2024年度前期放送のNHK「連続テレビ小説」(朝ドラ)は、吉田恵里香作、伊藤沙莉主演で、日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリーの「虎に翼」です。主題歌は米津玄師 の「さよーならまたいつか!」、ナレーションは尾野真千子です。
モデルは、日本初の女性弁護士となり裁判官にもなった三淵嘉子(1914年~1984年)です。
私は2020年に放送された古関裕而をモデルにした朝ドラ「エール」の大ファンでした。2023年度前期に放送された日本の植物学者・牧野富太郎をモデルとした「らんまん」にも感動しました。今回も大いに期待しています。
ところで、一昨年(2022年)の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は、大河ドラマで人気のある「戦国時代・江戸時代(幕末を含む)」ではなく「平安時代末期~鎌倉時代」で、一般にはなじみの薄い登場人物が多く、それぞれの関係も複雑に絡み合っていました。
それにもかかわらず、「鎌倉殿の13人」が面白かったのは、主人公・北条義時(演:小栗旬)をはじめとする合議制のメンバー13人だけでなく、三浦義村(演:山本耕史)や梶原景時(演:中村獅童)、牧の方(演:宮沢りえ)、北条政子(演:小池栄子)、源頼朝(演:大泉洋)、源義経(演:菅田将暉)、文覚(演:市川猿之助)などの「脇役」が、生き生きと描かれ、彼らも主役とともに躍動する「群像劇」となっていたからです。これは脚本を担当した三谷幸喜さんの手腕の賜物だと私は思います。
彼らがどのような思いでこのような行動したのかを想像したり、自分が彼らの立場だったらどうしただろうかと考えたりするのも楽しみでした。
今年度前期の朝ドラ「虎に翼」も、このような「群像劇」ですが、「鎌倉殿の13人」ほど多くはありません。
しかし今回は、主人公のモデルの三淵嘉子自体が古関裕而や牧野富太郎などと比べて一般にはあまりなじみがないので、登場人物についての予備知識がないと、面白味も半減します。
そこで今回は、「虎に翼」の「物語のあらすじ」とともに、登場人物・キャストと相関関係をわかりやすくご紹介したいと思います。
1.タイトルの由来と物語のあらすじ
(1)タイトルの由来
タイトルの「虎に翼」とは、中国の法家・韓非子(かんぴし)の言葉で、「鬼に金棒」と同じく「強い上にもさらに強さが加わる」という意味です。
五黄の寅年生まれで“トラママ”と呼ばれたというモデルの三淵嘉子さんにちなみ、主人公の名前は寅子(ともこ)で、あだ名は“トラコ”となっています。
法律という翼を得て力強く羽ばたいていく寅子が、その強大な力にとまどい時には悩みながら、弱き人々のために自らの翼を正しく使えるよう、一歩ずつ成長していく姿をイメージしています。
(2)物語のあらすじ
「虎に翼」は、昭和時代を生き抜いた女性弁護士・猪爪寅子(いのつめ ともこ)とその仲間たちの物語です。猪爪寅子は、法という翼を手に入れ、女性初の弁護士、のちに裁判官となりました。物語は昭和のはじめ、日本初の女性専門に法律を教える学校ができ、そこへ集まった収まれない女性たちの姿を描きます。
昭和初期、日本初の女性が学べる法律学校(明治大学専門部女子部がモデル)が設立されました。そこに集ったのは、あふれ出す何かを抱えた女性たちです。主人公・猪爪寅子も、そのひとり。周囲から“魔女部”と陰口をたたかれる女性だけの学び舎で、彼女たちは自分たちの道を切り開く「法律」を学んでいきます。
そして昭和13年(1938年)、卒業生から寅子をはじめ、日本初の女性弁護士が誕生します。しかし「法学」という社会に羽ばたく翼を得たはずが、時代は戦争へと突き進んでいき、それを使える場は急速に消えてしまいます。
