日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.別嬪/別品(べっぴん)
「べっぴん」とは、「美女。美人。特別によい品」のことです。
べっぴんは「普通の品物とは違う」「特別によい品物」の意味として使われていた語で、江戸時代の歌舞伎脚本にも「別品」の表記が見られます。
本来、「別品」は品物だけを指す言葉でしたが、優れた人物も意味するようになり、女性に限らず男性にも用いられました。
やがて、女性の容姿のみを指すようになり、それに伴ない、高貴な女性を意味する「嬪」が当てられ、「別嬪」とも書かれるようになりました。
明治初期になると、美人を意味する「べっぴん」には、「別嬪」の漢字表記が多く用いられるようになりました。
当て字好きの夏目漱石は「別嬪」を使い、二葉亭四迷は初期頃の作品で「別嬪」を用いていましたが、後に「別品」を使うようになるなど、作家によって使う漢字は様々です。
なお、美人の意味では「別嬪」と「別品」の二通りの表記がありますが、特別によい品の意味では「別品」のみです。
2.べらぼう
「べらぼう」とは、「程度が甚だしいこと。普通では考えられないこと。人を罵っていう語」です。べらぼうめ。べらんめえ。
べらぼうは、漢字で「箆棒」と書きますが当て字で、語源は、寛文年間(1661~1673年)の末頃から、見世物小屋で評判になった奇人に由来します。
その奇人は全身が真っ黒で頭がとがり、目は赤くて丸く、あごは猿に似て非常に容貌が醜く、愚鈍なしぐさで客を笑わせていました。
奇人は「便乱坊(べらんぼう)」「可坊(べくぼう)」と呼ばれていたことから、「馬鹿」や「阿呆」の意味で「べらぼう」という語が生まれました。
やがて、人を罵る言葉は普通でない者に用いられることから意味が派生し、程度が酷いことや筋の通らないこととして使われるようになりました。
一説には、江戸中期の随筆『牛馬問』に、「阿房らしき事をべらぼうと隠語す。これ下賤の時花言葉(はやりことば)なれども今は通用の語となる」とあることから、博打用語を語源とする説もあります。
しかし、博打用語の「べらぼう」が「阿房らしき事」を意味するようになった経緯は不明で、奇人の話よりも後の書物であるため語源としては定かではなく、この語が一般に広く使われるまでは、博徒の間で使われていたと考えるにとどまります。
「べらぼうめ」という語は、「べらぼう」に強調の「め」が接尾語として付いたもので、「べらんめえ(べらんめい)」は「べらぼうめ」が音変化したものです。
「べらんめえ(べらんめい)」は江戸で用いられはじめ、江戸時代には上方にも移入されていましたが、現在では東京下町の方言とされています。
3.部屋(へや)
「部屋」とは、「家の中を壁などでいくつかに仕切った各区画」です。座敷。室。間(ま)。マンション・アパート・ホテルなど、生活や宿泊に使う一区画。
部屋の語源は、別々に隔てた家の意味から「隔屋・戸屋(へや)」です。
ふつう居住性のあるものを「部屋」と言いますが、古くは小さい付属建物や小屋にも用いられ、物置などにも「部屋」の語は用いられました。
アパートの一区画なども「家」と呼ばず、「部屋」と呼ぶことが多いですが、これも「別々の家」という意味に由来するもので、古くは長屋の一区画も意味していました。
力士が所属する「相撲部屋」も、「隔てた家」や「別々の家」の意味に通じます。
4.弁慶の泣き所(べんけいのなきどころ)
「弁慶の泣き所」とは、「向こう脛。弱点や急所のたとえ」です。
弁慶の泣き所の「弁慶」とは、源義経の家来 武蔵坊弁慶のことです。
弁慶ほどの豪傑でも、蹴られれば痛がって泣く急所の意味から、「向こう脛」の別称。また、弱点を急所のたとえとして「弁慶の泣き所」と言うようになりました。
向こう脛が弁慶の泣き所(急所)と言われるようになった理由は、他所に比べて向こう脛の骨は表面に近いところにあり、当てると痛いことからです。
ただし、弁慶の泣き所は、向こう脛ではなかったともいわれます。
本当の弁慶の泣き所は、中指の第一関節から先の部分(第二関節を折り曲げると力が入らないことから)や、盆の窪であったという説がありますが、弁慶が泣くような箇所であるか不明です。
弁慶の泣き所のように、英雄を引き合いに出して弱点となる体の部位を示す言葉は西洋にもあり、英語では「Achilles’ heel.(アキレス腱)」がそれに当たります。
5.米寿(べいじゅ)
「米寿」とは、「数え年で88歳。また、その祝い」のことです。
米寿は、「米」の字を分解すると「八十八」となることから、88歳を呼ぶようになりました。
米寿の祝い方は、基本的に還暦と同じですが、祝いの色は半寿と同じく金茶です。
6.糸瓜(へちま)
「へちま」とは、「熱帯アジア原産で、果実は細長の円柱形で深緑色のウリ科蔓性一年草」です。
へちまは、果実に繊維があるため、「糸瓜(イトウリ)」と呼ばれていました。
やがて、イトウリの「イ」が略されて「トウリ」とも呼ばれるようになり、漢字で「唐瓜」の字も当てられました。
へちまの語源は、この「トウリ」の「ト」が、「いろはにほへとちりぬるを」の「へ」と「ち」の間にあるため、「へちの間」で「へちま」になったとする説が有力とされていました。
しかし、頭の「イ」が略された「トウリ」の頭「ト」を更にひねった説は、こじつけの感が強いため、現在は有力とされていません。
その他、へちまの語源には、何本もの繊維をまとめたような実がなることから、「綜筋実(ヘスヂミ)」の意味という説があり、こちらの方が有力と考えられています。
余談ですが、正岡子規の命日(9月19日)は「糸瓜忌(へちまき)」と呼ばれます。これは、絶筆となった「絲瓜咲て痰のつまりし仏かな」など三句に詠まれた「へちま」をとって忌日名としたものです。
「糸瓜」は秋の季語で、次のような俳句があります。
・仏にも 是には馴るゝ 糸瓜かな(上島鬼貫)
・秋風に 吹かれ次第の 糸瓜かな(浪化)
・水とりて 妹が糸瓜は 荒れにけり(大島蓼太)
・堂守の 植ゑわすれたる 糸瓜かな(与謝蕪村)
7.へぼ・へぼい
「へぼ」とは、「下手なこと。腕前のつたないこと」です。
「へぼい」とは、「下手なさま。腕前のつたないさま」です。
方言のような響きの「へぼ」ですが「平凡」の略といわれ、坪内逍遙の『内地雑居未来之夢』には「平凡(へぼ)の女どもは」とあります。
江戸末期までには使われていた言葉のようで、俗語を集めた国語辞典『俚言集覧』にも「へぼ」の語が見られます。
「へぼい」は、へぼが形容詞化された語です。