「混血(ハーフ)」の歴史と意義についてご紹介します!

フォローする



マリーアントワネット

以前、「ハーフ」のアスリートタレントの目覚ましい活躍の記事を書きましたが、今回は、「混血」の歴史と意義についてご紹介したいと思います。

英語では、混血を「ハーフ」と言っても通じません。「I am half.」と言えば「私は半分です。」と言う意味になります。ですから、たとえば「I ‘m half Japanese  half German .」と言います。アメリカは「多民族国家」「人種の坩堝」であり、アメリカ人は、ひとつの「民族」の呼称ではありませんので、「自分の祖先の国」を言います。つまり、「I ‘m half Japanese  half American .」とは言わないのです。

1.混血の歴史

ヨーロッパは、陸続きで、多くの民族が住んでおり、度重なる戦争の結果、異民族との結婚とそれに伴う「混血」(ハーフやクォーター)が沢山生まれました。マリア・テレジアは、神聖ローマ帝国の皇帝カール6世の娘で、オーストリア系ハプスブルク家の男系の最後の君主で、その娘のマリー・アントアネットは、フランスのルイ16世に嫁ぎ、4人の子供を産みましたが、フランス革命で断頭台の露と消えました。王侯貴族に限らず「国際結婚」はごく普通のことだったのでしょう。

これに対して、日本の場合は、厳密には「単一民族国家」ではありませんが、大多数の大和民族とアイヌ民族・琉球民族だけの国家で、しかも島国で、江戸時代は「鎖国」していたので、「国際結婚」は殆ど無かったと思われます。4~7世紀の古代には、中国や朝鮮半島から移住して来て、武具製作・機織り・農業などの先進技術を伝えた渡来人との結婚はあったのでしょう。

昭和20年、太平洋戦争に敗れた日本は、アメリカ軍(当時は「進駐軍」と一般に呼ばれていました。)に占領されることになり、アメリカ兵と日本人女性との結婚も少なからずありました。しかし、映画「キクとイサム」のように、黒人米兵は帰国したまま、日本に戻って来ず、母子家庭(「キクとイサム」の場合は、祖母に育てられていました)となり、「混血児」も偏見と差別を受けて苦難の道を歩むという悲劇も多かったようです。

2.混血の意義

「混血」は、それぞれの親の優れたところがうまくミックスされて現れることもあるようです。「ハーフ」のアスリートやタレントが大活躍する素地は、そういう所にもありそうです。

サラブレッドや、コーヒー・洋酒のブレンドと比較するのは適切ではありませんが、近親結婚をした場合は、「劣性遺伝子」が顕在化する可能性が高いと聞いたことがあります。もちろん、ここで言う「劣性遺伝子」は「劣悪」という意味ではありませんが、遺伝病の発症率が高くなるなど優生学上好ましくないそうです。

日本の民法第734条では、「直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない」と定められています。

ヒトは、性染色体以外の常染色体は、父親と母親それぞれから受け継いだ対の遺伝子を持ちます。この組み合わせで子の特性が決まるのですが、父親が黒髪で母親が金髪だった場合、髪の色が競合します。しかし、黒色と金色の中間色の髪の色になるのではなく、「優性遺伝子」である黒髪になります。つまり、「優性遺伝子」と「劣性遺伝子」があって、発現する方の遺伝子を「優性遺伝子」と呼ぶのです。

蛇足のような説明が多すぎて申し訳ありませんでした。今後ともハーフのアスリートやタレントの皆さんの活躍に大いに期待したいと思います。



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする