日本には、四季折々の日本の風景や風物を見て感じたことを歌った美しい抒情歌や唱歌があります。
これらの歌は、我々の心を和ませる癒しの効果があります。特に私のように70歳を過ぎた団塊世代の老人には、楽しかった子供の頃や古き良き時代を思い出させてくれるとともに、心の平和・安らぎ(peace of mind)を保つ「心のクスリ」のような気がします。
ちなみに「抒情歌」(「叙情歌」とも書く)は、日本の歌曲のジャンルの一つです。 「抒情詩(叙情詩)」の派生語で、作詞者の主観的な感情を表現した日本語の歌詞に、それにふさわしい曲を付け、歌う人や聴く人の琴線に触れ、哀感や郷愁、懐かしさなどをそそるものを指し、これらの童謡や唱歌をはじめ、歌謡曲のスタンダードなバラードといったものを一つのジャンルにまとめたものです。
ちなみに2006年(平成18年)には、文化庁と日本PTA全国協議会が、親子で長く歌い継いでほしいとして日本語詞の叙情歌と愛唱歌の中から「日本の歌百選」(101曲)の選定が行われました。
そこで今回は第1回として「春」の歌をご紹介します。
1.早春賦
『早春賦(そうしゅんふ)』は、吉丸一昌(よしまる かずまさ)作詞、中田章(なかた あきら)作曲による日本の歌曲です。「日本の歌百選」の1曲です。
春は名のみの 風の寒さや
谷のうぐいす 歌は思えど
時にあらずと 声もたてず
時にあらずと 声もたてず氷融け去り 葦(あし)はつのぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空春と聞かねば 知らでありしを
聞けばせかるる 胸の思いを
いかにせよと この頃か
いかにせよと この頃
作詞当時、東京音楽学校の教授だった吉丸一昌は、『尋常小学校唱歌』の編纂委員として活動していました。
吉丸は、大正の初期に長野県安曇野を訪れ、穂高町あたりの雪解け風景に感銘を受けて「早春賦」の詩を書き上げたとされています。
なお、吉丸一昌はドイツ歌曲『故郷を離るる歌 Der letzte Abend』の訳詩を行ったことでも知られています。
なお「ウグイスにまつわる面白い話」という記事にも、早春賦にまつわる面白い話を書いていますので、ご一読ください。
有名なソプラノ歌手の佐藤しのぶさん(1958年~2019年)は、東京生まれですが、その後わが郷土である高槻市に転居しています。
大阪音楽大学付属音楽高等学校、国立音楽大学声楽専攻卒業。声楽を島田和子、中山悌一、田原祥一郎に師事。文化庁オペラ研修所第4期に最年少で入所し首席で修了。文化庁芸術家在外研究員としてイタリアミラノへ国費留学。1985年帰国後「椿姫」でデビューにして主役を演じました。
帰国後のリサイタルではイタリアオペラを歌い、衛星放送を通して世界へ披露されました。その後「トスカ」、「蝶々夫人」等のタイトルロールを次々に演じました。
1987年、オペラ歌手として初めてNHK紅白歌合戦に出演(以後、4年連続出演)しています。
2.花
「春のうららの隅田川」が歌い出しの『花』は、瀧廉太郎(滝廉太郎)作曲の歌曲集『四季』の第1曲で、作詞は武島羽衣です。「日本の歌百選」の1曲です。
春のうららの 隅田川
のぼりくだりの 船人が
櫂(かい)のしづくも 花と散る
ながめを何に たとふべき見ずやあけぼの 露(つゆ)浴びて
われにもの言ふ 桜木(さくらぎ)を
見ずや夕ぐれ 手をのべて
われさしまねく 青柳(あおやぎ)を錦おりなす 長堤(ちょうてい)に
くるればのぼる おぼろ月
げに一刻も 千金の
ながめを何に たとふべき
歌曲集『四季』には、第1曲『花』の他にも、第2曲『納涼』、第3曲『月』、第4曲『雪』がありますが、第1曲『花』があまりにも有名になり過ぎたせいもあってか、他の3曲が演奏されることは今日ではほとんどありません。
