前にギリシャ神話の「オリュンポス12神」(オリンポス12神)をご紹介しましたが、他にもたくさんの男神・女神たちがいます。
そこで今回はギリシャ神話に登場する男神を50音順にご紹介する2回目です。
1.カ行の神々
①カイロス:「機会」「チャンス」の神格化
カイロスは、ギリシャ語で「機会(チャンス)」を意味する καιρός を神格化した男性神です。もとは「刻む」という意味の動詞に由来しているとのことです。
キオスの悲劇作家イオーンによれば、ゼウスの末子とされています。
カイロスの風貌の特徴として、頭髪があります。後代での彼の彫像は、前髪は長いが後頭部が禿げた美少年として表されています。
「チャンスの神は前髪しかない」とは、「好機はすぐに捉えなければ後から捉えることは出来ない」という意味ですが、このことわざはカイロスに由来するものです。
また、両足には翼が付いているとも言われています。オリュンピアにはカイロスの祭壇がありました。
ちなみに、ギリシャ語には「時」を表す言葉が「カイロス(καιρός )」と「クロノス(χρόνος )」の二つがあります。前者は「時刻」を、後者は「時間」を指しています。
②カオス:「空隙」「混沌」の意。原初の神
主神ゼウスをはじめとするギリシャ神話体系における原初の神であり、全ての神々や英雄たちの祖にあたります。
ギリシャ神話に登場する吟遊詩人オルフェウスによると、このカオスは有限なる存在全てを超越する無限を象徴しているということです。
カオスとは「大口を開けた」「空(から)の空間」を意味する言葉です。
配偶神はおらず、奈落のタルタロス、大地のガイア、愛と欲望のエロース、暗黒のエレボス、夜のニュクスを生み出しました。
③カベイロス(複数形はカベイロイ):鍛冶・豊穣の神々
ヘーパイストスとカベイローの息子たちで、その名はフェニキア語の「quabilim(カビリーム)」(強力なもの)を由来とします。
原始時代には地下の精霊であり、後に火山群島に至って火の守護神と考えられました。
対象となる神は、地域によって2人から7人とばらつきがあります。たとえば、サモトラキ島では大母神アクシエロス、カドミロス、アクシオケルソス、アクシオケルサといったカベイロスたちに、テーベの始祖カドモスとその妻ハルモニアーを加え、「偉大なる神々」と総称して信仰していました。
サモトラキのカベイロスは、豊穣の神、航海安全の神として信仰されており、入信の際に行われる密儀の存在は、「エレウシスの秘儀」と並んで有名でした。
④カローン(カロン):冥府の河の渡し守
カローンは、神に準ずる存在で、冥界の河ステュクス(憎悪)あるいはその支流アケローン川(悲嘆)の渡し守です。エレボス(闇)とニュクス(夜)の息子です。
櫂を持ち襤褸(ぼろ)を着た光る眼を持つ長い髭の無愛想な老人で、死者の霊を獣皮と縫い合わせた小舟で彼岸へと運んでいます。
渡し賃は1オボロスとされ、古代ギリシャでは死者の口の中に1オボロス貨を含ませて弔う習慣がありました。1オボロス貨を持っていない死者は後回しにされ、200年の間その周りをさまよってからようやく渡ることができたということです。
⑤キュクロープス(キュクロプス、サイクロプス):単眼の巨人。卓越した鍛冶の技術を持つ
キュクロープスは、ギリシャ語の「κύκλος」(円、丸)と「ωψ」(眼)から来ており、「丸い眼」という意味で、額の中央に丸い眼が一つだけ付いていることに由来します。
天空神ウーラノスと大地母神ガイアの息子たちで、アルゲース(落雷・稲妻)、ステロペース(電光・雷光)、ブロンテース(雷鳴)の3兄弟から構成されます。
彼らは父神に嫌われ、兄弟族のヘカトンケイル族とともに、奈落タルタロスへ落とされました。弟族のティーターン神の1人クロノスが政権を握った後も、久しく拘禁されたままでした。
