ヒットのことをなぜ安打と呼ぶのか?戦時中、英語が敵性言語で使用禁止された以前からある!?

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安打

先日、妻から「ヒットをなぜ安打と言うの?」と聞かれ、はたと答えに窮しました。

「一塁打」「二塁打」「三塁打」「本塁打」「満塁」や「打者」「走者」「投手」「捕手」「右翼手」「中堅手」「左翼手」「遊撃手」「四球」「死球」「飛球」「邪飛」「盗塁」「併殺」などは、字面からすぐ日本語に翻訳した語源の想像が付きますが、「安打」の語源となるとちょっと考えてしまいます。

そこで今回は、「安打」の語源について考えてみたいと思います。

1.「野球用語訳語」での解説

野球用語訳語(『野球便用』1905.1、)によると 「One base hit」とは 「一打球ニテ一塁ヲ安全ニ得ル打球」とあります。 ここから「安打」という言葉が生まれたのでしょう。

1872年(明治5年)に日本に初めてベースボールが伝えられ、1894年(明治27年)旧制一高野球部の中馬庚選手が 「ベースボール」に「野球」という訳語を使用しました。 時代が軍国主義であることと、普及させるには馴染みの無い外国語のままより、 日本語に訳する必要性もあったのでしょう。

2.戦時中の「敵性言語の英語排除」による影響

「敵性言語」(敵性語)とは、敵対国や交戦国で一般に使用されている言語を指す言葉です。「敵声語」と当て字されることもあります。

特に大日本帝国では、日中戦争開戦により敵性国となったアメリカやイギリスとの対立がより深まる1940年(昭和15年)に入ると、英語を「軽佻浮薄」(けいちょうふはく)と位置づけ「敵性」にあたるものだとして排斥が進みました。

太平洋戦争突入により米英が完全な敵国(交戦国)となると、英文化排撃、アメリカ文化排撃、日本文化賞賛という流れのなかで、より顕著なものとなりました。

野球は敵国アメリカの事実上の国技であることから、太平洋戦争中、世間や国から「野球そのもの」が禁止されるのを免れるため競技団体自らによる徹底した英語排除が行われました。

野球には1890年ごろから正岡子規らが翻訳した、「打者」「走者」「四球」「直球」「飛球」「遊撃手」などの一連の和訳用語がすでに存在していたことも、この運動が特に野球で徹底される理由となりました。

1940年(昭和15年)には、球団名の日本語名への改称と、ユニホーム表記の漢字表記への変更が行なわれました。なお、阪急軍は「OSAKA」・「NIPPON」・「HANKYU」とアルファベットが入っている球団旗を使用していたため変更要求が出ましたが、英語ではないとして拒絶しています。

この当時日本野球連盟理事長だった鈴木龍二は、この通達が「強制というわけではない」ものだったとしながらも「言うことを聞かねば、(日本プロ野球が)潰されるかもわからんという感じのいわば命令という感じのニュアンス」だったと記しています。

1943年(昭和18年)1月21日、愛知県では「米国の国技たる野球を徹底的に排除し、日本の国技たる銃剣術や古来の武道を昂揚すべし」として野球排撃決議が行われました。

これに朝日新聞が同年1月26日朝刊で異を唱え、「支那事変で戦死した慶應の梶上は、トーチカに手榴弾を投げ込んで武勲をたてたではないか」と反論しました(この記事ではトーチカという”敵性語”を使用しているとされますが、トーチカはロシア語由来で当時はソビエト連邦と中立条約を結んでおり交戦状態ではありませんでした)

また、「米英かぶれや米英的根性の排撃は徹底的にやるべきだが、汽車も、飛行機も、潜水艦も、戦車なども、西洋由来である。」「野球問題はともかくとして、あまり神経的、末梢的になることは豪壮なる大東亜の建設を前にして、賛成できない。」と異論を唱えました

朝日新聞は同年3月12日の朝刊コラム「青鉛筆」で、野球用語の日本語化と4月からの実施を伝えました。急な言い換えのため、審判が「ストライク……もとい、よし1本」と言い間違えて観客を笑わせる一幕もあったということです

  • 「ストライク(ツー)」→「よし1(2)本」「正球」
  • 「ストライク スリー、ユー アー アウト」→「よし3本、それまで」
  • 「ボール」→「(だめ)1つ」「悪球」
  • 「ファウル」→「だめ」「圏外」「もとい」
  • 「アウト」→「ひけ」「無為」
  • セーフ」→「よし」「安全
  • 「バッテリー」→「対打機関」
  • 「タイム」→「停止」
  • 「スチール」→「奪塁」
  • 「バント」→「軽打」
  • 「ヒット・アンド・ラン」→「走打」
  • 「ホームチーム」→「迎戦組」
  • 「ビジターチーム」→「往戦組」
  • 「グラブ」「ミット」→「手袋」

3.「安打」の定義(為参考)

安打(あんだ)は、野球における打者の記録で、ヒットHit)の訳語です。日本の公認野球規則では9.05により安打は定められています。

地面に落ちる前に守備側の野手に捕球されなかった打球がフェアボールになり、打者が出塁すること」で公式記録員の判断で安打が記録されます。

基本的な考え方として、失策や野手選択によらずに、塁上にいる走者が1つ以上進塁するか、元の塁に留まるなどしてアウトになることなく、打者が一塁に到達できた場合には、安打であると考えて差し支えありません。