2022年7月8日に安倍元首相が山上徹也容疑者によって狙撃され亡くなった事件が発端となって、「旧統一教会の日本人信者からの巨額寄付金受領と韓国への送金問題」や、「旧統一教会の霊感商法によって破産などの経済的破綻に追い込まれた信者やその家族を含む被害者の問題」、「自民党などの有力政治家と旧統一教会との深い関係」などが次々に明るみに出てきました。
ほかの新興宗教でもある話だと思いますが、旧統一教会による「マインドコントロール」や「洗脳」もクローズアップされてきました。
そこで今回は、「マインドコントロール」ついてわかりやすくご紹介したいと思います。
1.マインドコントロールとは
「マインドコントロール」(Mind control)とは、操作者からの影響や強制を気づかれないうちに、他者の精神過程や行動、精神状態を操作して、操作者の都合に合わせた特定の意思決定・行動へと誘導すること・技術・概念のことです。
不法行為に当たるほどの暴力や強い精神的圧力といった強制的手法を用いない、またはほとんど用いない点で、「洗脳」とは異なります。
主に、後述の「セルフコントロール」と対する意味で使われますが、セルフコントロールの上位概念として使われる場合もあります。
2.マインドコントロールとセルフコントロール
元々「マインドコントロール」という言葉は、「潜在能力を引き出すためのトレーニング法」という自己啓発的でポジティブな意味合いで使われていました。
「マインドコントロール」には、学校や教育、様々なトレーニングで使われる人の認知行動原理と同じ技術が用いられます。自らの心を平静に保ったり、集中力を高めるなど、心理状態を制御・調整する意味で、この言葉が使われることもあります。
そのため、「良いマインドコントロール」と「悪いマインドコントロール」があるという考え方もありますが、一般的には、「破壊的カルト」等のように何らかの詐術的な意味、他者を騙す性格を持ったものを「マインドコントロール」、本人に役立つ心理学の応用を「セルフコントロール」と言います。
「マインドコントロール論」では、支配された人の意識状態は、普段の正常な意識とはかけ離れたものになるとされます。
(1) 破壊的カルト教団による信者の利用
(2) 社会心理学的技術の応用
(3) 他律的行動支配
の3つが一般定義です。
人格の「解凍・変革・再凍結」の理論をベースに、認知不協和理論や影響力論、ジャック・ヴァーノンの感覚遮断実験、フィリップ・ジンバルドーの監獄実験、プライミング効果論などの社会心理学的テクニックを活用して行われるとされます。
宗教的自我変容を最も世俗的理解に立って説明したモデルであり、世間に広く知られています。
社会心理学の「社会的影響力の行使、説得」という分野においては、不法行為責任を追及するために相当因果関係を説明する議論として、かなり議論が確立されており、若者の消費者被害を心理的要因から分析する等、近年も活用されています。
専門の研究者は少なく、社会心理学者の西田公昭氏(1960年~ )以外に「マインドコントロール論」を専門とする学者はいません。近年目立った議論の発展がなく、理論面・実践面から様々な疑問や批判が向けられています。
宗教研究の分野では、国内外でも懐疑的な見方が少なくありません。心理学・精神医学では、「マインドコントロール」という分析概念は未だに公認されていません。
なお、「マインドコントロール論」への批判を、カルト側が自らの問題を擁護し正当化するために利用することがあります。
3.マインドコントロールの発祥
近代の「マインドコントロール」は、1950年代に中国共産党が反対者の「転向」に用いた「洗脳」が知られています。1940年代の中国で共産主義に賛同しない人間を収容施設で思想改造しようとした試みを研究したロバート・J・リフトン著作『思想改造の心理──中国における洗脳の研究』(1961年)が「マインドコントロール論」の出発点とされます。
余談ですが、戦前の日本では、亀井勝一郎、佐野学、鍋山貞親、赤松克麿などのように、獄中での「共産主義からの転向」が多くありました。
調査した25人のうち、共産主義に転向した者は1人のみであり、リフトンは「彼らを説得して、共産主義の世界観へ彼らを変えさせるという観点からすると、そのプログラムはたしかに、失敗だと判断せねばならない」と述べています。
