日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.呉服(ごふく)
「呉服」とは、和服用織物の総称です。反物。特に、絹織物を指します。
呉服は、古代中国の呉の国から伝来した織り方によって作られた織物のことをいいました。
しかし、単に「呉の服」の意味から、「呉服」になったわけではありません。
古く、呉服は「くれはとり」と言い、「呉織」とも書かれました。
「くれ」は「呉」の国を意味し、「はとり」は「はたおり(機織り)」の変化した語です。(「服部」を「はっとり」と読むのも、「はたおり」に由来します)
この「呉服(くれはとり)」を音読したのが「ごふく」です。
そのため呉服は「呉の服」と書きますが、機織りを指した言葉なので、「服(着物)」ではなく「織物(反物)」のことをいうのです。
2.極楽蜻蛉/極楽とんぼ(ごくらくとんぼ)
「極楽とんぼ」とは、のんきに暮らしている者をからかっていう語です。
極楽とんぼの「極楽」は、安楽で何の心配もない場所や境遇のことです。
「とんぼ」は昆虫のトンボのことで、極楽とんぼは、のんきに生活している者を極楽を飛ぶトンボのようなものとたとえた言葉です。
現代ではあまり使われませんが、極楽とんぼと同じ意味の言葉に「極楽とんび」もあります。
「とんぼ」や「とんび」が、このようなたとえに使われるようになった由来は、上空を優雅に舞うように飛ぶ姿からです。
トンボの中には素早く飛び、極楽とんぼというたとえには向かない種も多くあります。
ここでのトンボは、極楽が天国を意味するように、空高い位置にある場所であることから、空高く飛ぶアキアカネと考えられます。
3.寿(ことぶき)
「寿」とは、めでたいこと。また、その祝いや祝いの言葉のことです。長命。長寿。
寿は「ことほき(ことほぎ)」が変化した語で、「こと」は「言」、「ほき(ほぎ)」は動詞「祝く(ほく)」の連用形です。
平安時代以降、「ことほく」から「寿ぐ・言祝ぐ(ことほぐ)」や「寿く(ことぶく)」とも言うようになり、「ことぶく」の連用形が名詞化して「ことぶき」になりました。
「ほく」は「祝福する」意味の動詞ですが、「祈って幸福を招く」といった意味が強く、「ことほき」も言葉によって幸福を招き入れる、言葉によって現実をあやつるといった、日本古代の言霊思想が反映された言葉でした。
その後、「ことほき(ことぶき)」は「言葉で祝うこと」、「祝い事」「祝いの品」、さらに「長寿」と意味が広がり、祝言に限らず広い意味で「ことぶき」は「祝い」を表す言葉となりました。
4.麹/糀(こうじ)
「麹」とは、米・麦・大豆などを蒸し、室にねかせて麹かびを繁殖させたものです。酒・味噌・醤油・味醂などの醸造のほか、甘酒・漬物・菓子などの製造にも用います。
麹は、平安時代の漢和辞書『類聚名義抄』に「麹 カムタチ カムダチ」とあります。
このことから、「カビダチ(黴立)」→「カムダチ」→「カウダチ」→「カウヂ」と音変化したものといわれ、有力な説とされています。
ただし、中世の古辞書では「カウジ」しか見られず、「ヂ」の仮名遣いが異なる点に疑問の声もあります。
その他、「かもす(醸す)」の連用形「かもし」が変化したとする説もありますが未詳です。
漢字は「麹」のほか「糀」とも表記されますが、「糀」は国字(和製漢字)です。
「新麹(しんこうじ)」は秋の季語です。
5.胡麻(ごま)
「ごま」とは、ゴマ科の一年草です。インド・エジプト・アフリカのいずれかが原産です。種子は食用とされ、搾った油はごま油として利用されます。
ごまは中国を経由して日本に伝わった植物で、漢語の「胡麻」を音読みしたものが「ごま」です。
中国では西城の諸国を「胡」といい、「胡瓜(きゅうり)」「胡椒(こしょう)」「胡桃(くるみ)」と同じく、胡から持ち帰ったものには「胡」が冠されます。
ごまの実は麻の実に似ていることから、胡から持ち帰った麻に似た植物ということで、「胡麻」と称されるようになりました。
「胡麻」は秋の季語です。
6.炬燵/火燵(こたつ)
