ギリシャ神話は面白い(その7)泥棒と嘘つきの天才でもあったヘルメース

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ヘルメース

『ギリシャ神話』はもともと口承文学でしたが、紀元前8世紀に詩人のヘーシオドスが文字にして記録しました。古代ギリシャの哲学、思想、宗教、世界観など多方面に影響を与え、ギリシャでは小学校で教えられる基礎教養として親しまれています。

絵画ではしばしばモチーフとして扱われ、多くの画家が名作を残しています。文学作品や映画などにも引用され、ゲーム作品でも題材になっていることがあります。たとえば、ディズニー映画の『ヘラクレス』はギリシャ神話をモデルにしたお話です。

『ギリシャ神話』(およびその影響を受けた『ローマ神話』)は、現在まで欧米人にとって「自分たちの文化の土台となったかけがえのない財産」と考えられて、大切にされ愛好され続けてきました。

欧米の文化や欧米人の物の考え方を理解するためには、欧米の文化の血肉となって今も生き続けている『ギリシャ神話』の知識が不可欠です。

日本神話」は、天皇の権力天皇制を正当化するための「王権神授説」のような神話なので、比較的単純ですが、『ギリシャ神話』は、多くの神々やそれらの神の子である英雄たちが登場し、しかもそれらの神々の系譜や相互関係も複雑でわかりにくいものです。

前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、「オリュンポス12神」およびその他の「ギリシャ神話の女神」「ギリシャ神話の男神」を紹介する記事を書きましたので、今回はシリーズで『ギリシャ神話』の内容について、絵画や彫刻作品とともに具体的にご紹介したいと思います。

原始の神々の系譜

オリュンポス12神

ギリシャ神話・地図

第7回は「泥棒と嘘つきの天才でもあったヘルメース」です。

1.ヘルメースとは

「伝令神」「雄弁と計略の神」のヘルメースは、ゼウスとマイアとの間に生まれた息子で「オリュンポス十二神」の一人です。

ちなみにマイアは、巨人アトラースとプレーイオネーとの間の7人の娘たち「プレイアデス(昴)」の一人です。

ヘルメースは神々の伝令使、とりわけゼウスの使いであり、「旅人、商人などの守護神」です。生まれてすぐに盗みを働いて嘘をつくなど、泥棒の才能を持っていると言われています。

能弁、境界、体育技能、発明、策略、夢と眠りの神、死出の旅路の案内者などとも言われ、多面的な性格を持つ神です。

その聖鳥は朱鷺(トキ)および雄鶏です。幸運と富を司り、狡知に富み詐術に長けた計略の神、早足で駆ける者、牧畜、盗人、賭博、商人、交易、交通、道路、市場、競技、体育などの神であるとともに、雄弁と音楽の神であり、竪琴、笛、数、アルファベット、天文学、度量衡などを発明し、火の起こし方を発見した知恵者とされました。

善と悪、賢者と愚者など相反する要素を併せ持ち、プロメーテウスと並んで物語を引っ掻き回すギリシア神話の「トリックスター」(*)的存在であり、文化英雄としての面を有しています。

(*)「トリックスター」(trickster)とは、神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を展開する者のことです。往々にしていたずら好きとして描かれます。善と悪、破壊と生産、賢者と愚者など、異なる二面性を持つのが特徴です。

この語は、アメリカの人類学者・民俗学者のポール・ラディン(1883年~1959年)がインディアン民話の研究から命名した類型です。スイスの精神科医・心理学者のカール・グスタフ・ユング(1875年~1961年)の『元型論』で取り上げられたことでも知られています。

イングランドの劇作家・詩人のウィリアム・シェイクスピア(1564年~1616)の喜劇『夏の夜の夢』に登場する妖精パックなどが有名です。ギリシア神話のオデュッセウスや北欧神話のロキもこの性格を持っています。

