今年(2021年)4月頃には、世界中で「木材不足」が発生し、「日本の新築業界で納期遅れや建築コストの値上げなど、深刻な影響が出始めている」という衝撃のニュースがテレビなどでも取り上げられていました。「そろそろ家を購入しよう」と考えていた方にとっては、この「ウッドショック」はかなり痛手になると言われています。
ところが、最近はしきりに「半導体ショック」が叫ばれるようになってきました。
1.「半導体ショック」とは
(1)半導体とは
電気をよく通す金属などの物体は「導体」と呼ばれ、反対に電気をほとんど通さないゴムなどは「絶縁体」と呼ばれています。
「半導体」は導体と絶縁体の中間の性質を持つ物質や材料のことです。シリコンなどがこれにあたります。また半導体を材料として作られるトランジスタや集積回路を指して「半導体」と呼ぶこともあります。
半導体には情報の記憶や数値計算の機能があり、今や自動車をはじめテレビなどの家電やパソコン、スマホ、デジタルカメラなど、ありとあらゆる電化製品・機器になくてはならない部品となっています。
洗濯機や炊飯器、エアコンの中にもセンサーや制御装置として半導体が使われています。そのほか社会を支えるインフラにおいても重要な役割を果たしています。銀行のATMや電車の運行なども、半導体が必要です。そのため、「半導体」は「産業のコメ」とも呼ばれています。
(2)半導体ショック
「半導体ショック」とは、2021年に問題として注目され始めた半導体の世界的な不足のことです。
2.「半導体ショック」が起きた原因
新型コロナウイルスが全世界に蔓延する中、世界各地でロックダウンが起き、生産工場がストップし、在宅で仕事をするなど家で過ごす機会が多くなりました。またリモートの拡大による巣ごもり需要で、仕事用のPCや屋内で遊ぶためのゲーム機などの需要が増えています。どちらも半導体が多く使われる製品です。
このように半導体への需要が増える一方、その供給を増やすには困難が伴います。半導体に必要なシリコンウエハーの工場を増やすには、多額の投資と時間がかかるためです。
それに、ルネサス、旭化成の半導体生産の主力工場で火災が起きてしまったこと(現在は約90%まで回復)や、アメリカテキサス州の寒波による半導体工場の操業一時停止が追い打ちをかけて、世界的な不足が起きたのです。
3.「半導体ショック」の影響
世界の産業界を直撃している半導体不足の影響はエレクトロニクスだけでなく、日本の基幹産業である自動車にも爪痕を残しています。
国内の自動車大手の中でも大きな影響を受けているのがホンダです。SUBARU(スバル)や日産も21年3月期の業績を下方修正しました。
一方トヨタは、震災時に部品の供給が滞り減産を余儀なくされたことから、2013年にサプライチェーンの情報システム「レスキュー」を立ち上げました。部材ごとに2次、3次調達先を含めて、複雑に絡み合うサプライチェーンのどこに供給リスクがあるのかを可視化できるようにし、半導体についても「1~4カ月の在庫を保有するようにしていた」そうで、「半導体不足による減産はない」としています。
この「半導体ショック」は、家づくりの意外な部分にも影響を与えています。それは「太陽光発電システム」です。
近年、個人住宅への太陽光発電システム搭載は、脱炭素&エコ志向の高まりや、災害時の電力補給としての期待、また光熱費削減などを理由に伸びています。
一般的に「太陽光発電」と聞いてイメージされるのは屋根の上に載っている黒いパネル部分かもしれませんが、半導体ショックの影響を受けるのは、このパネルで作られた電力を変換する「パワーコンディショナー(電力変換装置)」です。
実際に、国内製造大手のパナソニックからは2021年夏のパワーコンディショナーの生産停止と供給遅延が発表されており、家づくりにおいても太陽光発電システムの受注抑制や工期の遅れが予想されています。
4.日本の半導体はかつて世界一だったがアメリカに叩き潰された
1980年代にアメリカを追い抜き世界一だった日本の半導体はアメリカによって叩き潰され、その間、韓国が追い上げて来ました。
1980年代半ば、日本の半導体は世界を席巻し全盛期にあった。技術力だけでなく、売上高においてもアメリカを抜いてトップに躍り出、世界シェアの50%を超えたこともあります。特にDRAM(Dynamic Random Access Memory)(ディーラム)は日本の得意分野で、廉価でもありました。
それに対してアメリカは通商法301条に基づく提訴や反ダンピング訴訟などを起こして、70年代末から日本の半導体産業政策を批判し続けてきました。
「日本半導体のアメリカ進出は、アメリカのハイテク産業あるいは防衛産業の基礎を脅かすという安全保障上の問題がある」というのが、アメリカの対日批判の論拠の一つでした。日米安保条約が結ばれた「同盟国」であるはずの日本に対してさえ、「アメリカにとっての防衛産業の基礎を脅かすという安全保障上の問題がある」として、激しい批判を繰り広げたのです。
トランプ大統領以前から。アメリカはずっと「America First」だったのです。
こうして1986年7月に結ばれたのが「日米半導体協定」(第一次協定)です。
「日本政府は日本国内のユーザーに対して外国製(実際上は米国製)半導体の活用を奨励すること」など、アメリカに有利になる内容が盛り込まれ、日本を徹底して監視しました。
1987年4月になると、当時のレーガン大統領は「日本の第三国向け輸出のダンピング」および「日本市場でのアメリカ製半導体のシェアが拡大していない」ことを理由として、日本のパソコンやカラーテレビなどのハイテク製品に高関税(100%)をかけて圧力を強めました。
