日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.割を食う(わりをくう)
「割を食う」とは、「不利になる。損をする」ことです。
割を食うの「割」は、割り振ることや割り当てることの意味から転じ、役割や分配金、さらにその損得の具合を意味するようになった語です。
得をする場合には「割がいい」や「割に合う」と用い、損をする場合は「割が悪い」「割に合わない」などと用います。
割を食うの「食う」は、他からある行為を受ける意味で、特に「肩透かしを食う」「お目玉を食らう」など、好ましくない行為を受ける際に用いられます。
2.公魚(わかさぎ)
「ワカサギ」とは、「全長約15センチのキュウリウオ科の魚」です。体は細長くやや側扁し、背びれの後方に脂びれがあります。冬、湖面上の穴釣りの対象。食用。アマサギ。
ワカサギの「ワカ」は「虫がわく」など「発生する」という意味の「わく(湧く)」で、「サギ」は「多い」意味の擬態語「ザクザク」と同類の語「ザクヰ」で、群れて沢山いることを語源とする説。
ワカサギの「ワカ」は体が細く弱々しいことから「わか(若)」の意味で、「サギ」は「小魚」を表すという説。
体色が夏鳥のアマサギに似ていることから「アマサギ」と呼ばれ、アマサギがいなくなった冬でもいることから、「ワカサギ」と呼ばれるようになったとする説があります。
ワカサギを漢字で「公魚」と書くのは、常陸国の麻生藩が徳川11代将軍 徳川家斉に霞ケ浦産のワカサギを献上していたことから、「公儀御用魚」の意味で当てられたものです。
「公魚」は春の季語で、次のような俳句があります。
・公魚の よるさヾなみか 降る雪に(渡辺水巴)
3.鰐(わに)
「ワニ」とは、「ワニ目の爬虫類の総称」です。全長1メートルから大形のものは7メートルに達します。体表は硬い鱗板で覆われています。
ワニは元々日本に生息しない生き物ですが、上代からその名は見られます。
しかし、古代の日本で「ワニ」は、「サメ」に対して用いた呼称です。
のちに、鋭い歯が並ぶ口や、獰猛な性質が似ていることから、爬虫類の「ワニ」にこの名が用いられるようになりました。
ワニの語源には、その口から「ワレニクキ(割醜)」の意味。
心からおそれ敬うものの意味から「アニ(兄)」の転。
「ワタヌシ(海主)」の略や、「オニ(鬼)」の転。
オロッコ族の言葉で「アザラシ」を指す「バーニ」からなど、諸説ありますが未詳です。
ワニの漢字「鰐」は、呉音・漢音共に「ガク」ですが、日本では古くから「ワニ」と訓読みされています。
「鰐」の「咢」には「驚く」の意味もありますが、ここでは「がくがくと噛み合わせる」といった意味で、「顎(あご)」と同系です。
4.ワッフル/waffle
「ワッフル」とは、「小麦粉・卵・牛乳・砂糖などを混ぜ、格子状などの型に入れて焼いた菓子」です。
ワッフルは、英語「waffle」からの外来語です。
北部ドイツやオランダ低地のドイツ語で、蜂蜜がいっぱい詰まった蜂の巣を「wafel」と呼んでいました。
「wafel」は「ウエハース(wafers)」と同源で、「編む」「織る」を意味する印欧語「webh-」に由来します。
アメリカ移住したオランダ人が、蜂の巣模様のパンケーキを「wafel」と呼んでいたことからアメリカ化して「waffle」となりました。
ドイツ語では「Waffel(ワッフェル)」で、英語の「waffle」より古くに見られますが、アメリカ経由で日本に入ったため、日本では「ワッフル」と呼んでいます。
現在では「ベルギーワッフル」を指すことが多いですが、日本にベルギーワッフルが伝えられるまでは、アメリカンワッフルが一般的でした。
5.勿忘草/忘れな草(わすれなぐさ)
「ワスレナグサ」とは、「ヨーロッパ原産のムラサキ科の多年草」です。五弁の花が多数まとまって咲きます。わするなぐさ。
