1.習近平を毛沢東・鄧小平を継ぐ新時代の指導者と位置付ける「歴史決議」採択
2021年11月11日、中国共産党の重要会議「中央委員会第6回全体会議(6中全会)」で40年ぶりとなる新たな「歴史決議」が採択されたと国営新華社通信が伝えました。
習近平(シーチンピン)総書記(国家主席)を毛沢東、鄧小平の各時代を継ぐ「新時代」の指導者と位置づけており、習氏の長期政権実現に向けたプロセスは最終段階に入りました。
新華社によると、採択されたのは「党の100年奮闘の重大な成果と歴史的経験に関する決議」で、6中全会が開幕した8日、習氏自らが草案を説明していました。全文は公表されていませんが、中国共産党のこれまでの実績や習指導部の成果を高く評価するものです。
2.エドワード・ルトワック著『ラストエンペラー習近平』
習近平は来年に控える5年に一度の党大会で、過去の不文律を破って3期目に挑むことが有力視されており、「歴史決議」の採択は、党大会に向け自らの権威を盤石にする狙いがあります。す。
このように着々と「終身独裁体制」を固めつつある習近平ですが、このような中国の現状とこれに対峙する諸外国の交渉術について鋭い分析をした本が、エドワード・ルトワックの『ラストエンペラー習近平』という本です。
(1)エドワード・ルトワックとは
エドワード・ルトワック(1942年~ )は、アメリカの国際政治学者で、専門は、大戦略・軍事史・国際関係論です。
彼はルーマニアのユダヤ人の家庭に生まれ、イタリア、イギリスで育ちました。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで学び、英国軍・フランス軍・イスラエル軍に所属した後、1975年にジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論の博士号を取得しています。現在、戦略国際問題研究所シニアアドバイザーです。
(2)『ラストエンペラー習近平』の論旨
①「全方位強硬外交」を続ける習近平体制に対して、世界各国が中国と渡り合うために真似すべき戦術は「日本流の交渉術」が最適。
②「日本流の交渉術」を使うと、「小国(*)が中国のメンツを潰すサプライズ」を起こすことができ、「習近平に恥をかかせ、つまずかせ、転ばせること」ことが可能。
(*)ここで言う「小国」とは、習近平ら中国共産党指導部が「格下に見ている国々」「中国の言い分を受け入れるのが当然だと(勝手に)考えている国々」のこと。具体的には、「EU・日本・インド・オーストラリア・ベトナム・インドネシア」など。
③中国がオーストラリアに突き付けた「14項目の不満」は、中国自身が作成した「中国の戦略的弱点」のリストで、中国から威圧されている周辺国が、中国に対して取るべき「つまずき戦術」の絶好の見本。
3.『ラストエンペラー習近平』の内容
(1)過酷な文革体験
独裁体制の傾向を強め、他国に対する強硬な外交体制「チャイナ4.0」(中国の他国に対する政治姿勢を表すエドワード・ルトワック氏の造語。さまざまな国に対する強硬な外交体制を表す)を推し進める“皇帝”習近平。同氏は中国建国に貢献し、国務院副総理(副首相)習中勲を父に持っていたため、毛沢東による文化大革命の際には、“党の子ども”として苛烈な経験をしました。それにもかかわらず、現在の習近平は毛沢東を尊敬するよう中国国民に求めています。
(2)習近平は「毛沢東チルドレン」
習近平は、これまで江沢民(こうたくみん)や胡錦濤(こきんとう)の行ってきた少数のトップ幹部による集団指導体制を脱し、自分一人に権力を集中させ、死ぬまでその椅子に座り続ける「皇帝」になろうとしています。そのモデルが毛沢東なのです。習近平が目指しているのは毛沢東との一体化であり、ある意味では実際の毛沢東以上に、より完璧な毛沢東になろうとしているのです。
(3)「漢民族への同化」を強いる民族政策は毛沢東以上に極端な政策
習近平は、チベット人、モンゴル人、ウイグル人というアイデンティティを完全に剥奪し、漢民族に同化させようとしています。
習近平は、ウイグル、モンゴルなどに大量の漢民族を送り込み、漢民族の土地にしてしまおうとしています。さらには遊牧民的な生活を完全につくりかえ、中国の産業に貢献するような人間に仕立て上げるのです。ウイグル語やモンゴル語の教育を禁止することは、民族の根を断つことです。そして、それに従わないと北京が判断したウイグルの人々は、片っ端から収容所に送り込んでいるのです。
これは毛沢東さえやらなかったことです。
(4)独裁者は不安で危うい存在
習近平の破壊的な行動は、独裁体制を強化するにつれて、より極端になっています。それは二つの次元で進行しています。
一つはシンプルに、誰も習近平のやることに反対できない、ということです。習近平に異を唱える人物はいなくなるか、いつ排除されるかわからないという恐怖で沈黙させられているのです。
