「口パク」とは、「音声と同調して口を動かすこと」で、英語では「リップシンク(lip sync)」と言います。
私が中学生の頃に、「NHKの素人のど自慢のゲスト歌手の歌は口パクだ」と同級生から聞いて、「そんなはずはないだろう。せっかく会場まで本人が来ているのになぜ歌わないのか?」と疑問に思いました。
しかし、後でよく考えて見ると、素人が歌う時に伴奏する簡単なバンドは、ゲスト歌手の歌の時は休んでいますが、他に伴奏する楽団は見当たりませんので「なるほど」と納得しました。
1964年(昭和39年)に公開されたミュージカル映画「マイ・フェア・レディー」に主演したオードリー・ヘップバーンが「口パク」で歌っていたと後で知って、がっかりした記憶があります。実際に歌っていたのは、1965年公開のミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」に主演し「4オクターブの美声」で有名になったジュリー・アンドリュースでした。
元々、「ブロードウェイのミュージカル」では、ヒギンズ教授役は映画と同じレックス・ハリソンで、イライザ役はジュリー・アンドリュースでした。
それが、「映画」では、イライザ役だけがオードリー・ヘップバーンに替えられてしまったのです。しかも、ジュリー・アンドリュースは歌だけの「ゴースト・シンガー」に起用されました。
当時のオードリー・ヘップバーンは人気絶頂の女優で、ミュージカル女優のジュリー・アンドリュースの敵ではなかったのです。その時は「無念」だったと思いますが、その「ゴースト・シンガー」が認められて翌年にはミュージカル映画の主役を張ることになるのですから、「人間万事塞翁が馬」ですね。
余談ですが、映画「マイ・フェア・レディー」はアカデミー賞の最優秀作品賞、レックス・ハリソンはゴールデングローブ賞の主演男優賞を取りましたが、オードリー・ヘップバーンは受賞できませんでした。これは「ミュージカル映画なのに彼女の歌が吹き替え」だったことが影響したのかも知れません。
日本の声優出身の女優戸田恵子さんは、「ゲゲゲの鬼太郎」の鬼太郎役、「きかんしゃトーマス」のトーマス役、「それいけ!アンパンマン」のアンパンマン役の声優として名を馳せましたが、「ショムニ」「ちゅらさん」などで表舞台の女優としても大活躍しています。ジュリー・アンドリュースの境遇にちょっとに似た所があるように私は思います。
1.1960年代までの「口パク」事情
日本の初期のテレビの音楽番組では、スタジオ設備の関係でやむを得ず「口パク」で放送することが多かったようです。
2.最近の「口パク」事情
音響設備のデジタル化以降は、出演者、芸能事務所、レコード会社、テレビ局側の意向で「口パク」が行われるがことが多いようです。
確かに「嵐」や「AKB48」、「乃木坂46」「TWICE」などのように激しい踊りをしながら歌っているのを見て、ちゃんと歌えるのが不思議だったのですが、「口パク」だったと聞けば、「なるほどそうだったのか」と納得が行きます。
しかし、ちゃんとした音響設備のあるライブ会場で、「口パク」をする歌手がいるという話を聞くと、会場に足を運んだ聴衆を騙すような行為と言われても仕方ありません。
激しいダンスパートのあるマイケル・ジャクソンは、ライブでのダンスパフォーマンスのクォリティーを上げるために、曲や構成によっては「口パク」をする場合があったそうです。
ジャネット・ジャクソンやマドンナも同様だそうです。
中国では、2008年の北京オリンピックの開会式で、林妙可が「口パク」を行い、別の少女の楊沛宜が「ゴースト・シンガー」を務めていたとして問題になりました。その結果、2009年からは、歌手が商業目的のコンサートで「口パク」をした場合は罰金を科すことにしました。
2009年には、歌手のブリトニー・スピアーズがオーストラリアの公演でファンから「口パク」を批判されました。
2013年のオバマ大統領の二期目の就任式では、ビヨンセがアメリカ国歌を歌いましたが、伴奏したアメリカ海兵隊の音楽隊報道官が「口パク」を暴露しました。
このように、「口パク」は、音楽業界では当たり前のように行われているようです。皆さんもこれからテレビで歌を聞くときは、歌手の口元に注目されてはいかがでしょうか?
ただし、巧妙な「八百長相撲」と同じように、熟練した「口パク」を見破るのはなかなか難しいかも知れませんね。