しかし、この研究はのちにマインドコントロール論者たちにより、失敗だったことを曖昧にしたまま「マインド・コントロールは洗脳よりも『もっと巧妙で洗練されている』」という形で触れられるようになりました。
1970年代のアメリカ合衆国において、当時史上最大の被害者を出したカルト教団の集団自殺人民寺院事件があり、カルト宗教の信者などが周囲から見てまったく別人のようになり、以前のような家庭生活を送ることや脱会させることが困難になるなどし、家族・友人らによってカルトの恐怖が広く語られるようになりました。
1988年には、統一教会の元学生リーダーで脱会後心理学を学びカルト教団信者の脱会を助けるカウンセラーとして活動しているスティーヴン・ハッサンが『マインドコントロールの恐怖』を刊行し(1993 年に邦訳)、1995年には社会心理学者の西田公昭が『マインド・コントロールとは何か』を出版、「マインドコントロール論」は「カルト」を恐れ嫌悪する感情の後押しを受けて急速に広がっていきました。
4.日本におけるマインドコントロールの具体例
旧統一教会などの報道を通じ、カルト宗教の対策に取り組む弁護士らによって語られるようになりました。1992年の統一教会の合同結婚式に参加した元新体操選手の山崎浩子さん(1960年~ )が、翌1993年に婚約の解消と統一教会から脱会を表明した記者会見で、「マインドコントロールされていました」と発言したことによりこの語が広く認知されるようになりました。
彼女がこの言葉を知ったのは、統一教会脱会信者の支援を続けている弁護士・牧師グループを通じてであり、彼らはスティーブン・ハッサン著『マインド・コントロールの恐怖』に依拠していました。
日本にカルト、マインドコントロール論を紹介し、メディアに広め用語として定着させたのは、統一教会信者の奪回・脱会を目的とする反カルトの立場に立つ人々でした。社会心理学者の西田公昭氏は、この記者会見の報道の際に、「マインドコントロールの定義をきちんと説明する人がなく、心の操作・精神の操作・自分自身の心の調整など、様々な意味に使われるようになってしまった」と述べています。
同年4月にハッサンの著作が統一教会信者の脱会カウンセリングを二十年来続けていた浅見定雄の訳で出版され、本書では統一教会の信者獲得のテクニックが「心理学的」に分析されました。
実践家以外で「マインドコントロール論」を展開しているのは、西田公昭氏で、彼の議論はハッサンの議論を心理学実験の傍証によって発展させたものです。
オウム真理教団は1994年まで、現代社会こそが「マインドコントロール」の場に他ならないという主張を、機関誌を通じて盛んに行っていました。1995年に「オウム真理教事件」が起こると、教団は逆に信者を「マインドコントロール」していたという批判を受けることになりました。
「オウム真理教事件」に対して、マスコミや反カルト運動家は、「マインドコントロール」という言葉を犯罪を犯した信者の心理状態を示すものとして使用しました。さらに信者の裁判で、信者の心理鑑定の証人として一部の心理学者が「マインドコントロール論」を述べ、教団が「マインドコントロール」を行っていたと社会的に公認されました。
被告の信者の中には、法廷戦術として「マインドコントロール」されていたことを主張し「尋常な精神状態ではなかったために責任能力を欠いている」ことを弁護する者も出ました。ただし、裁判所はオウム真理教による「マインドコントロール」が信者らに対してあったという事実認定は行わず、「マインドコントロール」行為を直接不法行為と認定していません。
5.マインドコントロールに陥らないための注意点
実際に、カルト教団や犯罪集団によって、「マインドコントロール」を行い悪事に加担させた事例も少なくありません。
ただ、実際には「マインドコントロール」とはこうした大規模な事件だけでなく、身の回りで起こりえる現象だといえます。
たとえば、親が子に言うことを無理やり聞かせようとするのも一種の「マインドコントロール」でしょう。
恋人が自分から離れられないよう、嘘をつくなどして束縛するのも「マインドコントルール」に該当します。
いわゆる「ブラック企業」の中にも、「マインドコントロール」にあてはまるところはあります。第三者から見て「もう辞めるべきだ」と思えるような過酷な状況でもなかなか退職者が出ないのは、従業員の心が経営者に支配されているからです。
「マインドコントロール」は決して絵空事でも、一部の特殊な世界の問題でもありません。
普通に暮らしている人が日常で遭遇する可能性のあるリスクのひとつです。