もう一つは、独裁体制というものは実はきわめて不安定なシステムであり、独裁者とは不安で危うい存在だということです。
(5)独裁という弱い権力システム
中国は共産党による一見、盤石な権力体制を築いてきました。しかし、その最大の脆弱性が、習近平による独裁であり、特に死ぬまで権力の座に居続けられるとした憲法改正なのです。つまり、習近平に不測の事態があったとき、いまの中国はそれに対応できないということです。
(6)恥をかかせ、つまずかせ、転ばせる
自らの後継者候補を明らかにせず、極端な独裁制を強める習近平。対外政策でも強硬姿勢をエスカレートさせる中国はアジアの国際政治を破壊し続けています。
習近平が破壊的な人格であり、世界にとって(そして中国にとっても)非常に有害であることです。彼が中国で政権に居座り続けるかぎり、彼はアジアの国際政治を破壊し続けるからです。そのため、彼を政権から引きずり下ろすことが必要になってきます。
そこで重要なのは、習近平に「恥をかかせる」ことです。彼をつまずかせ、転ばせて、彼が主張した政策を実現できなくさせること。そして、彼の実行力、判断力に疑念を生じさせ、その権威や政権担当能力を否定するのです。アメリカをはじめ、日本やヨーロッパの政策担当者は、これを狙った行動をしなければならなりません。
(7)誰が習近平を「つまずかせる」のか
現在アメリカが行っているのは、中国に「対抗する」政策です。つまり、中国に対する「戦線を維持」しているのです。アメリカがいくら経済で締め付けても、人権問題で批判しても、習近平体制を揺さぶることにはなりません。なぜなら、それは習近平が備えることのできる攻撃だからです。戦略において、相手がすでに備えを終えているところを攻めても、ただちに勝利にはつながらないのです。またアメリカは中国にとって「まだかなわないが、いつかは打ち勝つ強敵」であり、いまアメリカとの戦いで劣勢でも、習近平の名誉を損ねることにはならないのです。
では「習近平をつまずかせる」という作業は誰が行うのか? それは中国が格下に見ている国々、EU、日本、インド、オーストラリアなどです。あるいはベトナムやインドネシアを加えてもいいでしょう。このように習近平たちが「小国」とみなし、中国の言い分を受け入れるのが当然だと考えている国々からの反撃こそ、「習近平は失敗している」ことを可視化させ、世界および中国国内に広げる役割を果たすからです。
(8)「つまずき戦術」のマニュアル
実は日本がうまくやっていることを他の国々も真似すればいいのです。それは、習近平からの要請に対して、「ノー」と答えるというものです。
たとえば尖閣問題です。北京は「尖閣諸島は係争地域だ」と日本に認めさせようとしています。それによって、交渉に持ち込もうというのです。ところが日本政府は一貫して「交渉することは何もない」という立場を崩していません。
習近平は自国の国民たちに向かって「中国はいまや偉大な大国であり、尖閣諸島は中国のものだ」というメッセージを発信し続けています。ところが問題は、これが一向に実現していない、という点にあります。
いくら習近平が「西洋諸国は没落して、中国は台頭している」と主張したところで、国民側から「国家主席、それはその通りでしょうが、私たちの尖閣諸島はどうなっているのでしょうか?」と尋ねられたら、答えようがないでしょう。さらには「なぜ日本に尖閣の不当な占拠を許しているのでしょうか? なぜ国家主席はそんなに臆病者なのですか?」となるのです。
これは台湾問題にも通じることです。「ところでいつになったら、当然、中国の一部であるはずの台湾に真実を思い知らせてやるのですか?」という疑問を生じさせるためにも、台湾問題をクローズアップするのは有効な戦略だといえます。
また、インドが国境紛争に際して行った経済制裁も有効です。これも中国企業にとっては、「なぜあんな山の奥のちっぽけな領土のために、何億ドルも損しなくてはならないのか」ということになります。
(9)14項目の不満に見る「中国の弱点」
オーストラリアのケースも興味深いです。2020年11月、中国政府は、オーストラリアの大手メディアに対して、14項目の「不満」を突きつけたのです。これを見ると、中国が何に苛立ち、何を嫌がっているかがよく分かります。それは、この文書を手渡す際に、「中国は怒っている。中国を敵として扱うならば、中国は敵になるだろう」と恫喝したことが、かえって雄弁に物語っています。
その14項目の要旨は次の通りです。
●「国家安全保障上」という理由で、インフラ、農業、畜産などの分野での中国の投資が制限されている。
●同様の理由で、華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)の2社を次世代通信規格「5G」ネットワークから排除した。
