江戸時代の笑い話と怖い話(その19)。「徒然草」をパロディー化した江戸笑話

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兼好法師

前に「徒然草はなぜ100年間も埋もれていたのか?執筆の動機と非公開の理由は?」という記事を書きましたが、江戸時代になると「徒然草」を見事にパロディー化した笑い話が作られています。

これは、「徒然草」がいかに人々に親しまれるようになっていたかを証明するものです。

1.『聞上手(ききじょうず)』より「格子作り」

江戸時代中期の安永2年(1773年)に刊行された噺本(笑話集)『聞上手』に徒然草をパロディー化したものがあります。

「天気が良さに友達を誘い、夕薬師へと出かける。茅場町へ行く道に、良い身代と見える格子作りの内に、二十歳ばかりの息子が書物を見ている。

『アレマア、この暑いのに何が楽しみで気の詰まる本を見る、ナア、変な奴じゃアねいか?』と言いながら、薬師へ参り、帰りがけにさっきの内を見ると、まだ机に向かっている。

『とんだこった、まだ本を見ている』と暫く立ち止まると、息子はずっと立って、伸びをしながら。『アア、一歩(いちぶ)ほしい』」

茅場町(東京と中央区日本橋茅場町)には、江戸で名高い薬師堂があり、「朝観音に夕薬師」と言って、縁日の八日の夕方には殊に賑わいました。

最後に息子がつぶやく「(金)一歩」は「四分の一両」で、ざっと2~3万円くらいのお金です。

原話の「格子」を、「格子作り」(一般の店舗ではなく、金貸しなどに多い家の構え)に置き換え、「良い身代」(金持ち)を示唆しています。

裕福な家の遊び盛りの息子が、盛り場の恋しくなる夕方に、おとなしく家で本を読んでいるという不可解な情景に、最後のセリフがオチをつけているのです。

2.『徒然草』43段「春の暮つかた、のどやかに艶なる空に」

上の江戸時代の笑話のもとになったのが、『徒然草』43段です。

春の暮つかた、のどやかに艶(えん)なる空に、いやしからぬ家の、奥深く、木立ものふりて、庭にちりしをれたる花、見過(みすぐ)しがたきを、さし入りて見れば、南面(みなみおもて)の格子(こうし)、皆おろしてさびしげなるに、東にむきて妻戸のよきほどにあきたる、御簾のやぶれより見れば、かたちきよげなる男の、年(とし)廿(はたち)ばかりにて、うちとけたれど、心にくくのどやかなるさまして、机のうへに文(ふみ)をくりひろげて見ゐたり。

いかなる人なりけん、尋ね聞かまほし。

現代語訳は次の通りです。

春が暮れようとする頃、のどかに優美な空の下、品のいい家があり、その奥深くに、木立は古めかしい感じがして、庭に散りしおれた花もこのまま見過ごすのは惜しいので、私は庭に入ってみると、南に面した格子戸は皆おろしてさびしげであるのに、東に向いた開き戸が、よい具合に開いている。その隙間から見える御簾の破れから見れば、容貌美しい男が、年二十歳くらいで、くろろいでいるが、奥ゆかしくのどかな様子で、机に上に文を広げて見ていた。

どういう人なのだろう。尋ね聞きたいものだ。



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