日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.鼬(いたち)
「イタチ」とは、食肉目イタチ科イタチ属の哺乳類の総称です。体は細く、脚が短く、長い尾を持っています。夜行性でネズミやニワトリ、昆虫などを捕食し、敵に襲われると肛門腺から悪臭を放って逃げます。
私が子供の頃住んでいた明治20年代に建てられた京町家では、夜中に屋根裏でネズミやイタチが時々運動会をしたものです。
イタチの語源は諸説ありますが、代表的な説は以下のとおりです。
①魚を捕らえるのが上手く、食い尽くしてしまうため「ウオタチ(魚絶ち)」の説。
②イタチは体毛が赤く、前足を上げて立ち上がった姿が火柱に似ることから、「ヒタチ(火立ち)」の説。
③獲物を捕らえる時、息をしないで近づくことから、「イキタチ(息絶ち)」の説。
④敵に襲われると屁を放って逃げることから、「イタヘハナチ(痛苦屁放)」の説。
⑤イタチは背伸びをして周囲の状況を偵察することから、「立つ」に軽くはずみを表す発語の接頭語「い」を加えた「いっ立ち」が転じたとする説。
断定は困難ですが、目にしやすいイタチの習性は立っている姿なので、②か⑤の説が有力と考えられます。
余談ですが、「いたちごっこ」という言葉があります。これは「同じようなことを繰り返すだけで決着がつかないこと」を意味する言葉です。
いつまでたっても埒(らち)が明かない様子や闘争などを表現しており、日常会話でもビジネスシーンでも使用されます。
なお、漢字で「鼬ごっこ」やカタカナで「イタチごっこ」と書かれる場合もありますが、ひらがなで「いたちごっこ」と記載するのが一般的です。
「いたち」は細長い体を持つ夜行性の動物ですが、なぜこのいたちが堂々巡りである様子を表す慣用句につながるのでしょうか?
実はいたちごっことは、いたちが直接の由来ではなく、江戸時代後期に流行した子どもの遊びが由来となっている言葉です。
このいたちごっことは、2人で向かい合って「いたちごっこ、ねずみごっこ」と唱えながら、互いに相手の手の甲をつねって自分の手をその上にのせ、それを交互に繰り返す際限のない遊びです。
これが転じて「お互いに同じようなことを繰り返して決着がつかないこと」という意味で使われるようになり、無益な状態を表す慣用句となりました。
なお、なぜこの遊びに「いたちごっこ、ねずみごっこ」という掛け声が使われているかというと、素早くつまみ合う様子が、いたちやねずみの素早さや、かみつく様に似ているからといわれています。
「鼬」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・黄昏や 萩に鼬の 高台寺(与謝蕪村)
・鼬鳴く 庭の小雨や 暮の春(永井荷風)
・畦豆に 鼬の遊ぶ 夕べかな(村上鬼城)
2.玉筋魚/鮊子(いかなご)
「イカナゴ」とは、スズキ目イカナゴ科の魚です。全長約25センチで体は細長く、腹びれがありません。
幼魚は煮干しや佃煮(くぎ煮)にし、成魚は天ぷらにします。「コウナゴ」「カマスゴ」「カナギ」とも言います。
イカナゴの「イカ」は「いかが(如何)」「いかなる(如何なる)」などの「いか」、「ナゴ」は「な(魚)」+「ご(子)」で、「いかなる魚」という意味です。
イカナゴの「いか」が「いか(如何)」であるのは、カマスに似ていて区別がつきにくところからと言われます。
しかし、「いか(如何)」は「どのような」「どんな」といった全く不明な際に用いられる語であるため、カマスに似ていることは関係ないと思われます。
イカナゴは夏に砂に潜って夏眠する習性があり、夏にどのような生活をしているか、漁師たちには不明であったところからの「いか(如何)」と考えられます。
漢字の「玉筋魚」は漢名を拝借したもので、「イカナゴ」の音や意味とは全く関係ありません。
「玉筋魚」の「玉」は群れているさまを表し、「筋」は姿が筋のように見えるところに由来すると言われます。
「いかなご」は春の季語で、次のような俳句があります。
・いかなごが 烏(う)の嘴に 生きてをり(星野立子)
・鮊子や 一人の暮し とは見えず(稲畑汀子)
・いかなごの 釘煮の匂う 橋ほとり(久次米平)
3.古(いにしえ)
「いにしえ」と言えば、まず百人一首にある伊勢大輔の歌を思い出しますね。
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
「いにしえ」とは、遠く過ぎ去った日々、昔、過去のことです。亡くなった人、故人という意味もあります。
いにしえは、「去る」を意味する動詞「いぬ(往ぬ)」の連用形「イニ」に、過去を示す助動詞「キ」の連体形「シ」がついた「イニシ」が、方向を表す名詞「ヘ(方)」を修飾した「往にし方(いにしへ)」。
本来「いにしえ」は、自分がまだ生まれていないような、はるか遠く過ぎ去った時代を表し、自分も生きて体験した過去を表すのが「むかし(昔)」でした。
中世頃から、「むかし」が「いにしえ」の意味でも使われるようになったため、両者に意味の違いが無くなり、主に文語として「いにしえ」が使われるようになりました。
4.石に針(いしにはり)
「石に針」とは、効き目のないことのたとえです。
石に針を刺しても何も効果がないことから、効き目のないことのたとえとなりました。
同様の句に「石に灸(いしにきゅう)」があることから、「はり」は治療で使う「鍼」のことで、石のような硬いものに鍼を刺しても、効果がないところからきたものと思われます。
5.鯔背(いなせ)
「いなせ」とは、粋で勇み肌でさっぱりしているさま、またその容姿やそのような気風の若者のことです。
いなせは、江戸日本橋魚河岸(うおがし)の若者の間で流行した髪型に由来します。
その髪型は、魚のイナ(ボラの若魚)の背に似ていることから、「鯔背銀杏(いなせいちょう)」と呼ばれました。
そこから、魚河岸の若者(鯔背銀杏を結った若者)のように、粋で勇み肌の者を「いなせ」と呼ぶようになりました。
いなせの語源には、「帰す」「行かせる」などを意味する「いなす(往なす)」の名詞形とする説もありますが、「いなす」は上方、「いなせ」が江戸の言葉であることから、この説は疑問です。