●「オーストラリアの民主的プロセスに干渉しようとする外国人の有害・秘密行動」を違法とした外国干渉法は、根拠なく中国を標的とみなしている。
●中豪間の交流と協力を政治的に扱い、中国人学者のビザ取り消しなどの制限を課している。
●新型コロナウイルスに関する国際的な独立調査の呼びかけは、中国に対する攻撃である。
●中国の新疆・香港・台湾問題に絶え間ない強引な干渉を行い、対中弾圧の先頭に立っている。
●非沿岸国なのに、南シナ海問題に関する国連提出用の声明を作成した。
●米国の反中キャンペーンに加担し、新型コロナを封じ込めようと努力する中国に対し、故意の誤報を広めている。
●中国を標的にした立法で、外国政府との合意を精査するようにした(ビクトリア州の「一帯一路」撤退を指している)。
●政府系シンクタンク「オーストラリア戦略政策研究所」(ウイグルでの強制労働を報告した)に資金を提供し、中国に対する世論操作を目的とした虚偽の報道を広めた。
●中国人ジャーナリストに対する家宅捜索や財産没収(スパイ容疑での捜査)。
●サイバー攻撃に関する中国への疑惑。
●国会議員による中国共産党への非難と、人種差別的な攻撃。
●2国間関係を害する、非友好的あるいは敵対的な中国報道。
つまり、これは中国政府自ら作成した、ここは攻められたくないという「中国の戦略的弱点」のリストだといえます。さらにいえば、この14項目こそ、中国から威圧されている周辺国が、中国に対して取るべき「つまずき戦術」の絶好の見本であり、マニュアルでもあるのです。
(10)EUとの投資協定をめぐるつまずき
また最近の例として、EUの投資協定をめぐる動きがあります。2020年12月、EUの欧州委員会は中国と市場開放や公正な競争環境の確保など、投資環境の整備を目的とする包括的投資協定(CAI)に原則合意したと発表しました。これは中国にもっと投資したいとするドイツの産業界などが強く求めたものですが、実際に協定の内容が明らかになってみると、中国は大して規制を緩めていないことが判明しました。つまり期待したほどのメリットのないものだったのです。それでも、署名延期を求めるアメリカを無視して、協定の批准を進めようとしていたのです。
ところが欧州議会は2021年1月、ウイグルでの強制労働や香港国家安全維持法など中国における深刻な人権侵害に具体的な行動をとらなかったことは「人権を重視するEUの信頼性をおとしめかねない」と非難して、協定を問題視する決議を採択しました。また3月にはEU、アメリカ、イギリス、カナダがウイグル族への人権侵害、強制労働などに対して、ウイグル自治区の統治責任者である中国高官や、ウイグルに駐屯する準軍事組織、生産建設兵団の公安局などに制裁を科しました。こうしたEUの動きは天安門事件以来のことです。
それに対し中国が、欧州議会の議員などに中国への入国を禁じる報復制裁をすると、5月、欧州議会は報復制裁が解除されない限り協定に関する審議に一切応じない、と決議しました。
(11)共産党内部からのリークや東欧諸国からの反発も
習近平が本格的にウイグルで民族弾圧を強化した時、ウイグルに関する機密文書が西側のメディアに大量にリークされ、それによって中国国外でもその実態が広く知られることとなりました。これが何を意味するかといえば、現地の共産党の幹部たちのなかに「習近平は危険な狂信者である」と認識している人々が存在するということです。これは習近平のウイグル統治がうまくいっていないことを明るみに出すという、彼らの習近平に対する抵抗でした。
同様に、欧州議会が北京との投資協定の合意を拒否すれば、習近平にとって頬を平手打ちされたようなことになります。習近平が「素晴らしい成功だ」と世間に広く提示した投資協定が潰れることは、まさに習近平自身の失敗であり、彼はメンツを潰されたことになります。これが「習近平をつまずかせる」ということなのです。
ヨーロッパでは、バルト海の国々や東欧諸国も、習近平を苛立たせるような動きを見せています。スロベニアやクロアチア、チェコは中国の企業がかかわっている原発、高速道路、鉄道網など、インフラ設備の政府入札を中止しましたし、ルーマニア、リトアニアでは中国企業を幅広い分野にわたって政府調達から排除しています。
(12)小国が中国のメンツを潰すサプライズ
また中国は2012年から旧共産圏の16カ国に呼びかけ、「16プラス1」(プラス1はもちろん中国だ)というグループを組織してきましたが、2021年2月にギリシャを加えた「17プラス1」として習近平が主催したヴァーチャル会合では、中国が各国の首相の参加を要求したのに対し、エストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、ブルガリア、スロベニアの6カ国はわざわざ格下の閣僚級を参加させました。中国外務省の報道官は、会合は「首脳らとともに成功裏に開催された」とコメントしましたが、5月になると、リトアニアがこのグループからの脱退を表明したのです。