そのため、正しい知識を持って警戒をし、もしも自分がコントロールされてしまったときに気づける準備をしておくことが大事です。
(1)マインドコントロールの種類
①行動コントロール
他人に行動を掌握されるのは、「マインドコントロール」の代表的な例です。このとき、「報酬と罰」という心理的な仕組みが利用されることも珍しくありません。
すなわち、特定の行動を過剰に称賛し、別の行動を徹底的に否定して、「こうしなければならない」と相手に思い込ませるのです。
その結果、コントロールされている人間は、支配者に許可されている行動しかとらなくなります。「夫が許してくれないから外出できない」などの考えは、行動がコントロールされた結果だといえるでしょう。
②思想コントロール
カルト宗教や、一部の教育機関などで行われている「マインドコントロール」です。
その集団にとって利益となる思想だけを植えつけ、他の考え方を排除していきます。
コントロールの過程で、「経典を繰り返し読ませる」などの過剰な行為を強制することが多いのも特徴です。
ある思想だけを教え込まれているうち、その人は頭が働かなくなって「思考停止」状態になります。そして、一般的には異常とされている思想すらも受け入れてしまうのです。
③感情コントロール
恐怖や感情、罪悪感をコントロールし、洗脳しようとする手法です。
支配者は、その人が抱えているネガティブな感情を見抜いて刺激するようにします。
たとえば、「君のせいで怪我をしてしまった。このままでは仕事ができない」などと言って罪悪感をあおり、金銭を要求するなどの流れです。
冷静になれば「おかしい」と気づくことでも、罪悪感に支配されてしまっている間は正しい判断ができません。
そのうえで、支配者は「もしも言うことが聞けないなら恐ろしい目に遭わせる」と恐怖を植えつけ、完全な「マインドコントロール」が完了します
④情報コントロール
支配者は「マインドコントロール」を行うにあたり、情報統制を意識します。
もしも、ターゲットが支配者の言っている内容と違う本やニュースを見てしまえば、「何かがおかしい」と気づきます。
ターゲットが知人からのメールやSNSで「早く逃げなさい」と言われるのも、支配者にとって不都合な事態です。
そこで、「私の言うことだけを信じて、情報はすべて遮断しなさい」などと、ターゲットに言い聞かせます。ターゲットからすれば支配者の言葉が唯一の情報になるので、無条件で信じやすくなります。
(2)マインドコントロールされる・できてしまう仕組み
①返報性の原理
多くの人は「自分に限って洗脳などされるわけがない」と思って過ごしています。
ただ、「マインドコントロール」の被害に遭った人には、同じような思いを抱いていた場合もあるでしょう。
注意しているはずなのに心を支配されてしまうのは、巧妙な支配者ほど思考の仕組みに精通しているからです。
たとえば、有名な心理学の言葉に「返報性の仕組み」があります。普通の人々は、好意には好意が、悪意には悪意が返ってくると認識しています。だからこそ、人によく思われようとなるべく好意的な振る舞いをするよう心がけています。
しかし、支配者はこの心理を利用し、「自分はこれだけ好意を与えたのだから、あなたも返さなくてはならない」と仕向けてくるのです。
たとえば、ある人が会社の同僚のミスをフォローしたとします。そのうえで、「じゃあ今度は自分の失敗も被ってほしい」「あのとき助けてあげたじゃないか」と強い要求をしてくるのが「マインドコントロール」の手法です。
同僚は恩返しをしなければならないと信じ込み、過剰な内容すら応えてしまいます。
②希少性
人間は希少価値の高いものに触れると優越感を抱きやすい傾向にあります。
バーゲンの「限定」という言葉や、有名人の来るイベントに心が惹かれるのも優越感を刺激されてしまうからです。
そして、「マインドコントロール」の世界では、希少性に対して抱く優越感を利用するケースが少なくありません。
支配者から「君にだけ教えてあげる情報なのだけれど」などと伝えられて、自分が特別だと思い込むパターンです。
こうした些細なきっかけから、支配者は「だから対価を払ってほしい」「組織に君の名前を貸してほしい」と要求をエスカレートさせていきます。
しかし、ターゲットは自分が特別だと信じているので、無茶なお願いにすらも応じてしまいます。
③権威を利用
支配者が相手の猜疑心を消したいとき、用いることが多い手法です。