ワスレナグサは、「私を忘れないで」という意味の英語名「forget-me-not」、ドイツ語名「Vergissmeinnicht」の訳です。
ドイツの悲話に、騎士ルドルフが恋人ベルタのためにドナウ河畔に咲くこの花を摘もうとしたが、足を滑らせて水中に消え命を落とした。
その時ルドルフが言った「私を忘れないで」という言葉をベルタは一生忘れず、この花を髪に飾り続けたという伝説があります。
この伝説が「忘れな草」の語源と言われていますが、花の名前が先か伝説が先か定かではなく、実際はさびしげな花のイメージから名付けられ、後から伝説が作られたのではないかと考えられます。
日本では明治時代から「勿忘草(「勿」は「してはいけない」の意)」と表記し、「ワスレナグサ(忘れな草)」と呼ばれています。
植物学者の牧野富太郎は「わするなぐさ(忘るな草)」と呼ぶ方が良いと命名しましたが、現在は「ワスレナグサ」の別名として呼ばれる程度となっています。
「わするなぐさ」が定着しなかった理由は、古来からユリ科のヤブカンゾウを「忘れ草」と呼んでいたことが影響していると思われます。
「勿忘草」は春の季語で、次のような俳句があります。
・勿忘草 若者の墓標 ばかりなり(石田波郷)
・一面の 勿忘草に 日は淡し(轡田進)
・情夫待つ 勿忘草の 風の中(高橋彩子)
・雨晴れて 忘れな草に 仲直り(杉田久女)
6.若布/和布/稚海藻(わかめ)
「わかめ」とは、「褐藻類コンブ目アイヌワカメ科の海藻」です。日本各地の海岸に生じ、古くから食用にされ、養殖もされます。長さは50~100センチメートル。裙帯菜。にぎめ。めのは。
わかめの「め」は、海藻の総称「メ(海布)」のことで、「モ(藻)」に通じる語です。
わかめの「わか」は、羽状に分裂した姿から、新生であることを表す「ワカ(若)」や、分かれ出た意味の「ワカ(分)」です。
つまり、新しく分かれ出た海布という意味から、「わかめ」と呼ばれるようになったものと考えられます。
古く、わかめは「ニギメ(ニキメ)」や「メノハ」と呼ばれました。
「ニギ(ニキ)」とは、接頭語的に用いて「柔らかな」「細い」などの意味を表す語で、「ニギメ(ニキメ)」は「柔らかい海布」という意味です。
「メノハ」は、「羽状に分裂した海布」という意味です。
わかめを漢字で「和布」とも書きますが、これは「ニギメ(ニキメ)」の漢字表記からです。
「若布」春の季語で、次のような俳句があります。
・霖雨に 生きかへりたる 若和布かな(与謝蕪村)
・春深く 和布の塩を 払ひけり(黒柳召波)
・桶一つ 乗せて早春の 若布舟(島村元)
・荒塩の 粒のつづれる 若布かな(長谷川櫂)
7.私(わたし)
「私」とは、「自分自身。一人称の人代名詞」です。
私の語源は、「われ」「わが」などの「わ」に関係すると思われるが、それ以上のことは分かっていません。
「わたくし」は中世前期頃まで、「公(おおやけ)」に対する「個人」の意味で用いられ、一人称の代名詞として用いられ始めたのは、中世後期以降です。
「わたし」は近世以降に見られる語で、現代では男女共に用いますが、近世には女性が多く用い、特に武士階級の男性が用いることはありませんでした。
「あたし」や「あたい」は明治以降に多く見られる語で、「あたい」は主に東京下町の花柳界の女性や子供が用いました。
「わたくし(watakushi)」の「ku」が省略され、くだけた言い方になったのが「わたし(watashi)」。
「わたし(watashi)」の「w」が省略され、更にくだけた言い方になったのが「あたし(atashi)」。
更に「あたし(atashi)」の「sh(s)」が省略され、くだけた言い方になったのが「あたい(atai)」で、「私」の語は、音の省略によってくだけた言い方になる典型的な例です。