「鬱(うつ)」といえば「憂鬱」や「鬱蒼」という熟語もありますが、最近ではひらがな書きした「うつ病」や「コロナうつ」などの言葉をよく目にします。
若い人はもちろん我々のような団塊世代も手書きで文章を書かず、パソコンで文章を書くようになり、パソコンだと簡単に「漢字変換」できるため、漢字を忘れがちになって来ています。
しかも、新聞やテレビでも「うつ病」や「コロナうつ」のようにひらがな書きが主流になったため、「鬱」という漢字を目にする機会も一段と減りました。
「鬱」という漢字は「複雑で難しい漢字」と思っている方も多いと思います。中には「見るのも嫌」「難しすぎて書けない」「覚えるなんてとんでもない」という人もおられるかもしれません。
しかし、この漢字をよく見ると面白く、なかなか味わい深いものがあると私は思っています。私は若い頃に漢和辞典を虫眼鏡で拡大して、覚えた記憶があります。
1.「鬱」という漢字の成り立ち
「鬱」という漢字は、「林」と「缶」と「冖」と「鬯」と「彡」の組み合わせで出来ています。
「会意兼形声文字」です。「大地を覆う木の象形と、酒などの飲み物を入れる腹部の膨らんだ蓋付き土器の象形(「柱と柱の間にある器」の意味)」と、「穀物の粒と容器の象形と匙(さじ)の象形と長く流れる豊かで艶やかな髪の象形(におい草」の意味)」から、「立ち込める良い香り」、「(良い香りが)ふさがる」を意味する「鬱」という漢字が成り立ちました。
もう少しわかりやすく言えば、「二本の柱(林)の間にある蓋(冖)付きの酒壺(缶)」に、「鬯(きび)から作った酒が入っており」「酒の香りがあたり一面に漂っている(彡)」ということです。
この「酒の香りがあたり一面に漂っている」ということから、「繁る、盛ん」という意味に使われ(「鬱蒼」など)ました。
また、「盛んに集まる」ことから、「塞がる、籠る」という意味を表すようになりました。「憂鬱」とは、「心配事がこもっている」という状態のことです。
「気が塞いで、誰とも口を利きたくない時は、酒を友とせよ」とこの漢字は教えてくれているようです。「酒に十の徳あり」(*)ということわざもあります。
(*)酒には次の十の長所があるということ。百薬の長、延命の効あり、旅行の食となる、寒さを凌げる、持参に便利、憂いを忘れさせる、位なくして貴人と交われる、労苦を癒す、万人と和合できる、独居の友となる。
ただしこれは酒飲みの勝手な解釈かもしれませんが・・・
2.「鬱」という漢字の覚え方
世の中には「鬱」のような「難しい漢字」をどうしたら簡単に覚えられるか工夫する人がいるようで、インターネットを検索すると次のような覚え方が紹介されていました。
歴史の年代を語呂合わせで暗記するようなものです。
(1)「リンカーンはアメリカンコーヒーを三杯飲んだ」という覚え方
鬱を分解すると、上部は「木+缶+木」、下部は「冖+鬯+彡」となります。これを語呂合わせの文章にして次のように表現します。
「リンカーンは アメリカンコーヒーを 三杯飲んだ」
木と木(林)の間に缶があるからリンカーン、冖はカタカナの「ワ」、鬯の上部を米+コとみなし、下部のヒとつなげてアメリカンコーヒー(米はアメリカの意)、彡は数字の三、という解釈です。
こじつけが多いと思われるかもしれませんが、この言葉を唱えながら「鬱」の字を書いてみると意外としっくりきます。そして何より、こうして遊び感覚で楽しみながら漢字を覚えることがポイントなのです。
(2)「ゲシュタルト崩壊」を利用した私の覚え方
私は前に「ゲシュタルト崩壊」の記事の中で、私流の「難しい漢字の覚え方」をご紹介しました。
私は難しい漢字(たとえば、「壽」や「鬱」など)を覚える時、その漢字を紙に大きく書いて、部首を分解してから覚えるようにしていました。これは「分解してから再構成する」という意味で、「ゲシュタルト崩壊」を逆手に取った方法と言えるかもしれません。
3.その他の難しい漢字や紛らわしい漢字の覚え方
蛇足ながら、その他の難しい漢字や紛らわしい漢字の覚え方をご紹介しておきます。参考にしてください。
(1)壽(ことぶき)
士(さむらい)のフエは 一吋(イチインチ) (※壽は寿の旧字体)
(2)櫻(さくら)
二階(二つの貝)の女が気(木)にかかる
(3)葡萄(ぶどう)
サクサク 浦和で 缶拾い
くさかんむりを「サ」、勹を「ク」、甫を「浦」と読んで覚えます。
(4)挨拶(あいさつ)
ムヤクタ
どちらも「手偏」なので、右側の「旁」を「ムヤ」「クタ」と覚えるわけです。
(5)瓜(うり)と爪(つめ)
瓜にツメあり 爪にツメなし
「瓜」の下右側部分の「ヽ」をツメと表し、「爪」にはそのツメがないという意味で、ダジャレのような言葉です。
4.今の中国では「憂鬱」を何と書くか?
今の中国では、漢字は「旧字体」ではなく「簡体字」が使われています。「簡体字」とは、中国政府によって1950年代の改革を経て1964に簡化字総表として簡略化された字体です。
なお、日本でいう「旧漢字」は、「繁体字」として主に台湾で使用されており、これは康煕字典に基づいています。なお ごく少数ですが、一部、簡略化された字体もあります。
漢字教育を否定した韓国の「ハングル」ほどではありませんが、私には戦後日本の「新字体」よりもひどいように感じます。
今の中国の「簡体字」では、「憂鬱」を何と書くのでしょうか?
答えは「忧鬱」で、「忧」は簡体字す。
なお「忧郁」とも書くようです。「郁」は今の日本語にもある文字ですが、「鬱」の原義に「馥郁たる酒の香りが漂う」という意味があるから「郁」を当てているのかもしれませんが、ちょっと飛躍し過ぎているようです。