戦後、焼け野原に立つ寅子。すべてを失った中で明日を生きるために頼れるのは、かつて学んだ「法律」だけ。寅子は裁判官になることを決意します。戦争で親を亡くした子どもや苦境に立たされた女性たちのため、家庭裁判所の設立にも奔走していきます。
2.登場人物・キャストと相関関係(その1)猪爪家の人々
(1)猪爪 寅子(いのつめ ともこ)<演:伊藤 沙莉(いとう さいり)>
大正3年(1914年)五黄(ごおう)の寅年に生まれ、寅子(ともこ)と名付けられる。女学校の卒業を迎えた年、お見合い結婚を勧める母親を振り切って、女性に法律を教える日本で唯一の学校への入学を決意。そこで出会った仲間たちと切磋琢磨(せっさたくま)し、やがて日本初の女性弁護士となる。世間知らずで自信家の所もあるが、全てに全力の人。弁護士として、裁判官として、一歩ずつ成長していく。あだ名は“トラコ”。
(2)猪爪 はる(いのつめ はる)<演:石田 ゆり子(いしだ ゆりこ)>
寅子の母。 料理と整理整頓が得意で、猪爪家の家計も家事も完璧に管理するしっかり者。常に現実的で、寅子には早く結婚して欲しいと思っている。夢を語る寅子に厳しいアドバイスをすることも。末っ子の直明(なおあき)にだけは甘い。
主人公 寅子(三淵嘉子がモデル)の母 武藤ノブ(*)がモデルです。
(*)武藤ノブ(1892年~1947年)は、広島県出身ですが、幼い頃に父の宇野伝二郎を亡くし、香川県丸亀市で金貸し業と貸家業を営む裕福な伯父・武藤直言・駒子夫婦のもとで育ちました。
嘉子が法律家を目指す決意をした際は、「法律等を勉強しては嫁の貰い手が無くなる」と泣きながら猛反対したということです。
(3)猪爪 直言(いのつめ なおこと)<演:岡部 たかし(おかべ たかし)>
寅子の父。 銀行に勤め、3人の子どもの父として猪爪家を支える。大抵のことは笑って許してくれる優しい父だが、妻のはるには頭が上がらない。法律を学びたい寅子の夢を応援する。
主人公 寅子(三淵嘉子がモデル)の父 武藤貞雄(*)がモデルです。
(*)武藤貞雄(1886年~1947年)は、 香川県丸亀市出身の実業家です。代々丸亀藩の御側医を務めた宮武家の二男として生まれ、妻ノブの伯父で丸亀の市会議員・武藤直言の養子となりました。
一高、東京帝国大学法科大学政治科卒業後、1913年より台湾銀行シンガポール支店勤務、同行ニューヨーク支店長、同東京支店支配人を経て、台湾銀行の融資により設立された南洋鉱業公司に1925年に転じ、同社理事兼総支配人、石原産業海運顧問を務め、自身でも昭和興業合資会社を興し代表となり、その後北海鉱業、日本防災工業、昭和金属、昭和化工の社長などを務めました。
嘉子の良き理解者であり、女性が職業を持ち自立することを考えており、嘉子に「医者や弁護士などを目指すのはどうか」と提案しました。なお台湾銀行の頭取(1913年-1925年)を務めた中川小十郎とは一高、帝大政治科の同窓生です。
(4)佐田 優三(さだ ゆうぞう)<演:仲野 太賀(なかの たいが)>
猪爪家に下宿している書生。早くに両親を亡くし、弁護士だった父に憧れて大学に通うが、高等試験(現在の司法試験)にはなかなか合格できない。 昼は銀行で働き、夜は大学で勉学に励む。
主人公 寅子(三淵嘉子がモデル)の実家・猪爪家に下宿していた書生で、最初の結婚相手の和田芳夫(*)がモデルです。
(*)和田芳夫(?~1946年)は 武藤家の元書生で、三淵嘉子の父 武藤貞雄の丸亀中学時代の親友の甥です。丸亀中学校卒業後、勤労学生として明治大学夜間部で学び、東洋モスリンに就職、嘉子に見そめられて1941年結婚しました。しかし1945年に出征し、1946年長崎で戦病死しました。
