西洋の絵画や彫刻において、描かれている(あるいは彫刻されている)人物が誰なのかを示すために、「この人物ならこれ!」という「ゆかりのアイテム」がよく添えられています。
これを「アトリビュート」と言います。この「アトリビュート」を覚えておけば、西洋絵画や西洋彫刻を見る時の理解の一助となります。
今回はこの「アトリビュート」の具体例をご紹介したいと思います。
1.アトリビュートとは
「アトリビュート(attribute)」とは、「西洋美術において、伝説上・歴史上の人物または神話上の神と関連付けられた持ち物」のことです。その物の持ち主を特定する役割を果たします。「持物(じぶつ/じもつ)」とも言います。
attributeの本来の意味は、「属性」(人や物が本来備えている性質)や「特質」です。
2.アトリビュートの具体例
(1)ギリシャ・ローマ神話
オリュンポス(オリンポス)の神々には、それぞれに「アトリビュート」があります。
①ゼウス(ユピテル、ジュピター)
「牛、山羊、雷、鷲、王笏」
「ゼウス」はギリシャ神話の主神たる全知全能の存在です。ローマ神話の「ユピテル(ジュピター)」です。
なお、「木星」のことを英語で「ジュピター(Jupiter)」と言いますが、木星が太陽系の惑星の中で最大の惑星であることからローマ神話の「主神」の名前が付けられました。
②ヘーラー(ユーノー、ジュノー)
「ザクロ、孔雀、王冠、王笏、ヴェール」
「ヘーラー」はギリシャ神話に登場する最高位の女神です。ローマ神話の「ユーノー(ジュノー)」と同一視されます。
③アテーナー(ミネルヴァ)
「オリーブ、蛇、フクロウ、メドゥーサの首、アイギス、兜、雄鶏、槍」
「アテーナー」は知恵・芸術・工芸・戦略を司るギリシャ神話の女神です。オリュンポス十二神の一柱で、アルテミスと同じく処女神です。
ローマ神話では、はるか古くからエトルスキー系の知恵と工芸を司るミネルヴァがアテーナーに対応する女神として崇拝されていました。
④アポローン(アポロ)
「月桂樹、月桂冠、蛇、馬、白鳥、矢、竪琴、弓」
「アポローン」はギリシャ神話に登場する男神でゼウスの息子です。詩歌や音楽などの芸能・芸術の神として名高いですが、羊飼いの守護神で光明の神でもあります。
ローマ神話でも「アポロ」と呼ばれて同名です。
⑤アプロディーテー(ウェヌス、ヴィーナス)
「バラ、イルカ、兎、白鳥、鳩、エロース」
「アプロディーテー」は愛と美と性を司るギリシャ神話の女神です。美において誇り高く、「パリスによる三美神の審判」(下の画像)で最高の美神に選ばれています。
ローマ神話では「ウェヌス(ヴィーナス)」を対応させています。
なお、「金星」のことを英語で「ヴィーナス(Venus)」と言いますが、金星が明るく美しく輝くことからローマ神話の「美の女神」の名前が付けられました。
⑥アルテミス(ディアーナ、ダイアナ)
「鹿、犬、兎、矢」
「アルテミス」はギリシャ神話に登場する狩猟・貞潔の女神です。ローマ神話では「ディアーナ(ダイアナ)」で、月の女神でもあります。
アメリカNASAの有人宇宙飛行(月面着陸)計画である「アルテミス計画」は、この月の女神アルテミスに由来する名前です。
⑦ヘルメース(メルクリウス、マーキュリー)
「ケーリュケイオンの杖、牛」
「ヘルメース」はギリシャ神話に登場する青年神で、神々の伝令使、とりわけゼウスの使いであり、旅人・商人・早足で駆ける者・体育技能などの守護神です。
ローマ神話における「メルクリウス(マーキュリー)」に相当します。
なお、「水星」のことを英語で「マーキュリー(Mercury)」と言いますが、水星の運行速度が速いことからローマ神話の「俊足の神」の名前が付けられました。
⑧ポセイドーン(ネプトゥーヌス、ネプチューン)
「三叉槍、馬、イルカ」
「ポセイドーン」はギリシャ神話の海とを地震を司る神で、最高神ゼウスに次ぐ圧倒的な強さを誇っています。
ローマ神話における海の神「ネプトゥーヌス(ネプチューン)」に相当します。
なお、「海王星」のことを英語で「ネプチューン(Neptune)」と言いますが、太陽系の惑星の中で最も外側を公転している惑星であることからローマ神話の「海の神」の名前が付けられました。
⑨ディオニューソス(バックス、バッカス)
「ブドウ、山羊、テュルソスの杖」
「ディオニューソス」はギリシャ神話に登場する豊穣とブドウ酒と酩酊の神です。
ローマ神話のワインの神「バックス(バッカス)」に相当します。
⑩ハーデース(プルートー)
「馬」
「ハーデース」はギリシャ神話に登場する冥府・地下の神で、ゼウス・ポセイドーンに次ぐ実力を持っています。
「ホメーロス風讃歌」の中の「デーメーテール讃歌」によると、「ハーデース」は「ペルセポネー」に恋をして、野の花を摘んでいた彼女を略奪し、地中に連れ去ったということです。
ローマ神話の冥界を司る神「プルートー」に相当します。
⑪ペルセポネー(プロセルピナ)
「ザクロ」
「ペルセポネー」はギリシャ神話に登場する生と死との間を廻る大地の女神で冥界の女王です。
ローマ神話の「プロセルピナ」に相当します。
⑫テミス(ユースティティア)
「剣と天秤」
「テミス」はギリシャ神話に登場する「法・掟・正義の女神」です。
ローマ神話の「ユースティティア」に相当します。
(2)キリスト教の聖人
①聖母マリア
「幼子イエス、赤と青の衣、百合の花、とげのないバラの花」
「聖母マリア」は言うまでもなくイエス・キリスト(ナザレのイエス)の母です。
②ナザレのヨセフ
「幼子イエス、鞄、大工道具、百合の花」
「ナザレのヨセフ」は、新約聖書に登場するマリアの夫で、イエスの「養父」です。職業は大工であったとされています。
③洗礼者ヨハネ
「十字架(杖状の長いもの)、ラクダの皮の衣、斧と切り株」
「洗礼者ヨハネ」は、イエス・キリストにバプテスマ(洗礼)を施した預言者す。キリスト教の洗礼はこれによって始まったとされています。
④聖ペテロ
「鍵(金と銀の鍵)、逆さ十字、三重の横木を持つ司教杖、雄鶏」
「聖ペテロ」は、イエス・キリストの十二使徒の第一人者です。ガリラヤの漁師でしたが、イエスの弟子となり、特に信頼されて「ペテロ」(岩、すなわち教会の礎石)と呼ばれ、天国の鍵を託されました。
イエスの死後、パレスチナ・小アジア・ローマで伝道しましたがローマ皇帝ネロの迫害によって殉教しました。