江戸時代の笑い話と怖い話(その11)。ルール無視でも囲碁や将棋に勝てる?

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囲碁と将棋

2018年には、将棋の羽生善治さん(1970年~ )と囲碁の井山裕太さん(1989年~ )が揃って「国民栄誉賞」を受賞して囲碁・将棋人気が盛り上がりましたが、最近は将棋で五冠の藤井聡太さん(2002年~ )の活躍で、将棋人気が断然強くなっています。

私のふるさとである高槻に「西の将棋の聖地」と言われる「関西将棋会館」が2023年度中に移転してくるというニュースもあり、「将棋のまち・高槻」も盛り上がっています。

このように今でも人気の高い将棋や囲碁ですが、江戸時代の中期から後期にかけて出版された『節用集』などの百科事典のうち、ボリュームがあるタイプには、将棋や囲碁の「練習問題」や「定石(じょうせき)」(囲碁で、昔から研究されてきて最善とされる、きまった石の打ち方)や「定跡(じょうせき)」(将棋で、昔から研究されてきて最善とされる、きまった指し方)などについて、絵入りで解説したものがあります。

囲碁も将棋も、どちらも日常生活に欠かせないわけではなかったので、ルールを知らないからといって直ちに笑われることはありませんでした。

そのため、笑い話では「知らないくせに知ったような顔をして首を突っ込む見物人」が主役となります。「生兵法は大怪我のもと」というわけです。

1.『軽口御前男(かるくちごぜんおとこ)』より「人まねの碁の助言」

近所で碁会が開かれました。見物人たちが「切れ、切って取れ(相手の石のつながりを切れ)」と声を掛けているのを知ったかぶりが耳にして、もしや刀で斬るような鋭い物言いが囲碁の言葉なんだろうと思い込み、「斬る必要なんかないよ」と声を掛けました。

すると、囲碁を打っている人が聞いて「切らなくてもいい方法があるんですか?」と尋ねたので、こう答えました。「もちろん。斬らずに踏み潰したらよろしいでしょう」

2.『軽口笑布袋(かるくちわらいほてい)』より「五十手さき」

「物事には上手下手があるというけど、俺は将棋を指す時に五十手よりも先は読めないんだよ」と自慢している男がいました。

こりゃきっと、かなりの腕前だ。普通、三十手先が読めるもんじゃない。こんな人、話に聞いたことはないけど一局お手合わせを願おうかな、と声を掛けて駒を並べました。

「先手でやらせてもらうよ」と角(かく)の先にある歩(ふ)を一手先に進めると、例の男はしばらく考えた後、駒を動かすこともなく、わかったような顔で「これは俺の負けだ」

3.『宇喜蔵主古今咄揃(うきぞうすここんばなしそろい)』より「田舎者将棋駒買事」

ある田舎者が寺町通りまで将棋の駒を買いに行き、四十枚ある駒のうち大きなものばかり選んで寄せ集めていました。

それを店の主人が見て「そもそも将棋の駒は、大小合わせて四十枚からなるもの。大きな駒ばかり取っておられますが、どういうわけでしょうか?それですと使い物になりませんよ」と教えました。

すると相手の男は、それを聞いて「でも同じ値段だから、大きな方がいいかと思って、小さいのはいらないから」と答えました。

主人は改めて「ですから、駒の大小によって役割がいろいろと変わりますから、合わせてお取りください」と伝えました。

すると例の人はこう答えました。「だったら将棋の駒は、読み上げてもらって買うのかい?」

こういうやり取りの中で、ルールを知らないどころか、字を読めないことまで告白してしまいました。

文字を読めない人のことを「目に一丁字(いっていじ/いっちょうじ)なし」と言います。我々は日本語は読めるつもりでいますが、草書体で書かれた古文書などは専門家でない限り、到底読めません。イスラム諸国で用いられているペルシャ文字などは、象形文字のようで全くわかりません。江戸時代の非識字者(文盲)の感覚は、このような感じだったのではないかと想像します。

ペルシャ文字草書体の古文書草書体・枕草子

4.『春笑一刻(しゅんしょういっこく)』より「碁将棋」

どうにもヒマで、しかたがないんだけど、何か面白い遊びはないのかな?」「それでしたら、囲碁か将棋がよいかと思います」「囲碁と将棋は、別のものかい?」「おやおや、字が書いてあるのが将棋の駒で、字のないのが囲碁の石でございますよ」

すると、尋ねた男は少しだけ考えてから「それだったら、囲碁の方を打とうかな」



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