(5)米谷 花江(よねたに はなえ)<演:森田 望智(もりた みさと)>
寅子の女学校の同級生。女学生のうちに結婚することが夢で、寅子の兄・直道と婚約中。妻として必要なものを全て習得し、家庭で一番になりたいと願う。寅子の親友から、やがて家族となる。
(6)猪爪 直道(いのつめ なおみち)<演:上川 周作(かみかわ しゅうさく)>
寅子の兄。 人が良く、妹思いの兄。寅子の親友・花江に一目ぼれし、婚約をしている。妹の結婚を心配しているが、好きなことをして欲しいとも思っている。
主人公 寅子のモデルである三淵嘉子は5人兄弟の長子(弟が4人)で、兄はいません。
ドラマで5歳上の兄のモデルとなっているのは、長男の一郎(*)の可能性があります。
(*)長男の武藤一郎(1916年~1944年)は、横浜高等商業学校卒業後日立製作所に入社しましたが出征し、1944年乗船していた富山丸が米軍の魚雷で沈没し、妻子を残して早世しました。
(7)猪爪 直明(いのつめ なおあき)<演:永瀬 矢紘(ながせ やひろ)>
寅子の弟 純粋な性格で家族想い。責任感が強く、家計を支えるため自分を犠牲にしようとするような一面も。
主人公 寅子のモデルである三淵嘉子は5人兄弟の長子で、弟が4人(*)いました。
ドラマで12歳下の弟のモデルとなっているのは、四男の武藤泰夫の可能性があります。
(*)4人の弟
長男の武藤一郎(1916年~1944年)は、横浜高等商業学校卒業後日立製作所に入社しましたが出征し、1944年乗船していた富山丸が米軍の魚雷で沈没し、妻子を残して早世しました。
次男の武藤輝彦(1921年2002年)は、東京帝国大学文学部美学科卒業後、昭和化工重役を経て日本煙火協会専務理事となりました。
三男の武藤晟造(1923年~?)は、医師です。
四男の武藤泰夫(1928年~?)は林野庁職員。2018年以後に死去。
3.登場人物・キャストと相関関係(その2)明律大学に関連する人々
寅子は明律大学の個性豊かな仲間たちと、法を学んでいきます。
(1)山田 よね(やまだ よね)<演:土居 志央梨(どい しおり)>
さっそうとした男装の女性。同級生の中でも人一倍やる気があるが誰とも群れたがらず、のんきに見える寅子たちに強く当たる。女性の社会進出に熱い信念を持っている。
(2)桜川 涼子(さくらがわ りょうこ)<演:桜井 ユキ(さくらい ゆき)>
華族のお嬢さま。ファッションや行動が雑誌で取り上げられるほどの有名人。海外で過ごした経験もあり英語が堪能で、成績優秀。いつもお付きの女性を伴って登校している。
(3)大庭 梅子(おおば うめこ)<演:平岩 紙(ひらいわ かみ)>
寅子の同級生で一番年上の学生。弁護士の夫がいる。家庭では3人の息子の母親。「若いとおなかがすくから」が口癖で、毎日のようにおにぎりを作ってきてくれる。
(4)崔 香淑(さい こうしゅく/チェ ヒャンスク)<演:ハ・ヨンス>
朝鮮半島からの留学生。法律を学んだ兄の勧めで明律大学女子部に進学した。日本語が堪能で、寅子たちともすぐに打ち解ける。
(5)花岡 悟(はなおか さとる)<演:岩田 剛典(いわた たかのり)>
社交的で学生たちの中心的な存在。女子部卒の学生たちにも心を開き、轟をいさめながら寅子たちと行動を共にする。女性から大人気で、寅子にとっても気になる存在。
(6)轟 太一(とどろき たいち)<演:戸塚 純貴(とづか じゅんき)>
寅子たちが女子部から法学部へ進学した際に出会う男子学生。男は強くあるべしと努めて男らしく振る舞う。女子部卒の学生たちに対し警戒心を持っているように見えるが……。
