「忠臣蔵」と言えば、日本人に最も馴染みが深く、かつ最も人気のあるお芝居です。
どんなに芝居人気が落ち込んだ時期でも、「忠臣蔵」（仮名手本忠臣蔵）をやれば必ず大入り満員になるという「当たり狂言」です。上演すれば必ず大入りになることから「芝居の独参湯(どくじんとう)（＊）」とも呼ばれます。
（＊）「独参湯」とは、人参の一種 を煎じてつくる気付け薬のことです 。転じて（ 独参湯がよく効くところから） 歌舞伎で、いつ演じてもよく当たる狂言のことで、 普通「 仮名手本忠臣蔵 」を指します。
ところで、私も「忠臣蔵」が大好きで、以前にも「忠臣蔵」にまつわる次のような記事を書いています。
「忠臣蔵に登場する人物は大石内蔵助を筆頭に人間の生き方についての示唆に富む！」
「赤穂藩主で松の廊下の刃傷事件を起こした浅野内匠頭とは？好色で無能な君主だった！？」
「浅野内匠頭はなぜ吉良上野介を斬ったのか？松の廊下刃傷事件の真相を探る！」
「吉良上野介は単なる意地悪な収賄政治家か？それとも名君か？」
「赤穂藩家老で義士の大石内蔵助の実像とは？仇討は不本意で豪遊・放蕩に耽った！？」
「四十七士のナンバー２吉田忠左衛門とはどのような人物だったのか？」
「大高源吾とは？赤穂浪士随一の俳人で宝井其角との両国橋の別れが有名」
「堀部安兵衛とは？高田馬場の決闘の助太刀として名を馳せた剣の達人」
「江戸川柳でたどる偉人伝(江戸時代②)浅野内匠頭･大石内蔵助･吉良上野介･宝井其角･加賀千代女」
しかし、上に挙げた有名な人物以外にも「赤穂義士（赤穂浪士）」は大勢います。
そこで今回からシリーズで、その他の赤穂義士（赤穂浪士）についてわかりやすくご紹介したいと思います。
１．横川勘平宗利とは
横川宗利（よこがわ むねとし）（1667年～1703年）は、赤穂浪士四十七士の一人で、通称は勘平（かんぺい）です。変名は三島小一郎。
余談ですが、横川勘平宗利は「お軽勘平」（＊）の勘平のモデルではありません。
（＊）「お軽勘平」は、「仮名手本忠臣蔵」の登場人物です。お軽のモデルは特別いませんが、名前は大石良雄が京都山科で抱えていた妾の名といわれています。
勘平のモデルは元禄14年(1701年）、浅野長矩の刃傷事件という一大事を赤穂に伝えた使者のひとり萱野三平重実です。仇討ちの計画が進行中に、父から領主への仕官を勧められたので困り果て、同15年切腹しました。
２．横川勘平宗利の生涯
寛文7年（1667年）、浪人の横川祐悦の子として誕生しました。
父の横川祐悦（宗悦説あり）は元森伯耆守武長家臣で、後に浪人となりました。祖父の各務宗右衛門は津山藩森家に仕えていました。宗利は森家の名臣として知られる各務元正の曽孫に当たります。
貞享4年（1687年）頃に播磨国播磨赤穂藩主・浅野長矩に仕えたとみられます。役職は徒目付（5両3人扶持）でした。
妻は、森美作守家来の各務助左衛門の娘です。弟の横川勘左衛門は、行方不明で義絶しています（親類書）。
元禄7年（1694年）の備中松山城受け取りの際には長矩に随って従軍しています。
元禄14年（1701年）3月14日に浅野長矩が吉良義央に刃傷に及んだ際には江戸にありましたが、江戸屋敷が召し上げられたのちはすぐに赤穂城へ戻りました。原元辰などに同調して殉死切腹を唱え、大石良雄の盟約に加わりました。
吉良邸討ち入りの際には表門隊に属しました。