1991年7月に第一次協定が満期になると、アメリカは同年8月に第二次「日米半導体協定」を強要して、日本国内で生産する半導体規格をアメリカの規格に合わせることや日本市場でのアメリカ半導体のシェアを20%まで引き上げることを要求しました。
1997年7月に第二次協定が満期になる頃には、日本の半導体の勢いが完全に失われたのを確認すると、ようやく日米半導体協定の失効を認めたのです。
5.現在の日本の主要な半導体メーカーとシェア
市場調査会社OMDIAによると、2020年第1四半期の売上高ランキングは上の表の通りです。
また世界の国別シェアについては、米調査会社ICインサイツが、2020年の国・地域別売上高シェアを公表しています。シェアがもっとも高かったのは米国企業で55%。以下、韓国が21%、台湾が7%、欧州が6%、日本が6%、中国が5%などと続きます。
ただ日本は半導体自体のシェアは低いのですが、関連する素材や装置のシェアが高いのが特徴です。シリコンウエハーやフォトレジスト、洗浄装置などがこれにあたります。
6.「半導体ショック」の今後の見通し
MONOist・EE Times Japan・EDN Japanのアイティメディア製造業向け3媒体は、2021年2月~3月と7~8月の2回にわたって、半導体と電子部品の供給不足に関するアンケート調査を実施しました。この2回の調査結果を比べただけでも、状況の変化や長期戦の気配が感じられます。
1回目の調査では、供給不足が解消する時期について「めどは立っていない」という回答者が33.3%で最多に。この他の回答としては「2021年10〜12月」(25.2%)、「2021年7〜9月」(17.1%)、「2022年以降」(13.0%)と続きました。
2回目の調査では、「めどは立っていない」(42.6%)という回答者が最多なのは変わりませんでしたが、「2021年内」(3.6%)という回答は大きく減少しました。時系列順に、「2021年度内=2022年3月」(12.9%)、「2022年4~6月」(20.9%)、「2022年7月以降」(19.7%)となり、来年の夏まで不足が続くと覚悟する回答者も見られました。
納期について尋ねた2回目の調査では、以前と比べて「数カ月遅れ」(36.9%)、「半年~1年遅れ」(36.9%)という回答が最多でした。EE Times Japanの村尾記者は、こうした半導体不足の影響として、代替品の品質トラブル、偽造品や粗悪品の流通、一部の企業や業者による買い占めや過剰発注などを指摘しています。
はっきりしたことはわかりませんが、半導体不足の解消にはかなり時間がかかるかもしれません。
7.台湾のTSMCが日本に半導体工場を建設する方針
半導体の受託生産で世界最大手の台湾のTSMC(1987年設立の半導体メーカー)は10月14日、日本に半導体の新しい工場を建設する方針を明らかにしました。
関係者によると、ソニーグループと共同で熊本県内に工場を設ける方向で協議しており、日本政府も一定規模の資金を補助することで調整を進めているそうです。来年着工し、2024年の稼働を予定しているとしています。
また、国内で安定して生産できる拠点をもつことは産業競争力の観点から重要だとして、日本政府も一定規模の資金を補助することで調整を進めています。
生産するのは産業用の機器や自動車向けなどに使われる汎用性(はんようせい)の高い製品を検討しているということです。
半導体は電気自動車やロボットなど、さまざまな分野で需要が伸びると見込まれる一方、現在は世界的に不足していて、アメリカやヨーロッパなどもみずからの国や地域内での生産強化を図っています。
こうした中で、世界トップクラスの技術を持つ半導体大手が工場建設に乗り出すことで、日本国内での製造能力の向上につながりそうです。
TSMCは、アメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国などに拠点を置いていて、去年にはアメリカに最新の工場を建設すると発表しました。去年12月末時点での従業員数は約5万6000人です。
8.日本の半導体戦略
経済産業省はことし6月、官民が一体となって取り組む今後の半導体戦略についてまとめています。
この中で日本の半導体産業について、かつて世界を席けんしたものの、1990年代後半以降、自社ですべてを賄う垂直統合型から水平分業型へと潮流が変わる中、新たな産業構造に移行することに失敗したと分析。
諸外国は大規模な補助金や減税などで長期にわたって自国企業を支援したことで、日本の半導体産業を超える競争力をもつことになったとしています。
そのうえで、対策として国内の半導体の開発や生産体制の強化に向けて、国家事業として主体的に進めていくことが必要だとしています。
現在、日本には半導体メーカーが工場を建設する際に直接、補助金を出す制度はありません。
このため政府は、1社当たり数千億円規模の支援を行う海外並みの取り組みが必要だとして検討を進めています。
自民党でも半導体産業の強化を重視する観点から戦略を議論する議員連盟がことし5月に設立されました。この中で会長を務める甘利幹事長は5月の会合で「半導体を制する者が世界を制すると言っても過言ではない。40年後の『ジャパン・アズ・ナンバーワン・アゲイン』を目指したい」と述べました。
また、岸田総理大臣は13日、参議院で行われた代表質問で「半導体はあらゆる分野に使われる、いわば『産業の脳』であり、安定供給体制の構築は非常に重要だ。生産拠点の日本への立地を推進することで、サプライチェーンの強じん化に取り組んでいく」と述べています。