前に「エモい古語辞典」という面白い辞典をご紹介しました。
確かに古語は現代の我々が普段あまり使わない言葉ですが、繊細な情感を表す言葉や、感受性豊かで微妙な感情を表す言葉、あるいはノスタルジーを感じさせたり、心を動かされる魅力的な言葉がたくさんあります。
そこで「エモい古語」をシリーズでご紹介したいと思います。
1.春夏秋冬
①春
・踏青(とうせい):古代中国の風習で、春先に野に出て草を踏んで遊ぶこと。野遊び。ピクニック。春の季語。季語では「青き踏む」とも。
余談ですが、よく似た言葉に「青鞜(せいとう)」があります。婦人解放運動を精力的に展開した平塚らいてう(平塚雷鳥)(1886年~ 1971年)が主宰した女流文学結社「青鞜社」の機関紙の名前です。
「青鞜」という言葉は、18世紀のロンドンで、文芸愛好家女性の会「ブルー・ストッキングス・ソサエティ」のメンバーが、伝統的な黒のシルクではなく青色の靴下(実際は灰色の梳毛糸のもの)などのカジュアルな服装で集まっていたことに由来します。そのことから英語で Blue stockings は知的な女性を意味します。
・桃花水(とうかすい):桃の花が咲く三月ごろ、雪解けによって流れる水。春の季語。
・春愁(しゅんしゅう):春の季節になんとなく気がふさいで、物憂くなること。または思春期にいだく感傷的な気持ち。春の季語。
「春愁秋思(しゅんしゅうしゅうし)」という四字熟語はがあります。意味は、「春の日にふと感じる物悲しさと、秋にふと感じる寂しい思い。よい気候のときに、なんとなく気がふさぐこと。また、いつも心のどこかに悲しみや悩みがあること」です。
岩崎宏美が歌った「思秋期」(阿久悠作詞・三木たかし作曲)はこの感じをよく表わした名曲ですね。
・鞦韆(しゅうせん):ブランコの漢語。古代中国では、寒食の節(冬至から105日目)に宮廷の女性たちがブランコ遊びに興じる行事があり、春の風物詩として漢詩に詠まれるようになりました。春の季語。
中国北宋の詩人・書家・政治家の蘇軾(蘇東坡)(1037年~1101年)の「春夜」という有名な漢詩にも「鞦韆院落夜沈沈」という一節がありますね。
・ふらここ:ブランコの古語。「ゆさはり」とも言います。春の季語。
・春灯(はるともし/しゅんとう):春の夜のともしび。春の季語。
・行く春(ゆくはる):過ぎ去りゆく春。春の季語。
俳聖・松尾芭蕉に次のような有名な句があります。
「行く春を 近江の人と 惜しみけり」(意味:琵琶湖のほとりの過ぎ行く春を、近江の国の人々と一緒に惜しんだことだ)
「行く春や 鳥啼(な)き 魚の目は泪(なみだ)」(意味:春が過ぎ去ろうとしているところに、旅立つ別れを惜しんでいたら、鳥たちは悲しそうに鳴き、水の中の魚も涙をためているではないか。より悲しみが沸き上がってくる)
・佐保姫(さほひめ):春をつかさどる女神。佐保山が平城京の東にあり、東は中国の「五行説」で春にあたることから。春の季語。
②夏
・早波(さなみ):五月ころに立つ波。夏の季語。
・五月闇(さつきやみ):梅雨が降るころの暗さ。夏の季語。
・朱夏(しゅか):夏の異称。「五行思想」で、中国では赤を夏に配することから。夏の季語。
・溽暑(じょくしょ):夏の蒸し暑さ。夏の季語。
・夏の霜(なつのしも):夏の夜に霜が降りたかのように、月の光がしらじらと地上を照らしている様子。夏の季語。
・夏暁(なつあけ):夏の夜明け。夏の季語。
・夏木立(なつこだち):夏に生い茂る並木。夏の季語。
「君死にたまふことなかれ」という反戦詩で有名な与謝野晶子の次の歌は有名ですね。
「鎌倉や 御仏(みほとけ)なれど 釈迦牟尼(しゃかむに)は 美男におはす 夏木立かな」(意味:ああ鎌倉だなあ。仏さまだけども大仏さまは美男でいらっしゃる。夏の木立の中で)
・木下闇(こしたやみ/このしたやみ)
夏の強い日差しが作るくっきりとした闇のような木陰。夏の季語。
・筒姫(つつひめ):夏をつかさどる女神。夏の季語。
③秋
・桐一葉(きりひとは):桐の葉が落ちるのを見て秋の到来を知ること。衰亡の兆しのたとえ。桐の一葉。秋の季語。
「桐一葉落ちて天下の秋を知る」ということわざがあります。「一葉(いちよう)落ちて天下の秋を知る」とも言います。これは「淮南子(えなんじ)」説山訓にある言葉が由来です。
(他の木より早く落葉するあおぎりの葉の一枚が落ちるのを見て、秋が来たのを知る意から)わずかな現象を見て、その大勢を予知することのたとえです。
・遠花火(とおはなび):遠くで打ち上げられている花火。秋の季語。
・灯籠/灯篭/燈籠(とうろう):枠に紙を張った火屋(ほや)に火を入れてともす器具。屋外の照明に使われました。秋の季語。
・爽籟(そうらい):さわやかな秋風の音。「籟」とは穴が三つある笛で、風が物に当たって発する音のことも指します。秋の季語。