「こたつ」とは、日本独特の暖房具で、炭火や電気の熱源をやぐらで覆い、布団をかけて暖をとるものです。
こたつの漢字は「炬燵」や「火燵」のほか、古くは「火榻」とも書かれましたが、いずれも中国にはない表記です。
こたつは室町時代に禅宗から広まったもので、漢字の「炬燵」や「火榻」は、禅僧の発案と考えられています。
こたつの語源は、「火榻子(くゎたふし)」の唐音に由来する説が有力とされます。
「火榻子」は、こたつやぐらの形が牛車の乗り降りに利用する踏み台「榻(しじ)」に似ているためと考えられ、「子」は「椅子」の「子」と同様に、道具や物につけられる接尾語です。
こたつの語源には、「踏立(けたつ)」や「脚立(きゃたつ)」から分化したとする説もあります。
しかし、この説は音の面では分かりやすいですが、炉の前で暖をとっていたことからや、炉を腰掛として使っていたという想像を付け加えて、ようやく成立する説であるため、有力とされていません。
「炬燵」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・住みつかぬ 旅のこゝろや 置火燵(松尾芭蕉)
・寝ごゝろや 火燵蒲団の さめぬ内(宝井其角)
・猫老て 鼠もとらず 置火燵(正岡子規)
7.杮落とし/杮おとし(こけらおとし)
「こけら落とし」とは、新築または改築した劇場や映画館などで行われる初めての興行のことです。
こけら落としの「こけら」とは、材木を削った時に出る切り屑のことです。
新築や改装の工事の最後に、屋根などの「こけら」を払い落としたことから、完成後の初めての興行を「こけら落とし」と言うようになりました。
こけらの漢字「杮」は「柿」と似ていますが別字で、「柿」の旁(つくり)は鍋蓋に「巾」、「杮」は旁の縦棒が一本で貫かれており鍋蓋ではありません。
また、こけらには「木屑」の漢字が当てられることもありますが、こけら落としに「木屑」の字を使用することはありません。
8.蝙蝠(こうもり)
「コウモリ」とは、哺乳綱翼手目に属する動物の総称です。指・胴・後あし・尾との間に薄い飛膜を張って翼を形成し、自由に空を飛ぶ唯一の哺乳類です。超音波を発します。
コウモリは、平安中期には「カハホリ」と呼ばれ、平安末期には「カハボリ」と濁音化されました。その後、幾度かの音変化を経て、「コウモリ」という名前になりました。
コウモリの語源には、川辺の洞窟などにいることから、川を守るものの意味で「川守(かわもり)」や、蚊を食べることから「蚊屠り(かほふり)」、蚊を好むことから「蚊を欲り(かをほり)」など諸説あります。「蚊喰鳥(かくいどり)」という別名もあります。
しかし、「かわもり」は音変化の過程にある語なので考え難く、「カハボリ」の「カハ」が「皮」のアクセントと一致することから、「蚊」に由来する説も考え難いにものです。
「皮(かは)」と「ほり」からなり、「ほり」は「張り」か「振り」が転じた「皮張・皮振」で、コウモリは翼としている薄い飛膜に由来するものと考えられます。
「蝙蝠」「蚊喰鳥」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・かはほりや むかひの女房 こちを見る(与謝蕪村)
・かはほりや 月のあたりを 立ちさらず(久村暁台)
・我宿に 一夜たのむぞ 蚊喰鳥(小林一茶)
9.心(こころ)
「心」とは、人間の理性・知識・感情・意志などの働きのもとになると考えられるものです。気持ち。感情。精神。
心の語源には、「凝々(こりこり)」「凝々(ころころ)」「凝る(こごる)」などから転じたとする、「凝」に絡めた説が多くありますが、正確な語源は未詳です。
漢字の「心」は心臓の形をかたどったもので、中国語では心臓の鼓動と精神作用が結びつけて考えられていました。
『万葉集』には「肝向ふ 心砕けて」とあり、日本語の「こころ」も「肝(肝臓)」と向かい合うもの。つまり、心臓を意味する言葉だったようです。
中古以後に「こころ」は臓器としての「心臓」の意味が薄れ、漢語の「心(しん)」に代わり、「心の臓」という形で「心臓」を意味するようになりました。