季節を感じる抒情歌・唱歌(その3) 秋

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抒情歌・秋

日本には、四季折々の日本の風景や風物を見て感じたことを歌った美しい抒情歌や唱歌があります。

これらの歌は、我々の心を和ませる癒しの効果があります。特に私のように70歳を過ぎた団塊世代の老人には、楽しかった子供の頃や古き良き時代を思い出させてくれるとともに、心の平和・安らぎ(peace  of  mind)を保つ「心のクスリ」のような気がします。

ちなみに「抒情歌」(「叙情歌」とも書く)は、日本の歌曲のジャンルの一つです。 「抒情詩(叙情詩)」の派生語で、作詞者の主観的な感情を表現した日本語の歌詞に、それにふさわしい曲を付け、歌う人や聴く人の琴線に触れ、哀感や郷愁、懐かしさなどをそそるものを指し、これらの童謡や唱歌をはじめ、歌謡曲のスタンダードなバラードといったものを一つのジャンルにまとめたものです。

ちなみに2006年(平成18年)には、文化庁と日本PTA全国協議会が、親子で長く歌い継いでほしいとして日本語詞の叙情歌と愛唱歌の中から「日本の歌百選」(101曲)の選定が行われました。

そこで今回は第3回として「秋」の歌をご紹介します。

1.ちいさい秋みつけた

ちいさい秋みつけた

『ちいさい秋みつけた』は、作詞:サトウハチロー、作曲:中田喜直により1955年に発表された日本の童謡・抒情歌です。「日本の歌百選」の1曲です。

歌い出しの歌詞「誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが 見つけた」の繰り返し部分が非常に印象的です。「ぞうさん ぞうさん お鼻が長いのよ」のように2回繰り返すことは日本の童謡ではよくありますが、3回繰り返しをここまで効果的に用いた童謡は珍しいです。

ちなみに、英米系の童謡・マザーグースでは歌詞の3回繰り返しは少なくありません。例えば、『メリーさんのひつじ』、『ロンドン橋落ちた』、『桑の木の周りを回ろう』など、3回繰り返しが一つの様式として定型化しています。

なお、この歌については「『ちいさい秋見つけた』の歌詞の意味は奥が深い。」という記事に詳しく書いていますので、ご一読ください。

(一)誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
めかくし鬼さん 手のなる方へ 澄ましたお耳に
かすかにしみた 呼んでる口笛 もずの声
ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

(二)誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
お部屋は北向き くもりのガラス うつろな目の色
とかしたミルク わずかなすきから 秋の風
ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

(三)誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
昔の昔の 風見の鳥の  ぼやけたとさかに
はぜの葉ひとつ はぜの葉あかくて 入日色
ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

2.里の秋

里の秋

『里の秋(さとのあき)』は、斎藤信夫作詞、海沼實作曲による日本の童謡・抒情歌です。1945年12月にラジオ番組で放送されました。「日本の歌百選」の1曲です。

放送直後から多くの反響があり、翌年に始まったラジオ番組「復員だより」の曲として使われました。

歌詞では、1番で故郷の秋を母親と過ごす様子、2番では夜空の下で遠くにいる父親を思う様子、3番では父親の無事の帰りを願う母子の思いを表現しています。

この歌については「童謡の歌詞にまつわる切ない話・意外な誕生秘話・歌詞が何度も変更された話!」という記事に詳しく書いていますので、ご一読ください。

多くの歌手が歌っていますが、私は倍賞千恵子さんのソプラノが素晴らしいと思っています。

しずかなしずかな 里の秋 おせどに木の実の 落ちる夜は ああ かあさんと ただ二人 栗の実にてます いろりばた

あかるいあかるい 星の空 なきなきよがもの 渡る夜は ああ とうさんの あのえがお 栗の実たべては おもいだす

さよならさよなら 椰子の島 お舟にゆられて かえられる ああ とうさんよ ご無事でと 今夜もかあさんと 祈ります

3.紅葉(もみじ)

童謡「紅葉(もみじ)」

「秋の夕日に 照る山もみじ」が歌い出しの「紅葉(もみじ)」は、作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一による日本の童謡・唱歌です。1911年(明治44年)の「尋常小学唱歌」第二学年用に掲載されました。「日本の歌百選」の1曲です。

岡野・高野コンビは、「紅葉(もみじ)」の他にも「故郷(ふるさと)」、「春が来た」、「春の小川」、「朧月夜(おぼろづきよ)」などの日本の名曲を数多く残しています。

秋の夕日に照る山紅葉
濃いも薄いも 数ある中に
松をいろどる楓や蔦は
山のふもとの裾模様

渓の流に散り浮く紅葉
波にゆられて 離れて寄って
赤や黄色の色さまざまに
水の上にも織る錦

4.故郷の空

故郷の空

『故郷の空』(こきょうのそら)は、1888年(明治21年)刊行の唱歌集「明治唱歌 第一集」に掲載された日本の唱歌で、昭和初期・戦時中によく歌われました。

我々団塊世代の中学校の音楽の教科書にも掲載されていました。

当時の明治政府は、欧米列強の西洋文化を取り入れるべく、学校の音楽教材としてヨーロッパ民謡のメロディを取り入れた翻訳唱歌を次々と発表しており、この『故郷の空』もスコットランド民謡『ライ麦畑で出逢うとき(ライ麦畑を通って)』のメロディが編曲されて用いられています。

