1.花を見る「科学者の目」と「文学者(詩人)の目」
私は中学の理科で「生物」を学習するようになった時、花を科学的に見るようになると、文学的(あるいは詩的)に見られなくなると漠然と感じました。
しかし、しばらくしてそれは誤りであることに気付きました。
たとえば「アブラナ」の花にしても、それまでは遠くから眺めるだけで、じっくり観察することはありませんでした。しかし近くでよく見ると、花弁が可憐でダイコンやナズナ、ストックの花にもよく似ています。これらは全て「アブラナ科」の花です。生物学的な知識を持つことで、かえって花をより深く知ることができるようになりました。
また、高山植物が過酷な自然環境の中で健気(けなげ)に咲いているのを見ると愛(いと)おしくなります。
2.イギリスの詩人ジョン・キーツの見方
19世紀のイギリスのロマン派の詩人ジョン・キーツ(1795年~1821年)は、自然や人間の美を大事にし、美を歌うことこそが詩人の使命だと考えていましたが、25歳という若さで結核のために死去して今年(2021年)でちょうど200年を迎えます。
ファニー・ブローン(1800年~1865年)(下の画像)という美しい婚約者がいましたが、彼は結核を患い結婚を諦めています。
詩人としての活動期間はわずか4年あまりであるにもかかわらず、ロード・バイロンやパーシー・ビッシュ・シェリーとともに、ロマン派の第2世代の詩人として、その作品は今も色あせることなく人々を魅了し続けています。
彼は自身の詩の中で、「ニュートンが虹の科学的特性を解明したことで、虹の詩的(抒情的)な美しさが奪われてしまった」と嘆きました。
「虹の正体を暴いて、詩人の甘美な夢をぶち壊さないでくれ」という気持ちだったのでしょう。
3.イギリスの生物学者リチャード・ドーキンスの反論
これに対して現代のイギリスの進化生物学者・動物行動学者リチャード・ドーキンス(1941年~ )は、『虹の解体 いかにして科学は驚異への扉を開いたか』の中で「科学やそこから得られた知識は、自然の詩的な美しさを剥奪するものではなく、むしろ自然から受ける感動や、自然に触れた時に感じる、ある種の不思議な感覚「センス・オブ・ワンダー(sense of wonder)」を、さらに深く呼び起こすものだ」と反論しています。
私もその通りだと思います。
ロマン派詩人はニュートン流の近代科学を好みませんでした。ウィリアム・ブレイクは海底で下を向くニュートンの姿を描き、彼の科学を自分の神秘主義的世界から排除しようとしましたし、ジョン・キーツは「ニュートンの物理学は虹を解体させてしまう」と批判しました。ドーキンスはブレイク、キーツ、ロレンス、イェイツなどの英文学の詩人たちが科学を批判したことを受けて、彼は詩と科学は共存し得ると主張し、「科学は詩的な想像力を抑圧するものではなく、むしろつくりだすものである」と述べています。
彼は科学が起す「センス・オブ・ワンダー(sense of wonder)」を重視し、それを科学に興味のない人々へ伝えようとしています。
花はその美しさゆえに、昔から多くの人々を感動させ、魅了して来ました。しかし、「花や花に関わる生き物たちから得られる感動」が、科学者たちが解き明かしてきた「花を取り巻く多彩で素敵で面白い、そして時には信じられないような物語」を知ることで、さらに大きく、奥深いものになるのです。
ちなみに、リチャード・ドーキンスは存命の一般向け科学書の著者としてはかなり知名度の高い一人です。
「不滅のコイル」「盲目の時計職人」「遺伝子の川」など、巧妙かつ多彩な比喩で科学を表現し、比喩の名手と称されます。
彼のこうした比喩表現は誤解を招く温床となりがちですが、彼自身は、「擬人的な思考は、使い方さえ間違えなければ、啓蒙に役立つ。また、そのレベルまで降り立って現象を解析できる。結果、科学者が正しい答えを出す助けになる」と、比喩を使うことを弁明しています。
4.自由に移動できない植物の「巧みな知恵」と「したたかな生存戦略」
私は「植物学」や「植物生態学」の専門家ではなく、全くのド素人です。しかし花を入り口にして植物を広く観察していると、植物の「巧みな知恵」と「したたかな生存戦略」に驚かされることがあります。
次に挙げる記事に詳しく書いていますので、ぜひご一読ください。
・「花は恥ずかしがり屋」だが開花の瞬間を目撃した奇跡。植物の生育分布拡大戦術
・「植物に学ぶ生存戦略」というEテレ番組が面白い!ジャンベさんは安倍首相?
・「食虫植物」とは?なぜ虫を食べるようになったのか?驚くべき植物の生存戦略
・「ボディーガード」を呼ぶ植物?ハダニに取りつかれるとSOS信号を発信!
・ヒマワリは太陽に向けて移動?植物の生態についての誤った常識や知られざる生態
・美しい花には毒がある。知らないと危険、身近な植物の毒性に注意!
・ミツバチの蜜を吸った思い出。雑草やキノコには毒のあるものがあり注意が必要!
・スカンポ・オオバコ・カラスノエンドウ・イヌムギ・カヤツリグサなどの雑草の話
・生きた化石と言われる植物。メタセコイア・古代ハス・イチョウ
・牧野富太郎とは?自ら「草木の精」と称し、「日本植物学の父」となった!