日本語の面白い語源・由来(か-23)神楽・寒天・買って出る・がめつい・蒲焼

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神楽

日本語の語源には面白いものがたくさんあります。

前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。

以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。

1.神楽(かぐら)

巫女神楽

神楽」とは、神をまつるために奏する舞楽です。能の舞・狂言の舞・歌舞伎下座音楽の一つで、平安時代にその形が整えられました。神遊(かみあそび)とも言います。

楽器は和琴(わごん)、大和笛、笏拍子(しゃくびょうし)の三つを用いましたが、のちに篳篥(ひちりき)が加わりました。楽人は庭上の左右に本方(もとかた)、末方(すえかた)の座に分かれ、神楽歌をうたい楽器を奏します。舞人が舞を舞いますが、人長(にんじょう)は、榊(さかき)、幣(みてぐら)、杖(つえ)などの採物(とりもの)を持って舞います。12月に行なわれた内侍所(ないしどころ)の御神楽(みかぐら)が最も代表的なもので、その他、貴族の神祭にも夜、庭燎(にわび)をたいて行なわれました。

かぐらは、神霊の宿る場所として神座を設け舞楽を奏したことから、「神座(かむくら・かみくら)」が転じた語で、「かむくら」から「かんぐら」「かぐら」と変化したものです。
『十六夜日記』には、「かくら」といった例も見られます。

漢字の「神楽」は、舞楽の意味と「かぐら」の音から付けられたと考えられます。

神楽には平安中期から宮中に伝わるもの(「御神楽」)と、「里神楽」と呼ばれる民間の神楽があり、『天岩戸(あまのいわと)』における舞が日本最古と言われます。

「神楽」は冬の季語で、次のような俳句があります。

・ふるかれや 神楽拍子に 神楽声(八十村路通

・夜神楽や 鼻息白し 面の内(宝井其角

・夜神楽や 水涕拭ふ 舞の袖(高井几董)

2.寒天(かんてん)

寒天

寒天」とは、テングサ(天草)などの煮汁を凍結・乾燥した食品です。羊羹などの材料や医薬用にも用いられます。

寒天の製法は、17世紀の中頃、京都伏見にある旅館の美濃屋太左衛門が、「ところてん」を寒い屋外に放置してしまったことから偶然に発見されたものです。

そこから、宇治の万福寺高僧の隠元が、「寒空」や「冬の空」を意味する漢語「寒天」に、「寒晒心太(かんざらしところてん)」の意味をこめて命名しました。

寒天の語源には、「かん」は「乾」、「てん」が「ところてんのてん」のこととする説もありますが、有力とされていません。

余談ですが、私の故郷である高槻市・原地区は、古くから寒天の産地として有名です。

当初は水で洗ってそのまま食することが多かったと考えられ、1671年(寛文11年)刊の『料理献立集』に寒天を使用した精進刺身が載っています。菓子材料としては、1707年(宝永4年)の『御菓子之畫図』に寒天を使用した棹菓子が見られます。

その後、摂津国島上郡原村字城山(現:大阪府高槻市原)の宮田半兵衛製法を改良して寒天製造を広めました

1798年(寛政10年)には寒暖差の大きい島上郡・島下郡・能勢郡の18ヶ村による北摂三郡寒天株仲間が結成されており、農閑期の余業として寒天製造が行われました。寒天製造は1830年(天保元年)頃に隣接する丹波国へも伝播し、丹波国へ行商に来ていた信濃国諏訪郡穴山村(現:長野県茅野市玉川)の行商人・小林粂左衛門が1841年~1842年(天保12~13年)頃に諏訪地方へ寒天製造を広め、角寒天として定着しました。同地での角寒天づくりは21世紀も続いています。

「寒天製す」「寒天造る」「寒天晒す」「寒天干す」は、冬の季語です。

3.買って出る(かってでる)

買って出る

買って出る」とは、頼まれもしないのに、自分から進んで引き受けることです。

単に「買う」でも自ら進んで引き受ける意味があるので、「買って出る」は特に語源が無いように思える言葉ですが、花札から出た言葉です。

花札は三人で勝負するため、参加者が四人以上いる場合は、から数えて四人目以降の下座の者は外されます。

どうしても下座の者が勝負に参加したい場合は、代償として上座の者から役札を買い上げることから、自ら進んで引き受けることを「買って出る」と言うようになりました。

4.がめつい

がめつい奴・公演パンフレット

がめつい」とは、利益を得ることに抜け目がないこと、強欲であることです。

がめついは、昭和34年(1959年)から35年にかけて公演された、菊田一夫作の戯曲『がめつい奴』のヒットにより、流行語として全国に広まった語です。

がめつい奴

がめついには、「がめ」と「つい」にそれぞれ説があり、組み合わせによって幾通りかの説があります。

がめ」の語源には、以下の通り諸説あります
麻雀用語で「大勝を狙って貪欲に勝負する」といった意味とする説
「ちょろまかす」といった意味で使われる「がめる」を語源とする説
スッポンを亀の意味から「がめ」と言うことがあり、スッポンは一度くわえたら離さないため、それをたとえたとする説

つい」の語源には、「ごつい」「きつい」などの「つい」を加えたとする説と、「(運など)ついている」の「つい」を結び付けたとする説があります。

この中でも、スッポンの説と「ごつい」の「つい」の組み合わせが有力とされています。

がめるの語源には、近世の隠語で質に入れることを「かめる」といったことからとする説もありますが、「がめつい」と同じくスッポンの説が有力とされており、スッポンの「がめ」から「がめる」となり、「がめつい」が生まれたとも考えられます。

また、各説の中にも菊田一夫の造語とする説や、関西方言など様々な説があります。

5.蒲焼/蒲焼き(かばやき)

鰻の蒲焼

蒲焼」(蒲焼き)とは、開いて骨を取った鰻(うなぎ)や穴子(あなご)などを串刺しにし、醤油やみりんなどを合わせたタレをつけて焼いたもの(また、その料理法)のことです。

蒲焼きの語源は諸説あり、以下の順に有力とされています。

蒲の穂

昔は、開かずに竹串に刺して丸焼きしていましたが、その形が蒲の穂(がまのほ)(上の写真)に似ていたことから「がま焼き」と呼ばれ、転訛して「かば焼き」になったとする説
焼きあがった蒲焼きの色や形が、「樺の木(かばのき)」に似ていることからとする説
香りの良さから「香疾(かばや)」と呼ばれ、転じて「蒲焼き」になったとする説
「蒲鉾焼き」が略され、「蒲焼き」になったとする説