日本語の面白い語源・由来(その4)

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一か八か

前回に続きまして、日本語の面白い語源・由来をご紹介します。今回は博打(ギャンブル)に由来する日本語をいくつかご紹介します。

1.一か八か(いちかばちか)

この言葉で思い出すのは、上方漫才界で一世を風靡した「やすきよ漫才」の西川きよしさんの相方横山やすしさん(1944年~1996年)のことです。彼はギャンブル好きで、息子の木村一八の名前は「『人生一か八かや!』ということで名付けた」あるいは「1と8でカブ(おいちょかぶ)だから名付けた」という話を聞いたことがあります。

ただし、木村一八本人が語ったところによると、「『人生で、何か一つでも自慢できるものを持て』という父の願いから、歌舞伎の十八番(おはこ)に掛けて名づけられた」とのことです。

「一か八か」とは、「結果がどうなるか見当もつかないが、運を天に任せて思い切ってやってみること」です。

これはもともと博打用語で、「一」は「丁」(ちょう)、「八」は「半」(はん)の各漢字の上部分を取ったもので、丁半博打(丁半賭博)などの勝負を意味していました。「丁」は偶数、「半」は奇数のことですが、ここでの「丁」「半」は奇数・偶数ではなく、漢字のみを指しています。

ほかに「一か罰か」の意味で、サイコロの目の一が出て成功するか、外れて失敗するかといった「サイコロ博打説」や、「一か八か釈迦十か」といった「カルタ博打説」もあります。

2.伸るか反るか(のるかそるか)

「のるかそるか」(原題:Let It Ride)という1990年公開のアメリカのコメディー映画がありました。ギャンブル(競馬)好きのタクシー運転手とギャンブル嫌いの妻の物語でした。

「伸るか反るか」とは、「成功するか失敗するか、結果はわからないが、運を天に任せて思いっ切りやること」で、主に勝負に出る時に使われます。「一か八か」と同様の意味です。「るか反るか」と書くのは間違いです。

「伸る」は、「長く伸びる」や「真っ直ぐ伸びる」という意味で、「反る」は「後ろに曲がる」という意味です。

語源は「矢師の矢作り」に由来するものです。

矢師が矢柄(やがら)を作る時、竹の曲がりを直す「箆矯(のため)型」と呼ばれる物に入れ、竹を乾燥させます。矢柄は細い竹で作りますが、太さが均等で真っ直ぐでないと思う方向に飛びません。そこで伐り出した竹を「のため型」にはめて矯正し、乾燥させるのです。

「のため型」から取り出した竹が真っ直ぐに伸びていたら矢として使えますが、少しでも曲がっていたら使い物にならず、捨てなければなりません。

矢師が「のるかそるか(真っ直ぐ伸びるか曲がるか)」と成否を気にしながら竹を取り出したことから、「伸るか反るか」と言われるようになったものです。

また、物を賭けて勝負を決めることを「賭る(のる)」と言うことから、勝負的な意味合いが強まったとも言われています。

3.出たとこ勝負

私たち夫婦は「アメリカ同時多発テロ事件」のちょうどい1年後の2002年9月に、夫婦で初めての海外旅行となる「ヨーロッパ・ロマンチック街道の旅」に出発しました。急に思い立って旅行会社に行き、すぐに決めました。今振り返ると、再びテロ事件やハイジャック、墜落事故が起きる恐れも十分あったのによく決断したものだと思います。今なら怖くて行けません。

「今行かないといつまで経っても海外旅行に行けなくなる」という直感のようなものが夫婦ともにあって、ガイドブックを買ったり読んだりすることもない「出たとこ勝負」の海外旅行でした。案の定、それ以後一度も海外旅行をしていません。

「出たとこ勝負」とは、「計画や準備をせずに、その場の成り行きに任せて事を運ぶこと」です。

「サイコロ賭博」に由来する言葉です。サイコロ賭博では、出た賽の目で勝負が決まりますが、どの目が出るかは「いかさま」でもしない限り予測がつきません。

4.山勘(やまかん)

「霊感ヤマカン第六感」というテレビのクイズ番組がかつてありました。また「試験でヤマカンが当たった」という同級生の話を聞いたこともありますが、私は「くじ運」や「勝負運」がないのか当たったためしがありません。

「山勘」とは、「勘に頼って成功を狙うこと。当てずっぽう。相手を計略にかけてごまかすこと、またその人のこと」です。

「山勘」は、「山を張る(掛ける)」「山を当てる」などの言葉と同時期の近世以降に見られる言葉で、第六感を「勘」と言うようになったのも同時期です。

山勘の語源には二つの面白い説があります。武田信玄(1521年~1573年)の軍師で天才的な兵法家だった山本勘助(1493年~1561年)の略とする説と、山師の勘(算勘=計算)の略とする説です。

山本勘助の説は、彼が計略に長けていたことから、ごまかすことを山勘と言うようになったとする説で、山師の勘の説は、鉱山の採掘をする山師の仕事はギャンブル的で、当たり外れも多く、職人の勘が頼りだからというものです。

「山本勘助の説」は、彼の名前をあだ名のように略したとするものですが、使われ始めた時代と山本勘助の時代がずれ過ぎていること、山勘がごまかすという意味で用いられるのは、当てずっぽうの意味で用いられるよりも後であること、策略が優れていることと当てずっぽうとは隔たりがあることから、語源として不適当と思われます。

すると、「山師の勘の説」が有力に見えますが、そうでもないようです。「山を張る」や「山を当てる」と同じで山が投機対象であったことから、万一の成功・幸運を「山」と言い、それを狙った勘という意味で「山勘」となったと考えるのが妥当なようです。

なお、「山師」は「ペテン師」の代名詞にもなっている言葉ですので、他人を欺くという意味で「山勘」が用いられるようになったのは、「山師」に由来していると考えられます。



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