独活(ウド)は木ではなく多年草なのに、なぜ「独活の大木」と言うのか?

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独活

皆さんは「独活の大木(うどのたいぼく)」ということわざはご存知だと思いますが、生えている「独活」を実際に見たことがある方は少ないのではないでしょうか?

1.「独活の大木」とは

ウド

《ウドの茎は木のように長くなるが、柔らかくて材としては使えないところから》体ばかり大きくて役に立たない人のたとえです。体の大きさに対し、中身がないという意味も込められています。

大きく育ちすぎたウドは食べることもできず、そうかといって柔らかい草本なので木材にすることもできず「大きくなっても何にも役に立たない」というわけです。

食べ頃(2月から4月)の若芽の時期を過ぎ、成長すると2~3mほどの木のようになるので「大木」と言うのでしょう。

同様の意味のことわざはたくさんあります。

・独活の大木柱にならぬ

・独活の大木蓮木刀(はすぼくとう)

「蓮木刀」とは、蓮根(レンコン)で作った木刀という意味です。

・大男総身(そうみ)に知恵が回り兼ね

対義語は「小男の総身の知恵も知れたもの」です。

・大男の殿(しんがり)

「殿」とは、「軍列の最後で敵の追撃に備えること」「隊列や順番などの最後になること」「最後尾」です。本来なら体が大きい男は合戦などでは先頭で活躍をするものですが、それが任せられない役立たずは最後尾となるので、「大男の殿」と言います。

・大男の見掛け倒し

・大きな大根辛(から)くなし

対義語は、「山椒は小粒でもぴりりと辛い」です。

・白豆腐の拍子木

見かけ倒しで働かない人や綺麗だけど道具として役に立たないものの例えです。
拍子木は火の用心の掛け声や相撲の呼び出しの際に使われる、叩くと「カンカンッ」と音の出る道具です。
これを豆腐で形だけ模造すると確かに白く美しいですが全く役に立ちません。

・千人持ちの蒟蒻

・長鞭馬腹(ちょうべんばふく)に及ばず

いかに力があっても、なお及ばないところがあるたとえです。 鞭 (むち)が長すぎると、かえって馬の腹に届かないことからです。

また、同様の意味を持つ英語のことわざに次のようなものがあります。

Great trees are good for nothing but shade.(大木は日陰を利用できること以外何の役にも立たない)

なお上の写真は、埼玉県日高市特産の独活です。日高市の独活は、土の中に深く掘りぬいた「独活穴」と呼ばれる地下むろで育てられます。

こうして手間暇かけて育てられた独活は、山独活に比べて、真っ白で柔らかく、あくがほとんどありません。

主に京都などの高級料亭などで使用され、関西地方への出荷、または市内直売所での販売となるため、市場にはあまり出回らない貴重なものです。旬の時期は、2月から4月までです。

2.「独活」とは

シーボルトの日本植物誌のウド

「独活(ウド)」は、ウコギ科タラノキ属の多年草です。若い葉や茎は香りが強く、「タラの芽」と同様に春の山菜として好まれます。俳句では晩春の季語です。

天ぷらにして食べるのは、主に新芽です。「広辞苑」には、「軟白栽培の若芽は食用とし、柔らかく芳香がある」とあります。

大型の多年草で丈が高く、高さ約1 m~ 1.5m に生長し、大きなものは2 mほどになります。茎は円柱形で太く、緑色をしており毛が生えます。

和名「ウド」の語源については、古い書物に、葉が生育すると中空になることから宇登呂(うどろ)と呼ばれ、それが略されてウドとなったという説があります。

漢字では「独活」と書きますが、これはもともとは中国の漢名です。

16世紀の中国の学者である李時珍(りじちん)(1518年~1593年)が著した植物事典『本草綱目』には、5~6世紀の学者陶弘景(とうこうけい)(456年~536年)の説として「茎が一本、まっすぐ上に伸び、風が吹いても揺れない。ゆえに独活という」と書かれています。

しかし同じ『本草綱目』で、「独揺草」という別名もあること、こちらの由来については古い文献の説として「この草は風が吹いても揺れないが、風がなくても独りでに揺れているように見える。ゆえに独揺草という」と紹介しています。どちらが正しいのか、私も実際に見たことがないのでよくわかりません。

なお野生種を「ヤマウド」と呼んで栽培種と区別することもありますが、同じ植物です。



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