私が経験した「心付け(チップ)」にまつわる思い出話を3つご紹介します。
1.お医者さん
私の母が白内障の手術を受けるため、大阪医科大学付属病院に入院した時のことです。手術に関する「念書」に家族が署名する必要があるため、手術前に執刀医から手術の内容やリスクなどについての説明を受けました。
その説明と念書署名の後、執刀医に母から預かった「心付け」を渡そうとしたところ、「そういうものは受け取れません」と断られました。
私はその時、「この病院はなんと規律の行き届いた大学病院か!」と感心しました。
ところが後日、母から聞いたところによると、母がその後で執刀医が一人来た時に「心付け」を差し出すと、機嫌よく受け取ったとのことでした。これでは役人が賄賂収受で豹変する様子を詠んだ古川柳の「むつかしい顔をうっちゃる袖の下」そのものです。
家族への説明の時は、もう一人補佐役の医師が同席していたので受け取らなかったのだとわかり、がっかりしました。
多分あの「心付け」は、「雑所得」の確定申告もされなかったのではないかと思います。もし、雑所得として申告していたら、手術を多くこなす「名医」などは、相当な収入になるのではないかと勝手に想像してしまいます。
「患者は、手術でいろいろ便宜を図ってもらおうと、勝手に渡すのだから、黙って受け取る」とお医者さんは考えるのかも知れませんが、「コンプライアンス」上問題ではないかと感じました。
2.引っ越し業者の作業員
私が自宅を建て替えた時にことです。仮住まいから引っ越して来る時、「アリさんマークの引越社」を使いました。その時、引っ越し作業員のリーダー格の人に、作業員の人数を確認した上で、「皆さんへ」ということで、人数分の袋に分けて「心付け」を渡しました。
しかし、他の作業員は誰一人として「お礼」の言葉を言わなかったので、後で考えるとリーダー格の作業員が「独り占め」して「着服」したのではないかと疑わしくなりました。
やはり、「心付け」は、それぞれの人に手渡さないといけないと痛感しました。
3.旅館の仲居さん
私たちが夫婦で、ある観光旅館に宿泊した時のことです。仲居さんが挨拶に来て、「このお部屋を担当させていただきます〇〇でございます。・・・」と一通りの口上を述べた後、すぐに立ち上がらなかったのです。
少し間をおいて、非常にゆっくりした口調で「なにか ありましたら いつでも おっしゃって いただきますよう おねがい いたします どうぞ ごゆっくり 」と言ったのです。
私は、「暗にチップを要求している」ように感じたので、天の邪鬼の気持ちが湧いて来て、この仲居さんには絶対にチップは渡さないと決めました。それでようやく立ち上がったのですが、非常に悪い印象を持ちました。10%のサービス料を支払い済みなので、チップは不要なはずです。
やはり、この仲居さんに限らずその旅館では、長年にわたって「心付け(チップ)はもらって当然」「チップを渡すのは客のマナー」とでもいうような悪しき伝統が出来上がっていたのかも知れません。
しかし、欧米とは異なり、日本では「心付け(チップ)」は、渡したい(見栄を張りたい)客が渡すのは何ら問題ないのですが、「おもてなし」をする方が、「もらって当然」という態度を、表には出さなくても暗にほのめかすような振る舞いは、非常に気分を害するものです。
自分や息子の結婚式の時は式場の各担当者に「ご祝儀」を渡しましたし、自分の新婚旅行の時は、タクシーでも旅館でも、「チップ」を随分はずみました。それ以外は日本国内では後にも先にもチップを渡したのは、引っ越しの時だけです。
私は、会社から海外出張をした時、特にニューヨークに行った時は、治安が悪いということで、寝る時はベッドの枕の下に100ドル紙幣を入れておき、強盗に襲われたら、それをすぐに渡すように先輩からアドバイスされました。
幸い、強盗には遭遇しませんでしたが、寝る時に100ドル紙幣は必ず枕の下に忍ばせてから眠りました。ベッドメーキングの人へのチップ(枕銭)は、朝部屋を出る時に、必ず枕の下に1ドル紙幣を入れておきました。