警戒心の強い人でも「テレビによく出ている教授が言っていた」など、権威の後ろ盾があれば信じてしまうことは珍しくありません。
そこで、支配者は巧みに有名な人間、組織の名前を持ち出してターゲットの心を開かせます。
「僕、あのタレントと友達なんだよ」と、自分と権威ある人物が親密だとアピールするケースもあります。
もちろん、本当に権威ある人物たちと支配者がつながっているとは限りません。ターゲットを陥れるために嘘を並び立てている可能性もあります。
ただ、権威を前にすると思考が停止してしまい、疑いなく指示に従ってしまう人もいます。
そうやって支配者の話を聞いているうち、いつしか、「この人は権威と密接な関係にあるのだから、信じてもいい」という考えになってしまうのです。
④約束と一貫性
真面目で責任感の強い人ほど「約束を守らなくてはならない」という信念は強いといえます。
そこで、支配者たちは、ターゲットと最初に小さな約束をとりつけることが少なくありません。
「1カ月は僕を信じると約束してほしい」といった言い回しで、ターゲットと信頼の契約を結ぶのです。
そうすると、真面目なターゲットは行動に一貫性を持たせたいので、違和感を覚えても支配者の言動を信じようとします。
最終的には、明らかに異常な状況すらも受け入れるようになってしまいます。
(3)マインドコントロールの解き方
①二元論の放棄
支配者の多くは二元論(にげんろん)を巧みに操って「マインドコントロール」を行っています。
本来は白でも黒でもないものに対し、「どちらかに決めろ」と迫るのです。
そして、仮にターゲットが白を選んだのだとすれば「黒はもう選んではならない」と誘導し、視野をどんどん狭めるよう仕向けます。
つまり、「マインドコントロール」の被害に遭ったら、二元論を放棄するのが得策です。
「どちらでもない」「他の選択肢もあるはず」などの考え方ができれば、正しい思考が働きやすくなります。
②自己客観視
情報や思想をコントロールされ、比較対象のない状態では支配者の言葉になびいてしまうのも当然です。
そこで、「マインドコントロール」から抜け出すには常に客観的な考えを持ちましょう。
相手に言われたことと逆の意見をあえて思い浮かべるようにします。
そして、「この人はこう言っているが、一般的には違うのではないか」と疑いをもってみるのです。
支配者の言動は常軌を逸していることも多いので、冷静に分析すれば洗脳が解ける可能性もあります。
③他人の意見を聞く
「マインドコントロール」では、支配者とターゲットの間に不条理な主従関係が生まれていることも少なくありません。
ただ、当事者は感情や思考を支配されているので、自分がおかしな状況にいると気づかないのです。
もしもある人と接していて少しでも変だと思うのなら、家族や友人に相談してみましょう。
本やネットの情報をチェックするのも賢明です。
第三者から率直な意見を聞くことで、「自分が支配されている」と自覚するきっかけは生まれやすくなります。
④質問を無視しない
支配者に対し、抵抗を試みるのはとても勇気がいる行為です。
恐怖や不安を刺激されているターゲットは、支配者を怒らせたくなくて状況を受け入れていることも珍しくありません。
それならば、せめて周囲の声に耳を傾けましょう。
「なぜそんなことをしているの」と疑問をぶつけてくれた人がいたら、反芻(はんすう)してみます。
疑問を持つのは、状況を分析できているということです。些細な疑問の積み重ねで、支配者の矛盾を理解できる場合もあります。
⑤強制的に関係を断つ
いっそ、支配者と会わないようにするのもひとつの方法です。
彼らはターゲットの感情を支配できるので、顔を合わせてしまえば結局要求を飲むことになりかねません。そうならないよう、連絡するのを止めて無視をします。
罪悪感を覚えるなら、そもそも電話番号を変えるなどして向こうからコンタクトを取れなくするのもいいでしょう。しばらく支配者と距離を置けば、冷静に頭が回るようになる可能性もあります。
ターゲットの中で関連付けられている複数の価値観を切り離す作業です。
仮に、ある支配者から「私は社会貢献をしている」「だから私に投資するのは社会のためだ」と教え込まれたとします。
この場合、「社会貢献」と「投資」が紐づけられてしまうので、洗脳が解きにくくなるのです。
マインドコントロールの可能性がある場合は支配者の言葉を整理し、さまざまな要素に分解しながら「本当に関連性があるのか」と深堀していきましょう。