前に「エモい古語辞典」という面白い辞典をご紹介しました。
確かに古語は現代の我々が普段あまり使わない言葉ですが、繊細な情感を表す言葉や、感受性豊かで微妙な感情を表す言葉、あるいはノスタルジーを感じさせたり、心を動かされる魅力的な言葉がたくさんあります。
そこで「エモい古語」をシリーズでご紹介したいと思います。
1.時の流れ
・星霜(せいそう):年月。星は1年で天を一周し、霜は毎年降ることから。
古くは「せいぞう」(*)とも読みました。
(*)『太平記』八「五百余歳の星霜(セイザウ)を経て、末世澆漓(まっせげうり)の今に至るまで」 〔柳宗元‐酬婁秀才詩〕
歌詞の中に「星霜」が出てくる有名な歌に、旧制第一高等学校の寮歌「嗚呼玉杯 (ああぎょくはい)」があります。「嗚呼玉杯に花うけて」は通称です。
明治時代のエリートである旧制高校生の心意気がひしひしと感じられる名曲です。
この曲にちなんだ佐藤紅緑(さとうこうろく)(1874年~1949年)の小説に「ああ玉杯に花うけて」があります。なお、佐藤紅緑は詩人のサトウハチロー(1903年~1973年)や小説家の佐藤愛子(1923年~ )の父です。
・幾星霜(いくせいそう):長い年月。
・百年/百歳(ももとせ):百年。百歳。転じて長い年月。
・五百歳(いおとせ):五百年。転じて長い年月。
「五百」を「いお」と読む例としては、政治学者・歴史学者の五百籏頭 眞(いおきべ まこと)氏や、「戦国時代最初の天下人」である三好長慶(みよしながよし)(1522年~1564年)に仕えた武将・松永久秀(まつながひさひで)(1508年~1577年)の出身地が高槻市の「五百住」です。本来は「いおずみ」ですが、地名としては「よすみ」と読みます。
・千歳(ちとせ):千年。転じて長い年月。
「七五三」の千歳飴や、北海道の地名「千歳市」にも使われていますね。
・幾年/幾歳(いくとせ):どれほどの年数。幾代(いくよ)
卒業式の定番ソング(今はそうでもないようですが)の「仰げば尊し」の歌詞にも出てきますね。
・千秋(ちあき/せんしゅう):長い年月。千百秋(ちおあき)
人の名前にもありますが、「一日千秋(いちじつせんしゅう)」のような四字熟語にも使われています。
・常永久(とことわ):永久不変であるさま。永久(とわ)。とこしえ。
・烏兎(うと):「金烏玉兎(きんうぎょくと)」の略で、太陽と月のこと。また、月日や歳月のこと。「烏兎匆匆(うとそうそう)」は、月日の経つのは早いという意味。
・一期(いちご):生まれてから死ぬまで。一生。
葬儀式などで、葬儀社から「○○を一期として浄土へ旅立たれました」などと紹介されますね。
・終日/尽日(ひねもす):一日中、朝から晩まで。
与謝蕪村(1716年~1784年)の俳句「春の海ひねもすのたりのたり哉」は有名ですね。
・閑日月(かんじつげつ):特にすることもなく過ごす月日。ゆったりとする日々。
・須臾(しゅゆ):しばらくの間。わずかの間。
「須臾」については「時間にまつわる面白い話(その2)。短い時間の単位や陸上競技等の計時方法も紹介」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
・玉響(たまゆら):ほんのわずかの間。「ゆら」は、玉の触れ合う音のこと。
NHKの朝の連続テレビ小説(朝ドラ)に、ノーベル文学賞を受賞した小説家・川端康成(1899年~1972年)が初めてドラマ用に書き下ろした作品「たまゆら」(昭和40年)がありましたね。川端康成も特別出演し、映画界の名優・笠 智衆のテレビ初出演作品でもありました。このドラマの影響で、ロケ地の宮崎への新婚旅行ブームが過熱しました。
・ちろり:瞬間的であるさま。「ちろりに過ぐる」は、またたく間に過ぎるという意味。