水野忠之の屋敷にお預かりとなります。仙石久尚からの「九人は長屋に差し置くべし」との指示で、横川、間ら全員が使っていない部屋にまとめて収容されました。
水野は、義士について何の感想も感情も示していませんが、岡崎藩の記録では「九人のやから、差し置き候庭のうちへも、竹垣これをつむ」と二重の囲いを設けて見張りを厳重にしたり、「臥具増やす冪あり申せども、その儀に及ばず初めの儘にて罷りあり」と「寒気強く候」にもかかわらず薄い布団しか与えなかった記述があります。
元禄16年（1703年）に同家家臣山中団六の介錯で切腹しました。享年37。
戒名は刃常水信士で、主君・浅野長矩と同じ江戸の高輪泉岳寺に葬られました。
３．横川勘平宗利にまつわるエピソード
（１）家老の家財を封印
元禄14年4月22日に城下から逐電した家老・大野九郎兵衛父子の家財を目付として神崎与五郎と出向いて封印して保管しました。
（２）人物
赤穂城開城後はすぐに江戸へ下向しました。元禄15年7月の円山会議で仇討ちが決定されたあと、大石良雄は関西一帯の同志達に大高忠雄や貝賀友信を使って神文返しをさせましたが、横川は江戸の同志達に対して同じ神文返しを任されており、大石の信頼がかなり厚い人物であることが分かります。
また討ち入り直前に知己への手紙の中で脱盟した同志たちのことを徹底的に罵っています。
（３）吉良邸茶会が12月14日との情報キャッチの功労者
三島小一郎という変名で堀部武庸宅に居候しました。
吉良邸での茶会に招待される人が無筆で勘平が代筆をしながら偵察をしていたところ、12月14日の茶会への招待に対する返事を頼まれました。
代筆して吉良邸へ文使いとしてそれを届け、吉良邸で茶会が開催されること、吉良上野介が在宅との情報を得ることに成功しました。
大高源五の山田宗偏側からの情報と合致したことで12月14日の討ち入り日が決まりました。
中央義士会は「大高が山田宗徧から情報を得たり、大石が羽倉斎から日程を聞きだしたという話よりは信憑性が高い。おおむね事実である」としています。
（４）『赤穂義士銘々伝～横川勘平の一番槍』あらすじ
芝・愛宕下に屋敷のある森大内記（もりだいないき）。その留守居役である芹沢助右衛門は子供がいない。甥の横川勘平は両親を亡くし、助右衛門夫婦が預かっている。助右衛門はこの勘平を養子にし、留守居役を継がせることを考える。勘平は酒も女もやらないという堅物である。助右衛門の妻は、留守居役なら酒の付き合いもある、遊びもある程度しなければならないと思い迷う。
勘平本人に聞くが、武芸の腕が未熟であるのでもう３年修行したいと言って断ろうとする。実は勘平は大石内蔵助らとともに無念の死を遂げた主君、浅野内匠頭（あさのたくみのかみ）の仇討に加わるつもりであった。仇討をするなら自分の死も覚悟しなければならない。助右衛門はそんな勘平の思いに薄々気づきながら、彼を養子にすることを決めた。
勘平は、石町（こくちょう）小山屋方にいる大石内蔵助（くらのすけ）に相談する。大石は、助右衛門夫婦から愛想を尽かされるように、道楽をすればとよいと言う。しかし勘平は酒は猪口３杯ほどしか飲めないし、遊女も買わない。大石は真似だけでもしろ、叔父夫婦には「遊びに行く」と告げてちょいちょい家を空け、ここに泊まれと言う。勘平は吉原を知らないと言うので、堀部安兵衛に案内させることにする。
