9月入学への移行を知事らが要望したが、今年は時期尚早

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9月入学制

新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)の世界的感染拡大(パンデミック)の影響で、「学校休校」が長期化している状況から、吉村大阪府知事が、「グローバルスタンダードに合わせて、9月入学にチェンジを」と提案し、小池東京都知事も「9月入学・新学期制へ移行するというパラダイムシフトを」と述べました。宮城県の村井知事ら17人の知事も同様の考えを示しています。高校生がネット上で署名を集める動きもあるようです。

これに対して萩生田文部科学大臣も、「地方自治体の皆さんも一緒になってやるから、この際、オールジャパンで子供たちの学びを確保するためには、もうこれしかないんだということを本当に一緒に考えていただけるんだとすれば、一つの大きな選択肢になると思う」と応じました。

安倍首相は4月29日の衆院予算委員会で、「社会全体に大きな影響を及ぼすので慎重に、という意見もあることは十分承知しているが、これくらい大きな変化がある中においては、前広に様々な選択肢を検討していきたい」と述べました。

今回はこれについて考えてみたいと思います。

1.「9月入学・新学期制への移行」という「パラダイムシフト」

小池東京都知事は英語がお得意なようで、「ロックダウン(lockdown)」(都市封鎖)、「オーバーシュート(overshoot)」(爆発的な感染拡大)、「ステイホーム(stay home)」(うちで過ごそう)などの言葉を一般に定着させて来ました。

そして今回、「パラダイムシフト(paradigm shift)」という言葉が飛び出しました。これは「価値観の劇的転換」のことで、「ある時代・集団を支配してきた考え方が非連続的・劇的に変化すること」です。

9月入学は欧米のスタンダード(約8割)で、現在、世界の54%の国が9月入学だそうです。

ちなみに、東京大学では2011年7月に「9月入学」(いわゆる「秋入学」)を検討すると発表し、「グローバルな人材を育成するためにも、『秋入学』への全面移行をすべきである」という最終報告書をまとめました。しかし、結局「秋入学制度」は見送られ、2015年からは「4学期制」を導入しています。

東大が「秋入学」を断念したのは次のような理由からでした。

①医師国家試験や司法試験などの国家試験が、春に卒業することを前提にして日程が組まれており、この時期が変わらないこと

②就職活動時期は春の入学を前提に組まれていて、秋入学の学生には不利になること

③学内の教員の反発があることや、追随大学があまり見込めないこと

2.「9月入学・新学期制への移行」のメリット・デメリット

私は、基本的には「9月入学・新学期制への移行」に反対ではありませんが、実施時期については、現在のような先の見通せない不安定な時期は避け、各方面との綿密なすり合わせを実施し、事前準備に必要な日数を十分に確保するなど、教育現場や企業・役所などの現場が混乱しないように配慮する必要があると思います。

そうでないと、萩生田文部科学大臣にとっては、昨年すったもんだの末に先送りとなった「英語共通テスト」の二の舞になりかねません。

また、安倍首相にも、軽々に知事らの意見に前のめりにならないようくれぐれもお願いしたいと思います。そうしないと、「アベノマスク」のように、「首相秘書官の官僚の思いつきによる発案に飛びついた結果、大量の不良品マスク発生と再検品による発送遅延という失態と混乱を招いて信用を落とし、政権運営にもマイナスになる」事態を招きかねません。

むしろ今は、「今年は夏休みや冬休み、土曜の休みをやめて学習の遅れを取り戻す」などの当面の現実的な対応を最優先させるべきだと思います。また「一斉休校」が解除され次第、学習の遅れを取り戻すためのいろいろな工夫を学校現場でして頂きたいものです。

そして、そもそもの話が、前に「スパルタ教育」の記事で詳しく書きましたが、「学習」というものは、教科書さえあれば自習でそこそこの勉強はできるはずです。「先生が教える」ことをあてにせず、児童・生徒が自発的・主体的に勉強する(アクティブラーニング)ように持って行く工夫・努力が今こそ求められていると思います。

