季節を感じる抒情歌・唱歌(その2) 夏

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抒情歌・夏

日本には、四季折々の日本の風景や風物を見て感じたことを歌った美しい抒情歌や唱歌があります。

これらの歌は、我々の心を和ませる癒しの効果があります。特に私のように70歳を過ぎた団塊世代の老人には、楽しかった子供の頃や古き良き時代を思い出させてくれるとともに、心の平和・安らぎ(peace  of  mind)を保つ「心のクスリ」のような気がします。

ちなみに「抒情歌」(「叙情歌」とも書く)は、日本の歌曲のジャンルの一つです。 「抒情詩(叙情詩)」の派生語で、作詞者の主観的な感情を表現した日本語の歌詞に、それにふさわしい曲を付け、歌う人や聴く人の琴線に触れ、哀感や郷愁、懐かしさなどをそそるものを指し、これらの童謡や唱歌をはじめ、歌謡曲のスタンダードなバラードといったものを一つのジャンルにまとめたものです。

ちなみに2006年(平成18年)には、文化庁と日本PTA全国協議会が、親子で長く歌い継いでほしいとして日本語詞の叙情歌と愛唱歌の中から「日本の歌百選」(101曲)の選定が行われました。

そこで今回は第2回として「夏」の歌をご紹介します。

1.夏は来ぬ

唱歌「夏は来ぬ」

『夏は来ぬ』(なつはきぬ)は、作詞:佐佐木信綱、作曲:小山作之助により1896年に発表された日本の歌曲です。

(う)の花の、匂う垣根に
時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ

さみだれの、そそぐ山田に
早乙女(さおとめ)が、裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗(たまなえ)植うる、夏は来ぬ

(たちばな)の、薫るのきばの
窓近く、蛍飛びかい
おこたり諌(いさ)むる、夏は来ぬ

(おうち)ちる、川べの宿の
(かど)遠く、水鶏(くいな)声して
夕月すずしき、夏は来ぬ

五月(さつき)やみ、蛍飛びかい
水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて
早苗(さなえ)植えわたす、夏は来ぬ

「来ぬ」とは、「来る」の連用形「き」に、完了の助動詞「ぬ」の終止形が加わった形で、曲名全体では「夏が来た」という意味になります。

歌詞では、卯の花(ウツギの花)やホトトギス、五月雨(さみだれ)に田植えの早乙女(さおとめ)など、5月の初夏を象徴する季語や動植物がふんだんに織り込まれています。

「夏が来れば思い出す」が歌い出しの『夏の思い出』と並ぶ、日本の夏を象徴する季節の歌として愛唱されており、2007年には「日本の歌百選」に選出されました。

なおこの歌と佐佐木信綱については「『夏は来ぬ』は歌人佐佐木信綱の作詩で古き良き日本の原風景を知る格好の教材!」という記事に詳しく書いていますので、ご一読ください。

2.夏の思い出

夏の思い出 (歌詞つき) 鮫島有美子

「夏がくれば 思い出す はるかな尾瀬 遠い空」の歌い出しで親しまれる『夏の思い出』(なつのおもいで)は、1949年発表の日本の歌曲です。「日本の歌百選」の1曲です。

中学校の音楽教科書にもよく掲載され、女声合唱や混声合唱などの合唱曲としても編曲されています。

夏がくれば 思い出す
はるかな尾瀬(おぜ) 遠い空
霧のなかに うかびくる
やさしい影 野の小径(こみち)
水芭蕉(みずばしょう)の花が 咲いている
夢見て咲いている水のほとり
石楠花(しゃくなげ)色に たそがれる
はるかな尾瀬 遠い空

夏がくれば 思い出す
はるかな尾瀬 野の旅よ
花のなかに そよそよと
ゆれゆれる 浮き島よ
水芭蕉の花が 匂っている
夢みて匂っている水のほとり
まなこつぶれば なつかしい
はるかな尾瀬 遠い空

