虎を手なずけた沢庵禅師の「剣禅一如」の逸話。柳生宗矩の剣との対比も奥が深い

フォローする



ダニエルとライオン

前に沢庵禅師こと沢庵宗彭を紹介する記事を書きましたが、沢庵禅師の「剣禅一如」の境地を示す面白い話として、講談「沢庵禅師 虎拝領」にもなった逸話があります。

もう一つ、家光が沢庵禅師を試すために大砲の音で沢庵禅師を驚かそうとしても失敗に終わった逸話もご紹介します。

1.沢庵禅師が虎を手なずけた逸話

沢庵和尚

その昔、沢庵禅師が虎の檻の中に平然と押し進み 恐れずに其の虎を見詰めしとき、虎は首を俯垂(うなだ)れて猫のごとく優しくなれりと謂うにあらずや。

3代将軍・徳川家光の時代に、朝鮮から大きな虎が献上され、城中大評判になっていたそうです。家光は、突如「柳生!あの虎の檻へ入ってみよ」と命じました。宗矩は脇差を抜いて切っ先を虎の眼にピタリとつけ、ぐっと睨みつけました。虎を気合で、萎縮させてしまったのです。宗矩は檻を飛びのくとすばやく戸を閉めました。

牙をむく虎

神君家康公の『意見番に大久保彦左衛門、人の道は沢庵に教われ』という遺言がありましたが、家光には、沢庵が本当に偉い人間か偉くない人間かわからなかったので、今度は沢庵を檻の中に入れて試してみようと思い立ちました。

 「和尚!和尚も檻の中へ入れるか?」家光は、今度は沢庵の道力を試そうとしました。

 沢庵は、ただ平然と、静かに戸を開け、虎の鼻先まで進んで、手をその大きな頭にのせ、やさしくなでてやりました。すると不思議にも、虎は初めから暴威など少しも示さず、子猫のように眼を細め、沢庵の足元にゴロリと横になり、喉をゴロゴロと鳴らしながら、うれしげに頭をこすりつけてくるのでした。

横たわる虎

沢庵は、喉を鳴らして寝転んでいる虎の頭を、右手にさげた数珠でもって軽く撫でるようにたたいています。

一番先にびっくりしたのが家光で、「はて、不思議な光景じゃ。もうよかろう、禅師」

沢庵は、「さようか。おとなしくしとれ。また来るでな」と生ける人間に言うがごとく、虎にそう言い残して、今度は柳生宗矩とは打って変わって、クルッと虎に背を向けて、人の家を暇乞いするのと同じように、悠々と出てきました。

虎もその後を追っかけて「坊さん、まだよいではないですか」というような様子です。虎の檻の戸のところに来て、もう一度振り返った沢庵が、「また来るぞ」と言って、平手で虎の頭を撫でて、悠々と外へ出てきました。汗も何もかいていません。

家光はまず柳生但馬守宗矩に尋ねました。「但馬、そちはいかなる心構えにて虎の檻に打ち入りしか?」

柳生宗矩木像

「さればにござりまする。やつがれ、もし虎に近寄るならば、日本武道の恥と心得、柳生流の真の気合をもって攻めつけましてござります

「ほう、武術の力じゃな。沢庵禅師、御身は?」

「何の存念もございません」

「何の存念もないとは?恐ろしくなかりしか」

「いえ、毛頭」

「はて、異なことを聞く。恐ろしくない?これは面妖な。百獣の王とも言われるところの虎が恐ろしくないか?」

「されば、お答え申すも異なことながら、愚僧は仏道に精進いたす者。虎といえども仏性(ぶっしょう)あり。慈悲の心をもって接したまででござる

要するに、沢庵禅師はどんな場合でも、「心が虚に、気が平(たいら)」(虚心平気)になっているから、何とも思わなかったというわけです。

なお、この話は、旧約聖書の『ダニエル書』に登場する予言者ダニエルとライオンの話にも通じるように私は思います。『ライオンの穴の中のダニエル』(ルーベンス作)(上の画像)にも描かれています。

これは、予言者ダニエルがバビロン滅亡後、ペルシャ王ダリウスに仕えて重用されさるうち、同僚に妬まれ、悪計によって獅子の穴に投げ込まれましたが、神の恩寵によって助かり、天寿を全うしたという話です。

2.家光が大砲の音で沢庵禅師を驚かそうとしても失敗に終わった逸話

この逸話は、家光が「紫衣事件」のこともあり、最初は沢庵禅師を信頼していませんでしたが、その後心服して帰依するようになった経緯をわかりやすく示すものだと私は思います。