(7)久保田 聡子(くぼた さとこ)<演:小林 涼子(こばやし りょうこ)>
寅子の先輩となる女子部一期生のリーダー的な存在。率直な話し方でとっつきにくそうだが、後輩の面倒見は良い。
(8)中山 千春(なかやま ちはる)<演:安藤 輪子(あんどう わこ)>
同じく女子部の一期生。久保田とともに寅子たち後輩を歓迎する。人当たりが柔らかく、親切で、涙もろい。
(9)玉(たま)<演:羽瀬川 なぎ(はせがわ なぎ)>
桜川家のお付き。涼子(桜井ユキ)を敬愛し、いつもそばにいるため、寅子(伊藤沙莉)たちとも親しくなる。
(10)桜川 寿子(さくらがわ ひさこ)<演:筒井 真理子(つつい まりこ)>
涼子の母。夫・侑次郎を婿に迎え、桜川家を存続させた。娘・涼子にも自分と同じように婿を取り、家を守ってくれることを望んでいる。
(11)桜川 侑次郎(さくらがわ ゆうじろう)<演:中村 育二(なかむら いくじ)>
涼子の父。桜川家への入婿で、妻・寿子より立場が弱い。涼子の将来には放任主義の姿勢を見せる。
(12)稲(いね)<演:田中 真弓(たなか まゆみ)>
花江の実家・米谷家で働く女中。花江と寅子を母のように見守る。故郷の新潟に帰った後も、寅子との縁が続いていく。
4.登場人物・キャストと相関関係(その3)寅子の運命を変える人々
このひとつひとつの出会いが、物語のカギとなっていきます。
(1)穂高 重親(ほだか しげちか)<演:小林 薫(こばやし かおる)>
高名な法学者。女子教育に熱心で明律大学女子部の立ち上げに尽力し、教べんをとる。おおらかで何事にも動じないが、ひょうひょうとしておちゃめな一面も持つ。「法の世界」における寅子にとっての「生涯の師」。
穂積重遠(*)がモデルと思われます。
(*)穂積 重遠(ほづみ しげとお)(1883年~1951年)は、著名な民法学者で、東京帝国大学教授・法学部長、最高裁判所判事を歴任し、「日本家族法の父」と呼ばれます。東宮大夫兼東宮侍従長。男爵。勲一等旭日大綬章。
民法学者穂積陳重(ほづみ のぶしげ)の長男で、渋沢栄一の初孫です。実業家、政治家の渋沢敬三と政治家の阪谷希一は母方の従兄弟にあたります。岡野朝太郎に師事。弟子に中川善之助、来栖三郎などがいます。
(2)桂場 等一郎(かつらば とういちろう)<演:松山 ケンイチ(まつやま けんいち)>
司法の独立を重んじる気鋭の裁判官。堅物で腹の内を決して見せないため、周囲の人々も彼をつかみきれない。寅子に対して、女性が法律を学ぶことに疑問を呈する。「法の世界」の手ごわい先輩だが、実は甘党。
主人公 寅子の再婚相手の三淵乾太郎(*)がモデルと思われます。
(*)三淵乾太郎(1906年~1985年)は判事で、初代最高裁判所長官・三淵忠彦の長男です。前妻との間に四児。実弟に千代田生命保険社長の萱野章次郎、大東京火災海上保険常務の三淵震三郎、縁戚には反町茂作、石渡敏一、石渡荘太郎、白仁武ら政財界の大物が名を連ねています。
(3)笹山(ささやま)<演:田中 要次(たなか ようじ)>
いわゆる「傍聴マニア」で寅子たちと法廷でたびたび顔を合わせる。「笹寿司」の主人で寿司職人。寅子を娘のように思い、応援している。
(4)竹中 次郎(たけなか じろう)<演:高橋 努(たかはし つとむ)>
ゴシップ記事のネタを常に探す新聞記者。女子部の寅子たちのことも皮肉に書き立てる。各界に通じている事情もあり、時に寅子に忠告することも。
(5)雲野 六郎(うんの ろくろう)<演:塚地 武雅(つかじ むが)>
寅子が働くことになる雲野法律事務所の代表。人情に厚く、いつも依頼をタダ同然で受けてしまうので事務所の経営は苦しい。