作曲は、『ちいさい秋みつけた』、『めだかの学校』などを手掛けた中田 喜直(なかだ よしなお)(1923年~2000年)です。彼の父は『早春賦』を作曲した中田章です。

作詞は、新潟県上越市生まれの詩人・江間 章子(えま しょうこ)(1913年~2005年)です。2歳頃に母親の実家である岩手県北西部の八幡平市(はちまんたいし)に移住し10年間過ごしました。

なお、この歌については「中田喜直はクラシック音楽から多くのインスピレーションを得て作曲した!?」という記事に詳しく書いていますので、ご一読ください。

3.浜辺の歌

浜辺の歌 倍賞千恵子

『浜辺の歌(はまべのうた)』は、作詩:林古渓、作曲:成田為三による日本の唱歌・歌曲です。大正5年(1916年)発表。「日本の歌百選」の1曲です。

大正時代初期に作詞された歌詞だけあって、文語調で若干難解な表現が散見されます。

あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も

ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ しのばるる
寄する波よ かえす波よ
月の色も 星のかげも

はやちたちまち 波を吹き
赤裳(あかも)のすそぞ ぬれひじし
病みし我は すべていえて
浜の真砂(まさご) まなごいまは

「あした」は明日ではなく「朝」の意味。「ゆうべ」は前の日の晩ではなく「夕方」の意味です。

「しのばるる」は「偲ばるる」。「偲ぶ」とは、過ぎ去ったり遠く離れたりしたことや人をなつかしむ気持ち、または、賞賛・同情の気持ちをもって思い出すことです。

「るる」は、自発の助動詞「る」の連体形。「昔のことぞ」の「ぞ(係助詞)」を受けて、強調の「係り結び」となっています。「自発」とは、ここでは気持ち・感情が自然とこみ上げてくる様子を表しています。

「もとおれば」は、「廻る(もとおる)」。徘徊(はいかい)すること、辺りを歩いてうろうろと移動することです。

「はやち」は「疾風(はやち/はやて)」。急に激しく吹きおこる風のこと。「ち」は風を表す古語です。「東風(こち)」も同様です。

「赤裳(あかも)」は女性の赤い装束(しょうぞく)・着物のことです。

「ぬれひしじ」は、びしょ濡れになることです。

「真砂(まさご)」は、白いサラサラとした砂のことです。

「まなご」は「愛子」(いとしご)、愛する子供のことです。

4.海

https://youtu.be/cycXDPu1H6I

「松原遠く 消ゆるところ」が歌い出しの『海(うみ)』は、作詞・作曲者不詳(*)の文部省唱歌。1913年(大正2年)5月刊行の「尋常小学唱歌」第五学年用に掲載されました。

(*)作詞・作曲者不詳の理由

「文部省唱歌」については、編纂委員会の合議で作詞・作曲されたことと、国が作った歌ということを強調するためもあり(著作権は文部省)、当時文部省は作詞者・作曲者に高額の報酬を支払う代わりに名前は一切出さず、作者本人も口外しないという契約を交わしたそうです。

そのため、文部省編「尋常小学唱歌」は当初、作詞者・作曲者の名前が伏せられていたためです。

なお、作詞者の高野辰之や作曲者の岡野貞一のように、後に作詞・作曲者が判明した例もあります。

松原遠く消ゆるところ
白帆(しらほ)の影は浮かぶ
干網(ほしあみ)浜に高くして
(かもめ)は低く波に飛ぶ
見よ昼の海
見よ昼の海

島山闇(やみ)に著(しる)きあたり
漁火(いさりび)(ひかり)(あわ)
寄る波岸に緩(ゆる)くして
浦風(うらかぜ)(かろ)く沙(いさご)吹く
見よ夜の海
見よ夜の海