ゼウスはオリュンポス神族の伝令となる神を作るため、妻ヘーラーに気付かれないように夜中にこっそり抜け出し、愛人マイアに会いに行くことで「泥棒の才能」を、ヘーラーに隠し通すことで「嘘の才能」を、ヘルメースが持つように狙ったのです。

特にゼウスの忠実な部下で、神話では多くの密命を果たしています。代表的なのは百眼の巨人アルゴスの殺害で、ヘルメースの異名「アルゲイポンテース」は「アルゴスを退治した者」という意味です。古典期以降のヘルメースは、つば広の丸い旅行帽「ペタソス」を頭に被り、神々の伝令の証である杖「ケーリュケイオン」を手に執り、空を飛ぶことができる翼の生えた黄金のサンダル(タラリア)を足に履いた姿で表され、時には武器である鎌「ハルペー」(ショーテルとも)を持っています。

死者、特に英雄の魂を冥界に導く「プシューコポンポス」(魂の導者)としての一面も持ち、その反面冥界から死者の魂を地上に戻す役割も担っており、オルペウスが妻エウリュディケーを冥界から連れ出そうとした際に同行しました。

この点からタキトゥスはゲルマン人の主神であったウォーダン(北欧神話のオーディン)とローマのヘルメースたるメルクリウスを同一視しています。また、アポローンの竪琴の発明者とされます。

2.ヘルメースにまつわる神話

(1)アポローンの牛を盗んだ話

ヘルメースは早朝に生まれ、昼にゆりかごから抜け出すと、まもなくアポローンの飼っていた牛50頭を盗みました。ヘルメースは自身の足跡を偽装し、さらに証拠の品を燃やして牛たちを後ろ向きに歩かせ、牛舎から出た形跡をなくしてしまいました。

翌日、牛たちがいないことに気付いたアポローンは不思議な足跡に戸惑いますが、占いによりヘルメースが犯人だと知ります。激怒したアポローンはヘルメースを見つけ、牛を返すように迫りますが、ヘルメースは「生まれたばかりの自分にできる訳がない」とうそぶき、ゼウスの前に引き立てられても「嘘のつき方も知らない」と言いました。

それを見たゼウスはヘルメースに泥棒と嘘の才能があることを見抜き、ヘルメースに対してアポローンに牛を返すように勧めました。ヘルメースは牛を返しますがアポローンは納得いかず、ヘルメースは生まれた直後(牛を盗んだ帰りとも)に洞穴で捕らえた亀の甲羅に羊の腸を張って作った竪琴を奏でました。

それが欲しくなったアポローンは牛と竪琴を交換してヘルメースを許し、さらにヘルメースが葦笛をこしらえると、アポローンは友好の証として自身の持つ「ケーリュケイオンの杖」(下の左の画像)をヘルメースに贈りました(牛はヘルメースが全て殺したため、交換したのはケーリュケイオンだけとする説も。なお、殺した牛の腸を竪琴の材料に使ったとも)

アポローンが竪琴を持っている(下の右の画像)のはこの故事に由来します。

ケーリュケイオンの杖竪琴を持つアポローン

「ケーリュケイオンの杖」はヘルメースの「アトリビュート」(ゆかりのアイテム)で、柄に2匹の蛇が巻き付いている杖で、その頭にはしばしばヘルメースの翼が飾られています。

アポローンとお互いに必要な物を交換したことからヘルメースは商売の神と呼ばれ、生まれた直後に各地を飛び回ったことから旅の神にもなりました。

ヘルメースはヘーラーの息子ではありませんでしたが、アレースと入れ替わってその母乳を飲んでいたため、ヘーラーはそれが分かった後もヘルメースに対して情が移り、彼を我が子同然に可愛がりました。

(2)アルゴス殺し

ゼウスはイーオーという美女と密通していました。これを見抜いたヘーラーはゼウスに詰め寄りますが、ゼウスはイーオーを美しい雌牛に変え、雌牛を愛でていただけであると言い訳しました。ヘーラーは策を講じ、その雌牛をゼウスから貰うと、百眼の巨人アルゴスを見張りに付けました。

