以前、「既に使われなくなった言葉」としての「死語」についての記事を書きましたが、今回は「隠語」について面白い話をご紹介したいと思います。
1.「ナルちゃん」が「やばい!」
「隠語」と聞いて私がまず思い出すのは、今の「皇太子」(「令和」の現在は「天皇」)が浩宮徳仁(ひろのみやなるひと)殿下時代、「浩宮様」とか「ナルちゃん」と呼ばれていた子供の頃のことです。ある時、皇太子が学習院の級友(ご学友)との会話で、「やばい」という言葉を使ったことで、ちょっと話題になりました。侍従などから「そのような汚い言葉はお使いにならないように」と窘(たしな)められたとのことでした。
皇室の方が、我々一般庶民でも使わない「やばい」という盗賊が使うような下品な言葉を使ったということで、当時多少非難めいた発言もあったようです。多分「ナルちゃん」は、時代劇で盗賊が「やばいぜ!ずらかれ!」とか言うセリフを聞いて興味を持ち、その言葉を使ったのではないかと私は推測します。あるいは、学習院の「ご学友」(ひょっとすると別の悪友?)がそういう盗賊の「隠語」を、ふだん仲間内でも使っていたのかも知れません。
「やばい」というのは、「具合の悪いさま」「不都合」を意味する形容動詞「やば」を形容詞化した言葉で、「彌危ない(いやあぶない)」「あやぶい」と同じ流れの言葉です。もとは盗賊や香具師(やし)の隠語でした。それが、1970年代ごろから「不都合・危険」という本来の意味でつかわれるようになり、1980年代ごろには若者言葉で、「格好悪い」の意味として用いられ、1990年代からは「凄い」の意味が派生し、肯定・否定ともに用いられるようになりました。2000年ごろからは、むしろ肯定的に使われることの方が多く、最近では「この料理、ヤバくない?」などと「ヤバい」を多用・乱用しています。この場合は、「すごくいい」「最高だ」という意味です。
「ヤバい」という言葉が「流行語」のように、これほど一般的に使われるようになり、かつ意味も多様化してきたきっかけを作ったのは、案外「ナルちゃん」だったのかも知れません。
2.女子高生言葉は仲間内の隠語
女子高生言葉というのは、ある意味で仲間内の隠語と言えるでしょう。「死語」に関する記事でもご紹介しましたが、女学生はどうも昔から、こういう言葉遊び・新語作りが好きだったようですね。
3.やくざ社会の隠語
私が中学生の時、昭和30年頃の女学生言葉を紹介してくれた国語の先生が、若い頃「やくざ社会の隠語の研究」をするために、一時期やくざの親分の家に住み込んだことがあるそうです。「極道の妻たち」の著者の家田荘子さんみたいですね。
その時、聞いた隠語として「しゃりかもか」と「ごいしょうか」を紹介してくれました。「しゃりかもか」の「しゃり」は「舎利」で「白米のご飯」、「かもか」は「噛もうか」で「食べようか」、すなわち「食事にしようか」という意味の隠語です。
「ごいしょうか」の「ごい」は「暇乞い」、「しょうか」は「しようか」で「(そろそろ)失礼しようか」という意味の隠語です。
4.DAIGOさんのアルファベットの「三文字略語」も隠語
ミュージシャンでタレントのDAIGOさんがよく使う、アルファベットの「三文字頭字語(三文字略語)」も、隠語と言えるかも知れません。これを、他の人はあまり評価してくれなかったのに、北川景子さんだけは大変面白がってくれたそうで、その結果、結婚まで出来たのですから、世の中何が起こるか分かりませんね。
しかし、これはDAIGOさんにしか分からない瞬時の独りよがりの「単なる自己満足の謎かけ」に過ぎません。大変失礼ながら、DAIGOさんの「三文字頭字語」は、即「死(ダイ)語(ゴ)」になるのではないでしょうか?あるいは単なる「私語(しご)」でしょうか?
5.有名な「アルファベット略語」
「アルファベット略語」として社会に認知されたものは沢山ありますが、その中からいくつかご紹介します。
「YKK」には二つの意味があります。一つ目は、会社名です。もともとファスナー(ジッパー)で有名なの吉田工業株式会社の「商標名」だったのですが、1994年には、会社の正式名称をYKK株式会社に変更しました。もう一つは、政治の世界で、「YKK」と呼ばれた自民党の有力政治家三人組がいます。山崎拓、加藤紘一、小泉純一郎の三人の方の頭文字をとったネーミングです。
高度成長期(1960年代のいざなぎ景気の時代)には、三種の神器として「3C」(カー、クーラー、カラーテレビ)という言葉をよく聞きました。これは、豊かさや憧れの象徴である新種の耐久消費財を宣伝するための「キャッチコピー」だったようです。
「3K」と呼ばれたものに、有名なものが二つあります。一つ目は、1980年代に日本に巨額の財政赤字をもたらした「国鉄、健康保険、米(生産者米価)」です。もう一つは、ブルーカラーの労働環境・作業内容を表す「きつい、汚い、危険」です。
「隠語」から始まって、最後は「アルファベット略語」に脱線してしまいました。このように昔のことが連想ゲームのように次々と思い出されるのは、私が年を取った証拠でしょうか?それともまだボケていない証拠でしょうか?
「さまざまの事おもひ出す桜かな」という松尾芭蕉の俳句があります。私のブログも過去のことを回顧して昔を懐かしんだり、感慨に耽ったりするだけの「懐古趣味」に陥らないように注意したいものです。