歌詞の「闇に著(しる)き」とは、夜の暗い闇の中でも形がはっきりと分かる様子を意味しています。また「いさご」とは、ごく細かい石、砂のことで、砂子とも表記されます。

5.われは海の子

我は海の子

『われは海の子(我は海の子)』は、1914年(大正3年)刊行の「尋常小学唱歌」第六学年用に掲載された文部省唱歌です。「日本の歌百選」の1曲です。

歌詞は、文部省の懸賞募集に応募した鹿児島市出身の宮原晃一郎(1882年~1945年)の詩が採用されました。鹿児島市の祇園之洲公園には歌碑が建てられています。

歌詞は全部で七番までありますが、今日歌われるのは一般的に三番までです。明治後期の詩人による作品だけあって古めかしい表現が多くなっています。

我は海の子 白波の
さわぐいそべの 松原に
煙たなびく とまやこそ
我がなつかしき 住家(すみか)なれ

生まれて潮(しお)に ゆあみして
波を子守の 歌と聞き
千里寄せくる 海の気を
吸ひてわらべと なりにけり

高く鼻つく いその香に
不断の花の かをりあり
なぎさの松に 吹く風を
いみじき楽(がく)と 我は聞く

「とまや(苫屋)」とは、菅(すげ)・茅(かや)などを編んで作った「苫(とま)」で屋根を葺ふいた粗末な家のことです。

「ゆあみ(湯浴み)」とは、お風呂に入ること。お湯につかること。この歌の場合は「産湯(うぶゆ)」の意味合いになります。

「わらべとなりにけり」は、成長して立派な男の子になったという意味です。

「不断の花」とは、ほぼ一年中咲き続ける花のこと。「不断桜」が有名です。「普段の花」と間違って覚えてしまった人もいるかもしれない。

「いみじき楽と我は聞く」は、「素晴らしい音楽に聞こえる」という意味です。

戦後、教科書から消えた四番以降の歌詞は次の通りです。

これは、「蛍の光」などと同様に、戦後、歌詞が抹消・改作・改変された唱歌の一つです。

丈余(じょうよ)のろかい 操(あやつ)りて
行手(ゆくて)定めぬ 浪(なみ)まくら
百尋(ももひろ)千尋(ちひろ)の 海の底
遊びなれたる 庭広し

幾年(いくとせ)ここに きたえたる
鉄より堅(かた)き 腕(かいな)あり
吹く塩風に 黒みたる
肌は赤銅(しゃくどう) さながらに

浪にただよう 氷山も
来(きた)らば来(きた)れ 恐れんや
海まき上ぐる たつまきも
起らば起れ 驚かじ

いで大船(おおふね)に 乗出して
我は拾わん 海の富
いで軍艦に 乗組みて
我は護(まも)らん 海の国

「丈余(じょうよ)」とは、長さの単位「丈(じょう)」、1丈は約3メートル。「余(よ)」は「余(あま)り」。「丈余」で3メートルよりも長いことを意味します。

「ろかい」とは、舟を漕ぐための櫓(ろ)と櫂(かい)のことです。

「なみまくら(波枕)」とは、船中で旅寝をすること、船路の旅です。

「百尋千尋(ももひろちひろ)」の「尋」は、ここでは水の深さの単位。一尋は六尺(約1.8メートル)で、左右に広げ延ばした両手先の間の長さ。「尋」が百も千もあるということで、海がとても深いことを意味しています。

赤銅(しゃくどう)は銅と金の合金で、発色処理を加えると青紫がかった黒色を呈します。ここでは真っ黒に日焼けしていることを表しています。

余談ですが私は小学生の頃、級友がふざけて「われは蚤(のみ)の子 虱(しらみ)の子♪」という替え歌を歌っていたのを覚えています。

私の年代では、もう蚤や虱は身近にはいませんでしたが、終戦後間もない時代に子供だった我々より一回り上の世代は、蚤や虱が多かったためDDTの頭への噴霧で消毒されたものです。

DDT消毒DDTによる消毒



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