・疾く(とく):早く。速やかに。急いで。
「風林火山(ふうりんかざん)」にも出てきますね。風林火山は、武田信玄の旗指物( 軍旗 )に記されたとされる「 疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山 」の通称です。これは「孫子」の「軍争篇」が出典です。
兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり。故に其の疾(はや/と)きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷震の如く、郷に掠めて衆に分ち、地を郭めて利を分ち、権を懸けて動く。
2.朝
・暁降ち(あかときくたち):夜がその盛りを過ぎて、次第に明るくなること。また、そのころ。「あかとき」は暁(あかつき)の古形、「降(くた)つ」は盛りを過ぎる、夜半が過ぎて明け方へ向かうという意味。
・夜のほどろ(よのほどろ):夜が明けるころ。または夜。
・白白明け(しらしらあけ):夜明けごろ、次第に空が白くなり始めること。
・仄々明け(ほのぼのあけ):夜がほのぼのと明けること。
・朗ら朗ら(ほがらほがら):朝が次第に明るくなっていくさま。
「東雲(しののめ)の ほがらほがらと 明けゆけば おのがきぬぎぬ なるぞかなしき」(詠み人知らず「古今和歌集」)(意味:明け方になって空がだんだんと晴れやかに明けてゆくころ、共寝をしていた二人がそれぞれ自分の衣を再び着て別れてゆくのは悲しいことです)
これは「後朝(きぬぎぬ)の別れ」の悲しさを歌った分かりやすい歌です。
・朝ぼらけ(あさぼらけ):夜がほのぼのと明けて空がほのかに明るくなったとき。
「朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪」(坂上是則「百人一首」)(意味:明け方、空がほのかに明るくなってきた頃、有明の月かと思うほど明るく、吉野の里に白々と雪が降っていることだよ)
・東雲(しののめ):夜明け。東の空がほのかに明るくなるころ。住居に明り取りの用途で設置された「篠竹(しのたけ)の網の目」(しののめ)から淡い光が洩れてくる様子が語源とする説があります。
・黎明(れいめい):夜明け。東の空がほのかに明るくなるころ。明け方。天明(てんめい)。
・払暁(ふつぎょう):明け方。あかつき。
・陽炎(かぎろい):明け方。東の空にちらちらと赤みを帯びて見える光。またはかげろう。春の季語。
・金霞(きんか):黄金色に輝く朝焼け、または夕焼け。
・茜さす(あかねさす):茜色に美しく照り輝くの意から「日」「昼」「紫」「月」などにかかる枕詞。
「万葉集」にある額田王(ぬかたのおおきみ)の次の歌が有名ですね。
「茜さす 紫野(むらさきの)ゆき 標野(しめの)ゆき 野守(のもり)は見ずや 君が袖ふる」 (意味:紫草の栽培地、御料地なのに、見張りに見つからないかな。君がそんなに袖振ったら)
・彼は誰時(かはたれどき):誰とはっきり見分けられないくらい薄暗いころ。おもに明け方の時間帯を指しますが、夕暮れ時にも用います。
・後朝(きぬぎぬ):男女が互いの着物を重ねかけて共寝した翌朝、起きて着るそれぞれの衣服。朝の別れの象徴。または男女が一夜をともにした翌朝。「衣衣」とも書きます。
3.夕
・灯点し頃(ひともしごろ):家々が明かりをともす夕暮れ時。
・雀色時(すずめいろどき):空が雀の羽の色のように薄暗くなったころ。夕暮れ時。
・黄昏時(たそかれどき/たそがれどき):夕方の薄暗いころ。夕暮れ時。黄昏。「誰(た)そ彼(かれ)は」と人の顔が見分けにくいときという意味です。