3番の歌詞では、中国由来の故事成語「春宵一刻値千金」(しゅんしょういっこく あたいせんきん)の内容が反映されています。
余談ですが、作詞者の武島羽衣はサーカスのジンタでおなじみの『美しき天然』(うつくしきてんねん/うるわしきてんねん)(1902年発表)の作詞者としても有名です。
3.春の小川
『春の小川』は、作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一のコンビによる日本の童謡・唱歌です。1912年(大正元年)12月の「尋常小学唱歌」第四学年用に掲載されました。「日本の歌百選」の1曲です。
春の小川は さらさら行くよ
岸のすみれや れんげの花に
すがたやさしく 色うつくしく
咲けよ咲けよと ささやきながら春の小川は さらさら行くよ
えびやめだかや 小ぶなのむれに
今日も一日 ひなたでおよぎ
遊べ遊べと ささやきながら
高野辰之が当時住んでいた東京府豊多摩郡代々幡村(現在の渋谷区代々木)周辺を流れる河骨川の情景を歌ったものとされています。
なお、『春の小川』の歌詞の興味深い変遷については、「童謡の歌詞にまつわる切ない話・意外な誕生秘話・歌詞が何度も変更された話!」という記事に詳しく書いていますので、ご一読ください。
4.春よ来い
『春よ来い(はるよこい)』は、大正時代後期に作曲された童謡です。歌詞に登場する「みいちゃん」とは、作詞者・相馬御風(そうま ぎょふう)(1883年~1950年)の長女「文子(ふみこ)」がモデルとされています。
春よ来い 早く来い
あるきはじめた みいちゃんが
赤い鼻緒の じょじょはいて
おんもへ出たいと 待っている春よ来い 早く来い
おうちのまえの 桃の木の
つぼみもみんな ふくらんで
はよ咲きたいと 待っている
歌詞では、「じょじょ(草履)」、「おんも(表・外)」などの幼稚語をうまく取り入れつつ、「あるきはじめた」ばかりのみぃちゃんの視点を通して、雪に閉ざされた越後の冬で静かに春を待ち望む人々の強い思いが伝わってきます。
作曲は、『鯉のぼり』、『浜千鳥』、『雀の学校』などで知られる弘田 龍太郎(ひろた りゅうたろう)(1892年~1952年)です。
5.春が来た
『春が来た』は、1910年(明治43年)に「尋常小学読本唱歌」で発表された日本の童謡・唱歌です。「尋常小学唱歌」第三学年用にも掲載されました。「日本の歌百選」の1曲です。
春が来た 春が来た どこに来た
山に来た 里に来た 野にも来た花がさく 花がさく どこにさく
山にさく 里にさく 野にもさく鳥がなく 鳥がなく どこでなく
山でなく 里でなく 野でもなく
春が来た、花が咲く、鳥が鳴く、というシンプルな歌詞の繰り返しによって、長く待ち望んだ春の到来への喜びが素直に表現された名曲です。
作詞作曲は、「故郷(ふるさと)」、「春の小川」、「朧月夜(おぼろづきよ)」、「紅葉(もみじ)」などで知られる岡野貞一、高野辰之のコンビです。
6.どこかで春が
『どこかで春が』は、作詞:百田宗治、作曲:草川信による日本の歌曲です。1923年(大正12年)に歌詞が発表されました。「日本の歌百選」の1曲です。
どこかで春が 生まれてる
どこかで水が 流れ出すどこかで雲雀(ひばり)が 鳴いている
どこかで芽の出る 音がする山の三月 そよ風吹いて
どこかで春が 生まれてる
厳しい冬も峠を越え、あちこちで生まれ始める春の息吹が感じられる早春の歌です。
ちなみに、『どこかで春が』作曲者の草川信は、雑誌『赤い鳥』のメンバーとして『夕焼け小焼け(夕焼小焼)』、『緑のそよ風』、『ゆりかごの歌』などの作曲も手がけています。