前に「季語の歴史と進化」の記事をかきましたが、季語の中には現代では人々の口の端(は)にも上らない現象や行事、あるいはほとんど見かけなくなった動植物などがあります。
大人気の若手講談師・神田伯山は、講談師のことを「絶滅危惧職」と喝破しましたが、社会生活の様式変化や風習・年中行事の衰微、自然環境の変化などによって、自然淘汰されていくものも数多くあります。
古典落語を聞いていると、現代の我々にはなじみの薄い「鋳掛屋(いかけや)」などの職業が出て来ますが、そんな噺の時は落語家が本編に入る前の「枕(まくら)」でわかりやすく解説することがあります。
季語にも、時代の流れとともに、忘れ去られ朽ち果てる化石のような「古季語」があります。
そこで今回は、「古季語」とまでは行きませんが、現代の我々にはなじみの薄い珍しい季語をいくつかご紹介したいと思います。
1.鎌鼬(かまいたち)
「鎌鼬」は「冬」の季語です。「子季語」には「鎌風」があります。
「鎌鼬」とは「突然冷たい旋風が吹くと、空気中に真空が生じ、人がこれに触れると体内の空気が急に平均を保とうとするため、皮膚が鋭い刃物で切ったように裂けて出血する現象のこと」です。
あたかも鋭利な鎌で切られたようで、昔の人はイタチに似た妖獣(ようじゅう)の仕業(しわざ)と信じたので、このような言葉が生まれました。冬の東北・北陸地方に多い現象です。
私は温暖な大阪府に住んでいますので、「鎌鼬」に遭った経験はありませんが、新しい紙で指を切った時のような感じなのかと想像します。
「キングオブコント2017」に優勝した「かまいたち」というお笑いコンビがいます。結成当初は「鎌鼬」と表記していました。「あえて初見では読めない漢字にすることで、皆が読めるようになるぐらいまで売れてやろう」という気持ちでしたが、さすがに読みにくくて覚えてもらえず、「ひらがな」のコンビ名に変更したようです。
例句としては、次のようなものがあります。
・鎌鼬萱(かや)負ふ人の倒れけり 水原秋櫻子
・擔(かつ)ぐ鍬(くわ)投げて當(あた)らず鎌鼬 土山山不鳴
・死神に尻餅つかせ鎌鼬 林翔
・本を売り心の隅に鎌鼬 赤尾兜子
2.薬狩(くすりがり)
「薬狩」は「夏」の季語です。「子季語」には「薬の日」「薬草摘」「百草摘」「薬猟」「薬草刈る」などがあります。
「薬狩」とは「五月五日の端午の節句に、山野に出て、薬用とする草根木皮を採取すること」です。端午の節句に摘む薬は特別の効能があるとされました。中国の風習が伝わったものです。この風習は今では全く見られなくなったようです。
女は野に出て薬草を摘み、男は鹿を捕らえてその袋角を薬としました。
例句としては、次のようなものがあります。
・薬狩人には秘めしいかり草 藤田子角
・蓬(よもぎ)干す莚(むしろ)ものべぬ薬の日 河東碧梧桐
3.穀象(こくぞう)
「穀象」は「夏」の季語です。「子季語」には「穀象虫」「象鼻虫」「米の虫」「米虫」「よなむし」があります。
「穀象」とは「オサゾウムシ科の体長2~3mmの黒褐色の甲虫。米の胚に穴を開けて産卵し、幼虫は米を食べて成長する米の害虫」です。頭部の先が象の鼻のように突き出しているのでこの名が付きました。
私が子供の頃は、米櫃(こめびつ)の中でたまに見つけましたが、最近のスーパーなどで売られている5kg袋入りのお米は、農薬を使用していますから、穀象虫も全く見なくなりました。
例句としては、次のようなものがあります。
・穀象の遅き逃足憎まれず 林直入
・首振って穀象泳ぐ合(ごう)の米 小林康治
・穀象に砂漠の如く米を干す 松原恭子
・穀象が老婆のごとく急ぐなり 藤岡筑邨
4.紙魚(しみ)
「紙魚」は「夏」の季語です。「子季語」には「衣魚(しみ)」「雲母虫(きららむし)」があります。
「紙魚」とは「シミ目シミ科の原始的な昆虫の総称。銀色の鱗に覆われてよく走り、衣類・紙など澱粉のついたものは何でも食害する害虫」です。今ではあまり見かけません。
私は子供の頃、明治20年代に建てられた古い京町家のような家に住んでいました。その2階に薄暗い「落ち間」と呼ばれる物置部屋がありました。夜に懐中電灯を照らして一人で入るのは、勇気がいりました。
そこには、昔の人が使っていた古い着物を入れた「長持」や「屏風」、使い方もわからない古い道具類、古い書籍などが置いてありました。
夏休みのある昼のこと、その落ち間で古い本を開くと、銀白色の「深海魚」のような小さな虫が出てきて驚いたことがあります。それが、「紙魚」だったのです。少し気味の悪い不思議な虫でした。
例句としては、次のようなものがあります。
・逃るなり紙魚の中にも親よ子よ 小林一茶
・死顔の写真出でて紙魚かくれけり 渡辺水巴
・紙魚のあとひさしのひの字しの字かな 高浜虚子
・紙魚の子の子として親と銀同じ 山口波津女