・逢魔が時(おうまがとき):魔物などの妖しいものに出逢いそうな、あるいはわざわいを予感させる夕暮れの薄暗い時間帯。
・うそうそ時(うそうそどき):明暗のはっきりしない夕暮れ、または夜明けの薄暗いころ。「うそうそ」は、はっきりしないさまを意味する古語です。
・天が紅(あまがべに):夕焼けで赤く染まった雲。夕焼け雲。
・空火照り(そらほでり):夕焼けで空が赤く映えること。
・夕紅(ゆうくれない):夕日を受けて、西の空がくれないに染まること。
・夕彩(ゆうあや):夕日を受けて、ものの色などが美しく輝くこと。夕映え(ゆうばえ)。
・夕轟(ゆうとどろき):夕方の騒がしさ。または夕暮れ時に恋する気持ちがざわめくこと。
・夕月夜(ゆうづくよ/ゆうづきよ):夕暮れの空に出ている月。またはその月が出ている夜。秋の季語。
「君死にたまふことなかれ」という反戦詩で有名な与謝野晶子に次のような和歌があります。
「なにとなく 君に待たるる ここちして 出でし花野の 夕月夜かな」(意味:なんとなく恋しい人が待っていてくれるような気がして、花の咲く野原に出てみると、空には美しい夕暮れの月が浮かんでいることでした)
・月代/月白(つきしろ):月が出る直前、東の空が白々(しらじら)と明るく見えること。秋の季語。
4.夜
・夜去方(よさりつかた):夜がやって来るころ。「夜去(よさり)」は夜の意味。ようさりつかた。よさりがた。
・小夜すがら(さよすがら):一晩中。「終夜(よもすがら)」とも言います。
・夜の悉(よのことごと):一晩中。
・烏夜(うや):(カラスが黒いことから)闇夜。
・つつ闇(つつやみ):真っ暗闇
・下つ闇(しもつやみ):陰暦で月の下旬の闇夜。
・星月夜(ほしづくよ/ほしづきよ):星の光が月のように明るく見える夜。
「炎の画家」と呼ばれるオランダの画家ゴッホに「星月夜」(フランス語: La nuit étoilée、オランダ語: De sterrennacht、英語: The starry night))(下の画像)という有名な絵がありますね。
・星の齢(ほしのよわい):星が出ている夜の時間。
・春宵(しゅんしょう):春の夜。春の季語。
中国北宋の詩人・書家・政治家の蘇軾(蘇東坡)(1037年~1101年)の「春夜」という有名な漢詩に「春宵一刻値千金」という一節がありますね。
・花月夜(はなづくよ/はなづきよ):桜が咲くころの満月の夜。春の季語。
・卯の花月夜(うのはなづくよ/うのはなづきよ):卯の花(ウツギの花)が白く咲いている、月の美しい夜。または卯の花の白さを月の光に見立てた言葉。
・短夜(みじかよ):夜明けの早い夏の夜。夏の季語。
・雪月夜(ゆきづきよ):雪のある月夜。冬の季語。
・冴ゆる夜(さゆるよ):大気が澄みわたるような寒さの厳しい冬の夜。冬の季語。
・待つ宵(まつよい):来るはずの人を待っている宵。季語としては、十五夜を待つ夜ということで、陰暦八月十四日の夜を言います。秋の季語。
・可惜夜(あたらよ):明けてしまうのが惜しいくらいすばらしい夜。
「後撰和歌集」にある源信明(みなもとのさねあきら)(910年~970年)の次の歌が有名です。
「あたら夜の 月と花とを おなじくは あはれしれらむ 人に見せばや」(意味:惜しいばかりのこの良夜の月と花を、同じ見るなら、情趣を分かってくれる人、あなたにも見せて一緒に味わいたいものだ)
・天の足り夜(あま/あめのたりよ):満ち足りた気持ちで過ごす夜。
「万葉集」に次のような歌(詠み人知らず)があります。
「現(うつつ)には 君には逢はず 夢(いめ)にだに 逢ふと見えこそ 天之足夜を」(意味:現実にあなたに逢えなくても、せめて夢の中だけでも逢えたなら、満ち足りた気持ちで夜を過ごせる)
・間夜(あいだよ):契りを交わした男女が次に逢うまでのその間の夜。逢わずにいる夜。