この巨人は身体中に百の眼を持ち、眠る時も半分の50の眼は開いたままでしたので、空間的にも時間的にも死角が存在しませんでした。ゼウスはイーオー救出の任をヘルメースに命じました。ヘルメースは葦笛でアルゴスの全ての眼を眠らせると、剣を用いてその首を刎ねました。(もしくは巨岩を投げ当てて撲殺しました。)

このことから、ヘルメースは「アルゲイポンテース」と呼ばれます。これは「アルゴス殺し(アルゴスを退治した者)」という意味です。

(3)好色

好色なところは、しっかりと父親であるゼウスの血を引いたようですね。

ある時アプロディーテーに惚れたヘルメースは彼女を口説きましたが、全く相手にされませんでした。そこでヘルメースはゼウスに頼んで鷲を借りてくると、その鷲と泥棒の才能を使ってアプロディーテーの黄金のサンダルを盗みました。

ヘルメースはこのサンダルを返すことを条件に関係を迫り、彼女を自由にしました。2人の間にはヘルマプロディートスとプリアーポスが生まれました。この他にもミュルミドーンの娘エウポレメイア、ペルセポネーやヘカテー、多数のニュムペーたちと関係を持っており、アイタリデース、エウドーロスやアウトリュコスなどの子供をもうけています。また、パーンもヘルメースの息子とされることがあります。

(4)ギガントマキアー(ギガントマキア)

「ギガントマキアー」(*)においてヘルメースはハーデースの隠れ兜を被って姿を消し、ギガンテスの一人ヒッポリュトスを倒しています。

(*)「ギガントマキアー」とは、ギリシャ神話における宇宙の支配権を巡る大戦で、巨人族ギガースたちとオリュンポスの神々が戦いを繰り広げました。

最強の英雄ヘーラクレースがオリュンポス側の味方として参戦したことでも知られています。

巨人はギガースあるいはギガンテスと呼ばれ、巨大で濃い毛を生やし、腰から下は竜の形をしていました。この巨人はクロノスによりウーラノスの性器が切り取られた際に滴り落ちた血をガイアが受胎し、産み落とされたものとされています。

予言により、この巨人には人間の力を借りなければ勝利は得られないと告げられており、オリュンポスの神々は負けはしないものの、巨人に打ち勝つことができませんでした。このため、ゼウスは人間の女アルクメーネーと交わり、ヘーラクレースをもうけ、味方としました。

ガイアはギガースの弱点を克服させるために、人間に対しても不死身になる薬草を大地に生やしましたが、これを察知したゼウスによっていち早く刈り取られ、遂にギガースがそれを得ることはありませんでした。

ギガースたちは、山脈や島々など、ありとあらゆる地形を引き裂きながら進軍し、巨岩や山そのものを激しく投げ飛ばして神々を攻撃しました。これに対し、オリュンポスの神々も迎撃を開始し、「ティーターノマキアー」以来の宇宙の存亡を賭けた戦争が再び始まりました。

ゼウスは巨人たちを雷霆で次々と撃ち倒し、戦闘不能になった巨人たちはことごとくヘーラクレースの強弓の餌食となりました。他の神々も奮闘し、ディオニューソスは杖で、ヘカテーは炬火で戦い、またアテーナーとポセイドーンは火山や島そのものを巨人に叩きつけて押し潰し、最後にヘーラクレースが強大な毒矢や怪力を以て巨人に止めを刺しました。

パレーネーの地に触れている限り無敵の力を得る最強の巨人もいましたが、ヘーラクレースの圧倒的な怪力によってその地から引き剥がされ、殺されました。 ギガースたちは神々とヘーラクレースによって皆殺しにされ、この壮大な戦争はオリュンポスの圧勝に終わりました。

この戦いの後、ガイアは最大最強の怪物テューポーンを産み落とし、ゼウスに最後の戦いを挑みました。