いられるようになったため、「捩」が本来の意味である「ねじる」を表すようになりました。
「捻」の「念」は、「心」と「ふさぐ(今)」からなる字で、口をふさぎ、ねばらせて唸ることを表します。「念」に「手」の「捻」は、手のひらをふさぎ、指先でねちねちとねばらせ、ひねることを表します。
「拗」の「幼」は、「細い糸」と「力」からなる字で、糸のように細いことを表し、「拗」は手でしなやかに曲げることを表しています。
8.猫車(ねこぐるま)
「猫車」とは、「土砂や農作物などを運ぶための一輪の手押し車」のことです。ねこ。
猫車の語源は、以下の通り諸説あります。
①建築用語で狭い足場のことを、猫が通るような足場の意味で「猫足場」と言い、そこを通ることが出来る車なので「猫車」と呼ばれるようになった説。
②漆喰(しっくい)を練った「練り子」を運ぶために用いられたので、略され「ねこ車」になったとする説。
③逆さに伏せると丸まった猫の背中に似ていることから、「猫車」と呼ぶようになったとする説。
④猫のようにゴロゴロと音をたてることから、「猫車」と呼ぶようになったとする説。
このうち、最も有力と考えられているのは、①の「猫足場」の説です。
この説とは反対に、猫車が通る足場なので、狭い足場を「猫足場」と呼ぶようになったとも言われます。
しかし、英語でも狭い通路を「catwalk」と言うように、狭い場所を「猫が通る所」と表現することは自然なので、「猫足場」が先と考えて間違いないでしょう。
ただし、一輪車だけでなく、二輪の手押し車も「猫車」と呼んだ例が見られます。
二輪の手押しが先か同時期であった場合、猫足場の説は考え難くなるため、今のところ猫車の語源は未詳と言わざるを得ません。