松の梢(こずえ)に吹く風を意味する「松籟(しょうらい)」という言葉もあります。
・龍淵に潜む(りゅうふちにひそむ):中国後漢時代の「説文解字」の「龍は春分にして天に昇り、秋分にして淵に潜む」をもとにした想像上の季語。秋の季語。
・小春(こはる):気候が温暖で春に似ていることから、陰暦十月の異称。「小春日和(こはるびより)」は、晩秋から初冬にかけての暖かな晴天。秋の季語。
・竜田姫(たつたひめ):秋をつかさどる女神。紅葉を織りなすと信じられました。竜田山が平城京の西にあり、西は「五行説」で秋にあたることから。秋の季語。「秋姫」とも言います。
④冬
・枯木星(かれきぼし):葉が落ちた枯木の枝越しに見える星。冬の季語。
・冬萌(ふゆもえ):冬の暖かい日に木の芽や草の芽が萌え出でるさま。冬の季語。
・帰花/返花(かえりばな):春に咲く花が冬に返り咲くこと。冬の季語。
・朽野(くだらの):草が枯れ果てた冬の野原。冬の季語。
・冬ざれ(ふゆざれ):草木が枯れて物寂しい冬の様子。冬の季語。
・冬うらら(ふゆうらら):穏やかに晴れた冬の日。冬の季語。
・鐘冴ゆる(かねさゆる):冬の冷たい空気の中で、風の音が冴え冴えと聞こえること。冬の季語。
・春隣(はるとなり):春がもうすぐそこまで来ていること。冬の季語。
「叱られて 目をつぶる猫 春隣」(久保田万太郎)
・宇津田姫/うつ田姫(うつたひめ):冬をつかさどる女神。冬の季語。
2.月の異名
・睦月(むつき):陰暦一月の異名。ほかに「霞初月(かすみそめづき)」「早緑月(さみどりづき)」「初春月(はつはるづき)」「初空月(はつそらづき)」などの異名があります。
・如月(きさらぎ):陰暦二月の異名。ほかに「梅見月(うめみづき)」「雪消月(ゆききえづき)」「木芽月(このめづき)」「初花月(はつはなづき)」「花朝(かちょう)」「令月(れいげつ)」「仲春(ちゅうしゅん)」などの異名があります。
・弥生(やよい):陰暦三月の異名。ほかに「花見月(はなみづき)」「花咲月(はなさきづき)」「桜月(さくらづき)」「夢見月(ゆめみづき)」「春惜月(はるおしみづき)」「桃月(とうげつ)」「花飛(かひ)」「暮春(ぼしゅん)」「早花咲月(さはなさづき)」などの異名があります。
・卯月(うづき):陰暦四月の異名。ほかに「卯の花月(うのはなづき)」「花残月(はなのこりづき)」「夏端月(なつはづき)」「得鳥羽月(えとりはのつき)」「木葉採月(このはとりづき)」「清玉(せいぎょく)」などの異名があります。
・皐月(さつき):陰暦五月の異名。ほかに「星火(せいか)」「早苗月(さなえづき)」「小雲月(さくもつき)」「五月雨月(さみだれづき)」「橘月(たちばなづき)」「菖蒲月(あやめづき)」「月不見月(つきみずづき)」「仲夏(ちゅうか)」「吹雪月(ふぶきづき)(*)」などの異名があります。
(*)「吹雪月」は、白い卯の花を吹雪に見立てた語とされます。
・水無月(みなづき):陰暦六月の異名。ほかに「蝉羽月(せみのはづき)」「風待月(かぜまちづき)」「涼暮月(すずくれづき)」「常夏月(とこなつづき)」「朔月(さくげつ)」「季夏(きか)」などの異名があります。
・文月(ふみづき/ふづき):陰暦七月の異名。ほかに「七夕月(たなばたづき)」「七夜月(ななよづき)」「女郎花月(おみなえしづき)」「歌見月(うたみづき)」「蘭月(らんげつ)」「愛逢月(めであいづき)」などの異名があります。
・葉月(はづき):陰暦八月の異名。ほかに「雁来月(かりくづき)」「燕去月(つばめさりづき)」「紅染月(こうぞめづき)」「秋風月(あきかぜづき)」「桂月(けいげつ)」などの異名があります。
・長月(ながつき):陰暦九月の異名。ほかに「菊月(きくづき)」「紅葉月(もみじづき)」「色取月(いろどりづき)」「色染月(いろそめづき)」「寝覚月(ねざめづき)」「玄月(げんげつ)」「季秋(きしゅう)」などの異名があります。
・神無月(かんなづき):陰暦十月の異名。ほかに「時雨月(しぐれづき)」「木葉月(このはづき)」「初霜月(はつしもづき)」「神去月(かみさりづき)」「陽月(ようげつ)」「孟冬(もうとう)」などの異名があります。
・霜月(しもつき):陰暦十一月の異名。ほかに「神楽月(かぐらづき)」「霜降月(しもふりづき)」「雪見月(ゆきみづき)」「雪待月(ゆきまちづき)」「星紀(せいき)」「仲冬(ちゅうとう)」などの異名があります。
・師走(しわす):陰暦十一月の異名。ほかに「臘月(ろうげつ)」「春待月(はるまちづき)」「季冬(きとう)」「梅初月(うめはつづき)」「三冬月(みふゆづき)」「暮古月(くれごづき)」「雪月(ゆきづき)」「限りの月(かぎりのつき)」などの異名があります。