スコットランド民謡のメロディが用いられていますが、歌詞の内容は原曲と全く関係がありません(歌詞は翻訳されていません)。

『故郷の空』の歌詞では、故郷を離れて暮らす人物が、の情景の中で故郷の父母・兄弟を想い出すという望郷の思い・郷愁が描写されています。

夕空はれて、秋風ふき
つきかげ落ちて、鈴虫鳴く
思えば遠し、故郷の空
ああ、わが父母、いかにおわす

すみゆく水に、秋萩(あきはぎ)たれ
玉なす露(つゆ)は、すすきにみつ
おもえば似たり、故郷の野辺(のべ)
ああ、わが兄弟(はらから)、たれと遊ぶ

『故郷の空』の作詞者は、『鉄道唱歌』、『青葉の笛』などの作詞で知られる大和田建樹(おおわだ たけき)(1857年~1910年)です。

ちなみに、『故郷の空』と同じくスコットランド民謡を原曲とする日本の唱歌としては、『オールド・ラング・ザイン』を原曲とする『蛍の光』が特に有名です。

余談ですが、『故郷の空』の原曲『Comin’ Thro’ the  Rye(ライ麦畑で出逢うとき)』の歌詞は、「誰かと誰かがライ麦畑で出逢うとき、2人はきっとキスをするだろう。何も嘆くことはない。誰でも恋はするものだから・・・」という戯れ歌です。なかにし礼作詞でザ・ドリフターズが歌った替え歌の『誰かさんと誰かさん』の方が原曲の歌詞に近いものです。

誰かさんと誰かさん ザ・ドリフターズ

5.旅愁

旅愁/Foresta

「ふけゆく秋の夜 旅の空の」が歌い出しの『旅愁(りょしゅう)』は、犬童球渓(いんどう きゅうけい/1879- 1943)作詞による明治時代の唱歌です。「日本の歌百選」の1曲です。

1907年(明治40年)に出版された音楽教科書「中等教育唱歌集」に掲載されました。

我々団塊世代の中学校の音楽の教科書にも掲載されていました。

更け行く秋の夜
旅の空の
わびしき思いに
一人悩む
こいしや故郷
懐かし父母
夢路にたどるは
故郷の家路
更け行く秋の夜
旅の空の
わびしき思いに
一人悩む

窓うつ嵐に
夢も破れ
遥けき彼方に
こころ迷う
こいしや故郷
懐かし父母
思いに浮かぶは
杜の梢
窓うつ嵐に
夢も破れ
遥けき彼方に
こころ迷う

原曲は、オードウェイ(Ordway, John P.)(1824年~1880年)作曲『Dreaming of home and mother』(意味:故郷と母を夢見て)で、1868年にアメリカで出版された歌曲です。

オードウェイは、アメリカ民謡の父フォスターと同時期のアメリカのソングライターです。クリスティー・ミンストレルズにもいくつか楽曲を提供しています。

ちなみに、『旅愁』が掲載された唱歌集には、犬童球渓がアメリカ歌曲(ヘイス作曲)のメロディを用いた『故郷の廃家(幾年ふるさと 来てみれば)』も掲載されています。

6.星の世界

【童謡】星の世界(星の界)
「賛美歌312番」いつくしみ深き 森山良子

『星の世界』は、賛美歌『いつくしみ深き』のメロディに別の日本語歌詞をつけた日本の楽曲です。作詞:川路柳虹。小学校の音楽教科書に掲載され、音楽の授業で歌われることがあります。

かがやく夜空の 星の光よ
まばたく数多(あまた)の 遠い世界よ
ふけゆく秋の夜 すみわたる空
のぞめば不思議な 星の世界よ

きらめく光は 玉か黄金(こがね)
宇宙の広さを しみじみ思う
やさしい光に まばたく星座
のぞめば不思議な 星の世界よ

同様の替え歌は、明治43年(1910年)に文部省唱歌『星の界(よ)』として歌われていました(作詞:杉谷代水)。

賛美歌『いつくしみふかき』との関係はメロディのみで、賛美歌の歌詞の内容は星や宇宙とは直接関連していませんが、キリスト教の世界観は宇宙的な要素もあり、両者は全くの無関係とは言えないでしょう。

なお、賛美歌『いつくしみ深き』のメロディを用いた替え歌は『星の世界』以外にも何曲かあります。中学校の音楽教科書に掲載された作品としては、「澄みゆくみ空に 夕日は落ちて」が歌い出しの『秋に寄せて』、「月影さやけき 近江の湖(うみ)に」が歌い出しの『懐古』などが知られています。

7.秋の夜半

秋の夜半 (あきのよわ)|日本語歌詞付き|オペラ「魔弾の射手」より

『秋の夜半』(あきのよわ)は、歌人・国文学者の佐佐木信綱(ささきのぶつな)(1872年~1963年)作詞による明治唱歌です。1910年(明治43年)に中学唱歌として発表されました。

秋の夜半(よわ)の み空澄(す)みて
月のひかり 清く白く
(かり)の群の 近く来るよ
一つ二つ 五つ七つ

家をはなれ 国を出でて
ひとり遠く 学ぶわが身
親を思う 思いしげし
雁の声に 月の影に

メロディの原曲は、ドイツの作曲家ウェーバー(Carl Maria von Weber)によるオペラ『魔弾の射手』(まだんのしゃしゅ)で流れる序曲です。

ちなみに、讃美歌『主よ 御(み)手もて』も同じメロディで歌われます。

歌詞の内容は、澄んだ秋の夜空に月が白く清らかに輝く中、雁の群が空を舞うのを眺めながら、一人物思いにふける人物の物憂げな心境が描写されています。

佐佐木信綱は歌人としての活動の他、全国の小中学校・高校の校歌の作詞も手掛けているほか、いくつかの童謡・唱歌の歌詞も創作しており、今日では唱歌『夏は来ぬ』が特に有名です。

主よ御手もて引かせ給え/森山良子



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