しかし、全宇宙を揺るがす大戦争「ティーターノマキアー」の時、ゼウスらによって解放されました。キュクロープスたちはそのお礼として、ゼウスには雷霆を、ポセイドーンには三叉の槍を、ハーデースには隠れ兜を作りました。
以後はヘーパイストスのもとで鍛冶業を続けたと言われています。その一方で、息子アスクレーピオスをゼウスの稲妻で失ったアポローンの八つ当たりを食らい、虐殺されたという悲劇的な異伝もあります。
⑥グラウコス:もとは漁師であったが、予言をする海の神になった
グラウコスとは、「青緑色の男」「灰色の男」などの意です。
アンテドーニオスの子で、もとはボイオーティアのアンテドーンの漁師でしたが、薬草を食べて人々に予言をする海の神になったとされます。
その姿は、青緑色の髭と長い髪、水色の腕、魚の尾を持った姿をしていますが、波で体が損なわれ、その上、貝殻や海藻、岩などが付着して本来の姿が失われているとも言われます。
⑦クラトス:強さや力の神格化
クラトスは、ステュクスとティーターン神族のパラースの息子で、ニーケー(勝利)・ビアー(暴力)・ゼーロス(鼓舞)を兄弟に持っています。
ラテン語では「”Cratus」と表記され、英語読みにならって「クレイトス」と読むこともあります。
ゼウスの命令で、ビアーと協力してプロメーテウスを捕らえて山頂に磔(はりつけ)にしました。
⑧クレイオス(クリーオス):ティーターン神族の一柱。
クレイオスという名は、「天の雄羊」を意味します。ウーラノスとガイアの息子で、兄弟にはオーケアノス・コイオス・ヒュペリーオーン・イーアペトス・クロノス・テイアー・レアー・テミス・ムネーモシュネー・ポイベー・テーテュースがいます。
エウリュビアー(ポントスとガイアの娘)との間に、アストライオス・ペルセース・パラースをもうけました。
⑨クロノス(Kronos):ティーターンの王。大地と農耕の神
山よりも巨大な巨神族ティーターンの長であり、ウーラノスの次に全宇宙を統べた二番目の神々の王でもあります。万物を切り裂くアダマスの鎌を武器としています。
ゼウスの父親としてもよく知られており、ティーターン神族を率いてオリュンポスの神々と全宇宙を揺るがす大戦争「ティーターノマキアー」を行いました。
⑩クロノス(Chronos):時間の神
このクロノスは、シュロスのペレキューデースによって創作された神で、通常のギリシャ神話には見られません。カオスから生じた原初神であるという説もあります。
ティーターネース(巨神族)の農耕の神クロノス(Kronos)とは、カナ書きすると同じになり、英語の発音も同じで、ギリシャ語での発音もほぼ同じであるため、しばしば混同されますが、両者は本来、全く別の神です。
なお、ギリシャ語には「時」を表す言葉が「カイロス(καιρός )」と「クロノス(χρόνος )」の二つがあります。前者は「時刻」を、後者は「時間」を指しています。
カイロスは「機会(チャンス)」「時刻」の神で、クロノスは「時間」の神です。
「chronometer(クロノメーター)」「chronology(年代学)」「chronicle(年代記)」「synchronize(同調させる)」「anachronism(時代錯誤)」「chronic disease(持病)」などは、このクロノスに由来しています。
「クロノメーター」(下の画像)とは、天文観測・経緯度観測・航海などに用いる高精度の携帯用ぜんまい時計のことです。
⑪ゲーラス(ゲラス):「老年」の意。原初の神
ゲーラスはギリシャ語で「略奪」「戦いの褒章」という意味もあります。
ヘーシオドスの「神統記」によれば、夜の女神ニュクスが一人で産んだ息子で、モロス・ケール・タナトス・ヒュプノス・オネイロス・モーモス・オイジュス・ヘスペリデス・モイライ・ネメシス・アパテー・ピロテース・エリスと兄弟です。
ゲーラスは痩せた無力な老人として描かれ、青春の女神ヘーベーと正反対の神です。