翌日、安兵衛と落ち合い、２人で吉原に向かう。浅草寺から馬道へ、吉原土手、吉原大門、見返り柳、衣紋坂と安兵衛は説明しながら歩く。安兵衛は勘平に店にあがれというが、どうしても入ろうとしない。そこで安兵衛は勘平に言い付ける。今晩は大石の家に泊まれ。明日朝に酒を飲めるだけ飲んで、助右衛門の家へ戻れ。叔父叔母には「酒を二・三升飲んできた」と言って驚かせろ。前夜どこへ行ったと聞かれたら、堀部安兵衛に誘われ２人で吉原に行ったと話せ。茶屋はどこかと問われたら、尾張屋だと答えろ。どこの店に送られたかと聞かれたら、半蔵松葉だと言え。相方はだれだと問われたら、自分の相手は松人（まつんど）、堀部の相手は白玉だと言え。馴染み金はいくらだと問われたら５両だと答えろ。ここまでスラスラ言えれば、吉原で遊んできたと助右衛門夫婦を騙すことができよう。
翌朝、勘平は３勺の酒を飲んでグテングテンに酔っぱらう。助右衛門の家に戻り、安兵衛に誘われて吉原に居続けしたと語る。助右衛門からいろいろと問われるが、昨日安兵衛に教わった通りに答える。「遣り手婆あにはいくら渡した」、これは安兵衛が昨日教えてくれなかった。困った勘平は適当に、「二百文です」と返答する。勘平はチョイチョイ扇子を見ている。その扇子には何か書いてあるのか。「お前、悪い軍師がついたな。そんな手には引っかからないぞ」、助右衛門は笑い、勘平は逃げ出す。
勘平は大石に話すと、遣り手婆あに二百文ではいくらなんでも少なすぎる、まずかったなぁと言う。そのうちに叔父が分かってくれる時が来るだろう。
助右衛門夫婦には、勘平の仇討ちに加わりたいという気持ちはわかっている。しかし勘平ひとりくらいいなくても大丈夫だろう。かわいい甥を失うのは惜しくて邪魔をするのだった。惚れた女がいれば仇討ちの気も萎えるだろう。お花というかわいらしい娘を小間使いに置く。助右衛門がいる間は外出してもいい、いない時は一歩も外出してはならないと約束させられる。
泉岳寺での詮議があった時は助右衛門が在宅していたので参加することが出来たが、肝心の14日、朝から助右衛門が家にいない。旧友が江戸を出立するので品川まで見送りに行きたいと勘平は言うが、叔母は外出を許さない。夜になり、困った勘平は落ち着かない。そんな勘平の様子を見て、叔母は「何をソワソワしているのか」と思う。見ると刀の下緒（さげお）が紫色になっている。浅野家に奉公したことのある叔母は知っていた。浅野家ではお家に事がある時は、紫の下緒を使うのだ。今宵が仇討ちに違いない。勘平に一歩も出てはならない、もし出たなら御公儀の重役衆に「仇討ちだ」と訴えると叔母は言う。勘平は今夜、吉良邸に仇討ちに連なるつもりだったと白状する。しかし参加できないなら、叔父叔母のいう事に従って、この家を相続すると言う。「よく承知をしてくれた」と叔母は喜ぶ。
勘平は同士のことを考えると心苦しいので、御酒を一杯飲んで気を晴らしたいという。叔母はお花にみりんを買いに酒屋へ行くよう言い付ける。叔母が御公儀に伝えるにしても時間が掛かるだろう。そっと家を抜け出た勘平は、「女中ひとりを酒屋に遣わしたが、女ひとりでは心配だ」と言って、門番所をすり抜ける。矢のように走った勘平は両国橋を渡る。「山・川」の合言葉を交わして吉良邸門前まで来る。遅ればせながら駈けつけました。待っていた寺坂吉右衛門が火事装束を渡す。こうして赤穂義士は大石の鳴らす山鹿流の陣太鼓とともに、表・裏門から吉良邸に討ち入るのであった。
４．横川勘平宗利の辞世
待てしばし 死出の遅速は あらんとも まつさきかけて 道しるべせむ
気懸りも なくて今年の 霞哉
遺言は無し。