バラはなぜ漢字で「薔薇」と書くのか?和名の「ばら」の語源は何か?

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バラ

バラは、中国原産のボタン(牡丹)やシャクヤク(芍薬)に似た華やかな花ですが、「ベルサイユのばら」や、多くの品種が作られた「イングリッシュローズ」(下の画像)、あるいは「薔薇戦争(ばらせんそう)」(*)、ゲーテの詩にシューベルトが曲を付けた歌曲「野ばら」など西洋的な花という印象があります。

イングリッシュローズ

(*)「薔薇戦争」について

ヨーロッパでは14世紀から15世紀にかけて起きた有名な「百年戦争」(1337年~1453年)がありました。百年戦争のあとも、イングランドでは王位継承をめぐって、共にプランタジネット家の男系傍流である「ランカスター家」と「ヨーク家」との間で30年間に及ぶ権力闘争・内戦がありました。これが「薔薇戦争(ばらせんそう)」(1455年~1485年)です。「ランカスター家」が赤薔薇、「ヨーク家」が白薔薇を記章としていたのでこう呼ばれます。

赤薔薇・白薔薇

シューベルト「野ばら」リタ・シュトライヒ/ヴェルバ

しかし、バラはヨーロッパ・中近東・中国・日本・北米など北半球の温帯域を中心に多くの原種がある花で、品種は200種以上あります。

一般にバラと称しているのは、これらの野生種の雑種および改良種(園芸種)です。美しい花と高い香りで、古くから香料用、薬用に栽培されてきて、さらに中世以後観賞用に改良されました。

1.バラはなぜ漢字で「薔薇」と書くのか?

」は音読みで「ショウ・ソウ・ショク」で、訓読みで「ばら・みずたで」で、中国では「垣根」の意味です。

」は音読みで「ビ」、訓読みで「ぜんまい・のえんどう」で、中国では「薇」は「風にそよぐこと」を意味します。

垣根に咲いていて、風にそよぐバラ、つまり「つるバラ」のことを指しているのです。

つるバラ

中国では、古代から「トゲのある木の総称」として、「荊棘(けいきょく)」という言葉が使われており、紀元前に書かれた『老子』にも出てきます。

これに対して「薔薇」という言葉が登場するのは、紀元後5世紀ごろになってからです。

この頃の中国の有名な文人貴族・劉義慶(りゅうぎけい)(403年~444年)の別荘では、木を組んでそこに「薔薇」のつるを這わせて、遠くからはその姿を楽しみ、近くではその花の香りを味わったという話が残っています。劉義慶の別荘には、多くの品種の観賞用の薔薇があったようです。

バラは漢語では、「玫瑰」(まいかい)や「月季」(げっき)の異称もあります。なお、「玫瑰」は中国語においてはバラ科バラ属の「ハマナス」(浜茄子、浜梨、玫瑰)(下の画像)を指します。

ハマナス

2.和名の「ばら」の語源

和名の「ばらの語源は、「茨・荊・棘(いばら)」の「い」が抜けて転訛したものです

バラやカラタチなどトゲのある低木を「イバラ」と言いますが、古くは「バラ」も同様の意味で使われていました。

やがて、バラ属の植物を「バラ」、トゲのある低木の総称には「イバラ」というように、使い分けられるようになったのです。

漢字の「薔薇」は、中国語の借用です。

古くは、音読みで「さうび」や「しゃうび」と読まれることが多く、『古今集』にある紀貫之の次の歌にも詠まれています。

我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり

これは、「今朝うひに」に「さうび」の名を隠した「物名歌(ぶつめいか)」(*)です。今朝、初めて見たその花の色を「あだなる物と」言うべきであったよ、という意味です。この「花」は題の「さうび」を指し、当時薔薇そうびがまだ珍しい花であったことがわかります。

(*)「物名歌」とは、和歌の分類の一つで、「もののなの歌」、「隠題 (かくしだい) の歌」とも言います。事物の名を歌の意味とは無関係に詠み込んだ遊戯的な和歌です。

紫式部が書いた『源氏物語』の第10帖・賢木(さかき)にも「薔薇」が出てきます。

階(はし)の底(もと)の薔薇(さうび)、けしきばかり咲きて、春秋の花盛りよりもしめやかにをかしきほどなるに、うちとけ遊びたまふ。

「(庭へと下りる)階段のもとの薔薇がほんのわずかばかり咲いて、春秋の花盛りよりもしっとりと落ち着いて風情があり、人々はうちとけて(管弦の)遊びを楽しまれる」という意味です。

これは、光源氏の義兄・三位中将が光源氏を招いた宴席の描写の一部です。このあと、三位中将は光源氏に次の和歌を詠みかけます。

それもがとけさひらけたる初花におとらぬ君がにほひをぞ見る

それがあればなあと願っていて、今朝開いた初花(階の底の薔薇)におとらない君の美しさをみることだ」という意味です。

光源氏もはしゃいだ様子で応じ、楽しそうな宴席の様子が描かれています。このとき、光源氏や三位中将は政治的に不遇な状況にありましたが、そのような中でも光源氏はバラのように優雅で美しいのでした。

庚申バラ

平安時代の「薔薇(さうび)」は、「コウシンバラ(庚申バラ)」(年に数回咲く四季咲きのバラ)(上の画像)の類と考えられています。コウジンバラの学名はロサ・キネンシスといい、中国原産で、春から秋にかけて深紅色や淡紅色の花が咲きます。日本には遣隋使や遣唐使の手によってもたらされ、舶来の花として珍重されました。

3.バラについて

バラは、バラ科バラ属の総称です。あるいは、そのうち特に園芸種(園芸バラ・栽培バラ)の総称です。

バラは「花の女王」と言われますが、牡丹(下の画像・左)は「花王(かおう)」(花の王)、芍薬(下の画像・右)は「花相(かしょう)」(花の宰相)と呼ばれており、いずれ劣らぬ華やかな花です。

牡丹芍薬

バラには多種多様な種類や系統があります。

バラの樹形のタイプからは、木立ち性のブッシュ・ローズ(木バラ)、半つる性のシュラブ・ローズ、つる性のつるバラ(クライミング・ローズ)の3タイプと、ミニバラがあります。

バラというとその栽培の歴史はヨーロッパを舞台に語られますが、中国にも原種があります。小型のオールドローズで「チャイナローズ」と呼ばれるバラが古くから栽培されてきました。

18世紀の終わりから19世紀の初めにかけて、中国のバラ2系統がイギリスに渡りましたが、ヨーロッパで栽培されていたバラとは異なる性質を持ち、その後の品種交配に大きな影響を与えています。

日本での栽培は、江戸時代以前は、ごくわずかの日本および中国原産のバラなどが栽培されていたにすぎませんが、江戸末期から明治以後は欧米からいわゆる「西洋バラ」が輸入され、今日のように多彩なバラの品種が観賞、栽培されるようになりました。

さらに、かねて湿度の高い日本に適したバラが期待されており、1950年(昭和25年)ころから毎年日本で作出した品種も発表されています。



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