ここで重要なのは、この戦略では、中国側が「小国」と認定しているような国が、中国側が持ちかけた提案や、すでに成功したと喧伝したものを拒絶したり拒否したりすることによって「メンツを潰す」というサプライズが有効だということです。
日本やベトナムはこれができます。韓国も潜在的にはできるはずですが、THAAD(高高度防衛ミサイル)システムの設置をめぐって、土地を提供したロッテグループが中国国内から排除されたことをきっかけに、もう中国への抵抗ができなくなっています。彼らは中国の「忠犬」状態です。
意外に良い動きをしているのがインドネシアです。近年続いているEEZ海域への中国海警局の艦船の侵入を受けて、2020年、アパッチヘリコプターなどによって構成される即応部隊を配備することを決定しています。
ここでも「同盟の戦略」が効いてきます。中国にとっての「小国」が、それぞれに「つまずき戦術」を駆使することで、習近平の独裁体制の揺れをどんどん大きくするのです。
(13)「微笑み戦術」はうわべだけ
さまざまな歴史の教訓が示しているように、習近平の独裁体制は必ず破綻するでしょう。そして習近平は「ラストエンペラー」(最後の皇帝)となります。ただ問題はそれが起きるのが、5年後か8年後か、あるいは50年後か80年後かはわからないということです。
これも逆説的ですが、「同盟の戦略」、「つまずき戦術」が非常に効果を上げた場合、中国は「チャイナ4.0(中国の他国に対する政治姿勢を表すエドワード・ルトワック氏の造語。さまざまな国に対する強硬な外交体制を表す)」をとりやめ、南シナ海への野心などは捨てて、よりマイルドで協調的な「チャイナ5.0」を採用するかもしれません。その場合、習王朝は延命されることになります。しかし、習近平の性格、中国の戦略下手から考えると、そうした中国にとって有利な政策転換が行われる可能性は、やはりきわめて低いでしょう。
2021年5月、習近平は「謙虚で、信頼され、愛され、尊敬される中国のイメージを作れ」と語りました。一部の報道では、「戦狼外交」(*)からの方針転換ではないかという見方も出されましたが、そうではありません。これはあくまでイメージ上の「微笑み戦術」に過ぎず、強硬路線は維持されています。それは翌6月の全人代で、外国からの制裁に報復する「反外国制裁法」が成立、即日施行されたことからも明らかです。
(*)「戦狼外交(せんろうがいこう)」について
中国ではかつて鄧小平が示したとされる「韜光養晦(とうこうようかい)」(自らの力を隠し蓄えるという意味で、発展するまでは外国とは争わないという姿勢)を維持していたのですが、その姿勢は経済が発展するにともなって変化し、最近の習近平の姿勢は「戦狼外交」とも呼ばれる攻撃的な外交スタイルで極めて強硬なものになっています。
4.私の個人的感想
確かに中国の報道官がよく「中国の内政に干渉するいかなる行為にも断固反対する」とか「中国の利益を害するいかなる行為も許さない」といった表現で不満(恫喝?)を表明しますが、これは中国が「痛い所を突かれたという苛立ち」の表れだと思います。
尖閣諸島周辺での中国の領海侵犯などの挑発行為は、台湾有事(中国による台湾への直接的攻撃、中国軍の台湾への上陸・占領)が現実化するまで、これからも続くと思いますし、台湾有事の後は尖閣諸島の不法占拠が避けられないと私は思います。
太平洋戦争中の日本に対する「ABCD包囲網」のような「中国包囲網」が、徐々に形成されつつありますが、今後どのような展開になるのか私にはわかりません。
ただ、エドワード・ルトワック氏が言うような「習近平からの要請に対して、「ノー」と答える」だけでは、効果は限定的ではないかと思います。
私は「中国への依存度を早急に引き下げることが必須」だと思います。前に「今こそ製造業(工場)の日本回帰でサプライチェーンの中国依存を脱却すべき」という記事に詳しく書いています。
また「経済安全保障とは何か?これは経済戦争であり今の日本の喫緊の課題!」という記事にも書きましたが、すでに激しい経済戦争状態にあることを銘記すべきです。
最終的には「第三次世界大戦」になるのか、中国内部で「習近平政権打倒のクーデター」や、中国共産党最高幹部や「不動産バブル」で大儲けした中国の富裕層の「愛人のいる生活」に見られるような「極端な貧富の格差に不満を募らせた民衆の暴動」、あるいは「フランス革命のような民主革命」が起きるのかもしれません。
少なくとも、習近平政権を倒せるのは、外国の勢力による「武力攻撃」や「傀儡政権の樹立」ではなく、中国の国民自身の行動による「内部崩壊」しかないのではないかと私は思います。