⑫コイオス(ポーロス):ティーターン神族の一柱。
コイオスという名は、「天球」を意味し、そのためポーロス(天の極の神)という別名もあります。
ウーラノスとガイアの息子で、オーケアノス・クレイオス・ヒュペリーオーン・イーアペトス・クロノス・テイアー・レアー・テミス・ムネーモシュネー・ポイベー・テーテュースと兄弟です。
また、ポイベーを妻敏、レートー・アステリアー姉妹をもうけました。
したがってコイオスは、アポローン・アルテミス・ヘカテーの祖父にあたります。
2.サ行の神々
①ザグレウス:オルペウス教の少年神
ザグレウスは密儀宗教のオルペウス教に登場する少年神です。ゼウスとペルセポネー(一説にはデーメーテール)の息子です。
オルペウス教徒によって主に信仰され、ディオニューソス神の一形態とも言われています。
神々の王ゼウスは蛇に化けてペルセポネーに近づき、交わってザグレウスをもうけました。ザグレウスは大蛇の姿でゼウスに従い、ゼウスは全宇宙を継ぐべき存在として彼を寵愛しました。
これに嫉妬したヘーラーは、ティーターン族(一説にはギガース)をザグレウスのもとに送り込み、惨殺するよう仕向けました。
ザグレウスは数々の動物に変身して闘いましたが、牛になった時に捕らえられ、縛り上げられて殺されました。
②ゼーロス(ゼロス):熱意・競争心等の神格化
熱意や激情・競争心・対抗意識が神格化されたもので、「熱意」を表す英語「zeal」やフランス語「zèle 」などの語源となっています。
ステュクスとパラースの息子で、兄弟にはニーケー(勝利)・クラトス(強さ)・ビアー(力)がいます。ゼウスの側近の一人でもあります。
3.タ行の神々
①タウマース(タウマス):ガイアとポントスの息子
タウマースは、ガイアとポントスの子で、ネーレウス・ポルキュース・ケートー・エウリュビアーと兄弟です。
エーレクトラー(オーケアノスとテーテュースの娘)との間に、イーリス(虹の女神)と2人の女面鳥身のハルピュイア(アロエーとオーキュペテー)をもうけました。
②タナトス:死神。「死」の神格化
夜の女神ニュクスが一柱で産んだ息子(または幽冥の神エレボスと夜の女神ニュクスの息子)です。眠りの神ヒュプノスと双子の兄弟です。
ローマ神話の死神モルスやレトゥムと同一視されます。タナトスを「亡者の王」や「ハーデース(同一視として)」と呼ぶこともあります。
③タルタロス:原初の神。「奈落」の神格化
原初の神カオスから生まれた原初の神々の一柱です。
兄弟姉妹関係にある大地の女神ガイアを配偶神として、彼女との間に怪物テューポーン・エキドナをもうけました。
④デイモス(ダイモス):「恐怖」の神格化
軍神アレースと美の女神アプロディーテーの息子であり、兄弟にポボス(敗走)、ハルモニアー(調和)がいます。またエロースとも兄弟ということになります。
ポボス・エニューオー(戦いの女神)・エリス(争い・不和の女神)とともに、常にアレースに従属して戦場を跋扈したということです。
⑤テューポーン(テュポン、テュポーン、テュポエウス、テュフォン、テイフォン):巨人。怪物ともされる。エキドナとの間に多くの怪物をもうける
テューポーンは、神とも怪物とも言われる巨人です。ギリシャ神話における最大最強の怪物で、神々の王ゼウスに比肩するほどの実力を持ち、そのゼウスを破った唯一の存在でもあります。
⑥トリートーン(トリトン):海の神
トリートーンは、海神ポセイドーンとアムピトリーテーの息子です。深淵よりの使者とされ、人間の上半身と魚の尾を持つ人魚のような姿で描かれるのが典型です。
古代ギリシャでは、のち複数いる種族として描かれるようになりました。さらには馬の前足のついたいわゆる「ケンタウロ・トリートーン」の図像が彫刻などで一般化し、ローマ時代に至るまでモザイク画やフレスコ画に用いられました。