家光は毎日、八つ時(午後2時頃)になると御殿の中でお茶を飲みました。ある八つ時の物語の際に、一人の近習が進み出て、

「恐れながら、お耳を汚し奉ります」

「なんじゃ」

「巷の噂にござりまするから、何卒お聞き捨てを」

「斟酌いたすな。何事か、申し立ててみよ」

「品川東海寺住職沢庵禅師のことにござりますが」

「品川の東海寺の沢庵が何といたした」

「巷の噂にございます」

「くどい。聞き捨てにいたすから申せ」

「夜な夜な酒事をあそばされるよし」

「なに、沢庵禅師が毎晩酒盛りしてる?これは面妖な。禅家は確か酒は禁物のはず。それでも酒盛りいたしおるか」

「巷の噂にござりますれば」

「だがしかし、火のない所に煙は立たぬ。よろしい。次に登城のみぎり、余がじきじきに尋ねてみよう。しかし待てよ。あの沢庵という坊主、なかなか一筋縄ではいかぬやつじゃ。飲むかと言えば、飲まぬと言うかもしれぬ。飲まないかと言えば、飲むと言うかもしれん。とかく、右と言えば左と言い、前と言えば後ろと言う」

そこで家光は近習と一計を案じ、沢庵の登城を待ちました。

「おかわりもなくいらせられ、ご尊顔を拝し奉り、沢庵、恐悦至極に存じ奉る」

「そちも堅固で重畳」

「しからば、ご機嫌うるわしゅう」と言って沢庵が恭しく後ろへ引き、退座しようとした時、家光が

「あいや、沢庵禅師、ちと相尋ねたき儀がある」

「何事にござりましょう」

「巷の噂じゃ。気にかけずに聞かれたい」

「はて、面妖な。いかなる噂がお耳に入り奉りしや」

「禅師は夜な夜な酒事なさる由、まことか、偽りか」

「はて、人の耳にはふたができず、口には戸が立てられない。よく言うたものにござります。沢庵、酒は大の好物にござります」

「はてな、されど、禅家は葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず。それでも御身(おんみ)は酒をたしなまれるか」

「されば、沢庵は酒を口で飲みます。心では飲み申しません」

ある程度予想していたものの、万事この意気でポンポンとやられてしまうので、家光は面白くありません。

そこで「さようか。今まで存じないこととはいえ、しからば、ちょうど幸い、昨日、灘の生一本が到着。ふた開け早々の名酒、ぜひ奉れ」と言って、徳川家重代伝わる「金剛」と銘打った一升五合入る杯へ酒をなみなみと注ぎました。

目を細めて沢庵が、「ありがたくちょうだい」と口元へ持ってきて、一応は匂いを嗅いで、泡を向こうへ吹き寄せました。

その時に家光がひょいと近習に目配せすると、障子一重の庭ごしに、天地も裂けてしまうかと思うようなドーンという大砲の響きが起きました。沢庵に泡を食わせよう(びっくりさせよう)という家光の計略でした。

しかし家光や近習のほうが飛び上がるくらい驚いているのに、沢庵は聞こえているのか、聞こえていないのか、フーッと気持ちよく、息もつかずに一升五合を飲み干しました。

気持ちよさそうに大吐息をつきながら、懐紙を出して杯の口をゆっくり拭いて、「恐れながらご返杯を」と言いました。

拍子抜けした家光は、返された杯に小姓がなみなみと注ぐのを不興げな顔をして受け取りました。

それを口元に持っていこうとした時、沢庵が「恐れながら、ただいま愚僧、酒ちょうだいのみぎり、庭先にて何やらけたたましき物音、あれは何事にござりましょうか」と聞きました。

家光は苦し紛れに「ああ、あの物音か。若侍どもが大砲の稽古と相みえる」と言い逃れたのです。

それを別に苦しい言い逃れとも咎めはしない沢庵は、「さようでございましたか」とこともなげに言いました。

それを聞き流して家光が、グウッと一息に飲もうと、杯のわきへ口を持ってきた時、何を思ったか沢庵禅師、阿吽(あうん)の呼吸をはかって、「エイーッ」と一喝しました。

その瞬間、家光は杯をパカッと落としてしまいました。

手持無沙汰な家光が「何をなさる、禅師」と言うと、沢庵はにっこり笑って「大砲は武門のならい、一喝は禅家のならい。ちとご修行を」と言ってそのままさっさと帰って行ったということです。

3.「剣禅一如」とは

剣禅一如」とは、何かを極める時は身体のみだけではなく、心や考え方にも修行を心がけるべきであるという教えです。

「剣禅一如」の由来は 禅僧・沢庵禅師が書き記した『不動智神妙録』 です。

「剣禅一如」は彼が説いた「剣の道の境地」のことですが、剣の道はさながら「禅における無念無想」の境地と同じようなものであると説明しています。 沢庵禅師は、剣豪として知られる柳生但馬守の師としても有名です。 ちなみに、禅に通じる「無念無想」とは「一切の邪念から離れて何も考えないこと」です。 仏教の言葉で言うと「無我の境地に至ること」を指し、心の動きがなく、雑念を生む心を捨てることを総称する言葉となります。

なお「剣禅一如」とよく似た心境を表す言葉に「虚心平気」があります。

「虚心平気」とは、心を穏やかにすることや、心に動揺がなく落ち着いている様子を表し、「虚心坦懐」と同じような意味で用いられる言葉です。 心が清く澄み切って邪念のないことを表す「明鏡止水」も、これと似た意味を持つ言葉です。



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする