芥川賞作家の三木卓の「震える舌」は破傷風の恐ろしさを見事に描いた小説

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三木卓

1.三木卓との出会い

私が三木卓を知ったのはほんの偶然からでした。その当時私は「昆虫」関連のタイトルの本を乱読していました。

北杜夫の「マンボウ思い出の昆虫記」、串田孫一の「博物誌」、奥本大三郎の「虫屋の落とし文」、福永令三の「クレヨン王国 虫鳥花獣 四季彩彩」、藤沢周平の「蝉しぐれ」、古井由吉の「蜩の声」等々。

そんな中に三木卓の「蝶の小径」もありました。淡々としたクールな筆致が気に入り、彼の妻のことを描いた「K」や自伝的小説「柴笛と地図」「裸足と貝殻」も読みました。

2.「震える舌」の衝撃

「震える舌」は、1975年に発表されています。彼の娘が「破傷風」に罹った時の状況を克明に記録したような小説ですが、他の彼の小説とは異質です。娘の痙攣や舌を噛み切ったりする病状の特異性にどうしてよいかわからず恐れおののく感情と、最初に受診した病院が「大したことはない」と診断(誤診)し、破傷風と見抜けなかったことに対する憤りなどがない交ぜになったものです。

発端は、マンションの近くで泥んこ遊びをしていた娘が、落ちていた小さな釘で手にケガをしたことです。数億年前から生き延びて来た破傷風菌が人間の中枢神経を毒素で侵し、潜伏期を経て発症した患者の生還率は極めて低い難病です。

主人公は娘が理不尽な災厄に見舞われて慟哭し、妻は自責の念から錯乱状態になってしまい、夫婦は看病疲れも重なって精神的に追い込まれます。

結局娘は、大学病院の主治医の懸命な治療と、主人公夫婦の献身的な介護で奇跡的に助かります。

この小説は1980年に野村芳太郎監督によって映画化されたそうですが、当時私は全く知りませんでした。

3.三木卓とは

三木卓(1935年~ )は、東京生まれですが、満州日日新聞の記者であった父に連れられて、2歳から小学校2年までの6年間を中国・大連で過ごしています。

1955年に早稲田大学第一文学部露文科に入学し、卒業しています。1973年に「鶸(ひわ)」で芥川賞を受賞しています。

五木寛之(1932年~ )と似通った経歴です。五木寛之は福岡県生まれですが、父の勤務の関係で生後間もなく朝鮮に渡り、朝鮮各地を転々としました。

1952年の早稲田大学第一文学部露文科に入学しますが、中退しています。1966年に「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞を受賞しています。彼は大河小説「青春の門」で一躍人気作家となりました。以後も「四季・奈津子」「親鸞」などの小説や「風の幻郷へ」「みみずくの日々好日」「林住期」などのエッセーを精力的に発表しています。

三木卓は、五木寛之ほど多作ではありませんが、味わいの深い小説家・詩人です。ご興味がありましたら、ぜひご一読ください。


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