IPBESの「100万種が絶滅危機」との生物多様性報告書と「フェルミ推定」

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絶滅危惧種

今年5月、国連環境計画(UNEP)主催の政府間会合は、人類が陸海空で自然環境と生物多様性に壊滅的な打撃を与えていると警告しました。

世界132カ国の政府が参加する「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」(IPBES)は、人類の活動により、約100万種の動植物が絶滅危機にさらされているとするエキセントリックでセンセーショナルな報告書を発表したのです。

「人類の食糧とエネルギー需要が拡大し続けているのが原因」だと述べています。

そしてこれを解決するには「人類の自然との関わり方を全面的かつ抜本的に変化させる必要がある」と結論付けています。

1.生物多様性報告書の問題点

(1)絶滅危機の100万種とはオーバーな数字ではないか

2016年7月の「日経プラスワン」の記事によれば、「国際自然保護連合の調べで、地球上の動物は137万種で7割が昆虫」だそうです。

また、この記事の中に、大阪市立自然史博物館学芸員の松本吏樹郎氏の次のような話が載っています。興味深いのでご紹介します。

■6回目の大量絶滅の危機

博士からひとこと 地球に生物が現れてから38億年、その間に多数の生物が死に絶える「大量絶滅(ぜつめつ)」があった。大きなものは5回あり、特に有名なのが6500万年前の恐竜の絶滅だ。巨大な隕石(いんせき)が地球に衝突(しょうとつ)したことで起きた。
実は今が6回目の大量絶滅にあたると多くの科学者が心配しているんだ。人間が森を切り開いて畑や都市をつくると、生き物のすみかが失われる。牙などをとるために人間が殺してしまう動物も多い。国際自然保護連合(IUCN)の調べでは約2万3000種が絶滅の危機にあるそうだ。これまでは大災害がきっかけだったけど、人間のせいになってしまうかもしれない。”

一方、植物の種類は、一般的には20万~30万種と言われています。

地球上の動植物の種類の合計は、上記の推定数値が正しいと仮定すると、157万~167万種となります。すると、今後生き残るのは60万種前後になります。

絶滅危機にあるのは大半が「熱帯雨林」(ジャングル)に生息する名前も知らない昆虫類・爬虫類や両生類・海生哺乳類および熱帯雨林に生息するマングローブをはじめとする植物ではないかと私は推測します。

IPBESでは、地球上の動植物を約800万種と極端に多めに推定していますが、両生類の40%超、サンゴ礁を作るサンゴやサメ類の約33%、海生哺乳類の33%超がそれぞれ「絶滅の危機に瀕している」そうです。

「地球上の動植物の種類がいくらか」というのは、実地に個体を全部調べ上げることは不可能で、一定数のサンプルやさまざまな前提条件から「フェルミ推定」のような手法で推論したものだと思います。

「フェルミ推定」とは「実際に調査するのが難しいような捉えどころのない量を、いくつかの手掛かりを元に論理的に推論し、短時間で概算すること」です。仮定する前提条件の違いによって結果は大きく異なります。

(2)自然保護・環境保護団体は人間軽視の自然至上主義

熱帯雨林を伐採することによって、もしマラリア蚊などの病害虫が絶滅すれば、人類にとって有益ですが、自然保護・環境保護団体の考え方は、「元々地球上にあるものが全て善でこれを絶滅させてはいけない」「人間の自然破壊・環境破壊が絶対的に悪い」という自然至上主義で、「人間軽視の思想」のように見えます。

しかし、地球に生物が現れてから38億年の間に、既に5回の大量絶滅があったということなので、6回目の大量絶滅があっても問題ないのではないかと私は思います。

そして、「人間にとっての有益性」という観点も絶対に忘れてはならないと思います。

2.絶滅するものを人為的に食い止めて保護するべきでない

絶滅危惧種を保護した結果、増えすぎて対応に苦慮しているという話も聞きます。日本でもクマやイノシシ、シカなどを適切に駆除しなくなった結果、農作物に甚大な損害が発生し、人が襲われる被害も多くなっています。

ニュージーランドの「ワライフクロウ」や日本の「ニホンオオカミ」が絶滅して、何か不都合が起こったでしょうか?それとも、これを絶滅前に保護したとしたら、どういうメリットがあるというのでしょうか?人為的に保護することには、個体数の管理などで限界があるように思うのですが・・・

絶滅を危惧している人々が次のような点をどう考えているのかもはっきりしません。

(1)絶滅させない目的は何か

(2)増え過ぎたらどうするのか

(3)保護した結果の生態系の最終的展望はどういうものか

「自然淘汰」や「隕石衝突」でなく「人為淘汰」による絶滅でも、「6回目の大量絶滅」があるのなら、やはり大きな自然の流れに任せるべきではないかと私は思います。