(1)メリット

一般的なメリットとしては次の二つです。

①世界の多数の国が採用しているグローバル基準に合わせられ、留学生にも好都合である

②入試がインフルエンザ流行の多い冬を避けられるため受験生の負担軽減になる

今年特有のメリットとしては次のようなことが挙げられています。

③自粛期間中の学習の学校間格差を埋められる可能性がある

④休校期間に失われた学習時間が確保でき、学習の遅れを取り戻せる

⑤失われた学生生活、修学旅行などの学校行事を取り戻せる可能性がある

⑥現在のスケジュールでの大学入試は実施不可能である

⑦就職活動・各種試験・スポーツ競技大会が先延ばしできる

(2)デメリット

①生徒・学生・保護者・学校現場の全ての賛成が得られるか疑問がある

②学費・家賃・仕送りの負担増になる

③受験学年の児童・生徒の心のケアが必要になる

④2021年夏は大学入試と東京オリンピックの時期が重なることになる

⑤コロナの感染拡大が長引けば、一旦9月入学制にしても再延期になる可能性がある

9月入学制は周到な準備と経過措置が必要で、今の時期にすると学校現場が大混乱する

⑦国や自治体の会計年度や多くの企業決算年度と学校の年度がずれてしまう

⑧企業への社員の入社時期との調整など、関係各方面との交渉および理解が必要になる

⑨医師国家試験や司法試験などの国家試験や公務員試験などとの日程調整が必要になる

⑩移行のためにシステム変更など膨大な事務作業が発生し、各方面の負担が過重になる

⑪今まで慣れ親しんだ卒業ソングなどの季節感と合わなくなる

3.欧米が「9月入学・新学期制」とした理由

大きな理由は「農業の年間スケジュール」が関係していたようです。欧米では7月から8月に収穫期を迎える農作物が多く、農家ではこの時期、子供にも手伝ってもらわなければならないほど忙しかったのです。そこで子供たちが全員入学できるように、農繁期を過ぎた9月に入学するようにしたと言われています。

4.日本が「4月入学・新学期制」を導入した経緯

実は日本も、明治維新で欧米文化を急速に取り入れたことから、明治時代のころは西洋に倣って9月入学でした。

しかし、もともと日本は稲作主体の農業国だったので、「春に稲作(播種・育苗)が始まり、初夏に田植えをして秋に収穫し、収穫したコメを売って現金化して、稲作が始まる春の前に税金を納める」という「農業・納税の年間スケジュール」が適当なため、1886年(明治19年)に政府の「会計年度」など様々な新年度が4月から始まるようになりました。この会計年度に合わせて、小中学校、陸軍入隊、高等師範学校が順次4月入学となりました。

これに対して、帝国大学や旧制高校は9月入学を維持していましたが、1919年(大正8年)に旧制高校が4月入学に移行し、1921年(大正10年)には帝国大学も4月入学となりました。

そう言えば以前、川端康成の経歴を読んでいてこんな趣旨の記載を見つけました。

彼は1917年(大正6年)3月旧制茨木中学(現大阪府立茨木高校)を卒業するとすぐに上京し、親戚の家に居候して予備校に通い、旧制一高の受験勉強に励んだそうです。そして同年9月旧制一高文科第一部乙類(英文科)に入学しました。

その時は少し違和感があったのですが、上記の事情を知ると「移行の過渡期」だったということで納得できます。

<2020/5/20追記>

5.中曽根元首相の「秋季入学シミュレーション」

中曽根康弘元首相が主導して教育改革に取り組むために設置された諮問機関に「臨時教育審議会」があります。当時は受験戦争の過熱化が社会問題となり、校内暴力やいじめなどで学校が荒れていました。

臨時教育審議会」では教育改革に関する様々な議論が行われましたが、その中で取り上げられた課題の一つが「秋季入学」です。「秋季入学研究会」が1986年(昭和61年)に、約200ページに及ぶ冊子「秋季入学に関する研究調査をまとめています。ここには、9月入学が児童生徒や学校の教育計画へ与える影響が明記されているだけでなく、移行に伴う費用試算や移行方法のシミュレーションも行われています。

今後、9月入学を本格的に検討する場合は、ぜひ参考にすべき資料です。

なお、「明治時代の9月入学から4月入学への完全移行」も1886年から1921年まで実に35年もかかっています。また臨教審の「秋季入学に関する研究調査」というレポートが1986年に発表されてから34年経っても実現していないのは、それなりの理由があるはずなので、そのことも念頭に置く必要があると思います。

社会全体のコンセンサスが得られなければ実現は不可能であり、丁寧な説明と十分な準備期間が必要だと私は思います。