前に「エモい古語辞典」という面白い辞典をご紹介しました。
確かに古語は現代の我々が普段あまり使わない言葉ですが、繊細な情感を表す言葉や、感受性豊かで微妙な感情を表す言葉、あるいはノスタルジーを感じさせたり、心を動かされる魅力的な言葉がたくさんあります。
そこで「エモい古語」をシリーズでご紹介したいと思います。
1.水
・水沫/水泡(みなわ):水の泡。はかないことのたとえにも言います。
・水鞠(みずまり):大きい水滴をまりにたとえた言葉。とびちる水しぶき。
・潦/行潦(にわたずみ):雨が降って、地面にたまって流れる水。「流る」「川」にかかる枕詞。
・汀(みぎわ):水のほとり。水ぎわ。
・水陰(みかげ/みずかげ):水辺の物陰。
・さざれ水(さざれみず):さらさら流れる水。
・曲り水(めぐりみず):ゆるやかに曲がりながら流れる水。
京都・城南宮などで行われる「曲水の宴(きょくすいのえん/きょくすいのうたげ)」(*)は有名ですね。
(*)水の流れのある庭園などでその流れのふちに出席者が座り、流れてくる盃が自分の前を通り過ぎるまでに詩歌を詠み、盃の酒を飲んで次へ流し、別堂でその詩歌を披講するという行事
・忘れ水(わすれみず):野中などで人に知られずひっそり流れている水。
・水曲(みわた):川が曲がって流れがよどんでいるところ。
・翠江(みどりえ):深い藍色の水をたたえた入り江。
・隠り江(こもりえ):草が茂って見えない入り江。忍ぶ恋の苦しさのたとえに使われることもあります。
・隠り沼(こもりぬ):草の茂みなどに隠れて、水が見えない沼。
・水陽炎(みずかげろう):水面が太陽の光を反射してかげろうのように揺れて見えること。
・漣/細波(さざなみ):細かくささやかな波。古くは「ささなみ」。または心に走るささやかな動揺。
・白木綿波(しらゆうなみ):白木綿(しらゆう)のように白い波。木綿はコウゾ(楮)の樹皮からつくった糸で、神事のときなどに用いました。
・澪/水脈(みお):川や海の深い部分で、船の通る道。
・澪標(みおつくし):水路に杭を並べみちしるべとしたもの。和歌では「身を尽くし」の掛詞となります。
余談ですが、大阪市の市章()は澪標をかたどったものです。
・海の原(わたのはら/わだのはら):広い海。大海原(おおうなばら)。「海神(わたつみ/わだつみ)」は海の神のことで、転じて海そのものを指します。海底は「海の底(わたのそこ)」と言います。
太平洋戦争に学徒出陣して戦没した学徒兵の遺書を集めた遺稿集「きけわだつみのこえ」というのがありましたね。
・水神(みなかみ):水をつかさどる神。
・海境(うなさか):「万葉集」「古事記」に記された海神の国と人の国とを分ける境界。
・罔象(みずは):水の精霊。みずち。日本神話に登場するミズハノメ(罔象女)は、イザナミがやけどで亡くなったときに漏らした尿から生まれた水の女神。
・みさみさ:水に濡れてびしょびしょになったさまを表す言葉。「しののに」とも言います。
・水籠り/水隠り(みこもり):水のなかに隠れること。または恋心などを秘めておくこと。
2.火
・炎/焔(ほむら):ほのお。
・火影(ほかげ):灯火の光。
・火中(ほなか):燃えている火のなか。
・焔の舌(ほのおのした):激しく燃え上がっている炎の先。
・狂焔(きょうえん):激しく燃え盛る炎。「烈焔(れつえん)」。
・紅蓮(ぐれん):真紅(しんく)のハスの花。猛火の燃え立つさまのたとえ。
・瞋恚の炎(しんいのほむら):燃え盛る炎のような激しいうらみや怒り。
・胸走り火(むねはしりび):ときめく心をぱちぱち飛びはねる火の粉にたとえた言葉。
・埋み火(うずみび):灰の中にうずめた炭火。秘めた熱い恋心や消えない情熱にたとえられて詩歌などに詠まれました。冬の季語。
・火の印(ひのいん):左右の指を三角に結んで火の形をつくること。火を呼ぶとされます。
・末黒野(すぐろの):野焼きして黒く焦げた野原。春の季語。
3.鉱物・宝石
・水精(すいしょう):水晶の中国や日本での古名。
二酸化ケイ素 (SiO2) が結晶してできた鉱物である「石英( quartz)」のうち、六角柱状のきれいな自形結晶で、特に無色透明なものが水晶です。
・紫水晶(むらさきずいしょう):アメジストの和名。紫色の水晶。
・黒水晶(くろずいしょう):黒く透明感のない水晶。モリオン。
・雲母(きらら/うんも):六角の板状に結晶し、薄くはがれやすい性質を持つケイ酸塩鉱物。光沢が強いのでこう呼ばれます。きら。マイカ。
・白雲母(しろうんも):白色または透明のケイ酸塩鉱物の一種。星の形に見えるものは星型白雲母(スターマイカ)と呼ばれます。
・雲母摺(きらずり):浮世絵の版画手法のひとつ。雲母の粉などを使ってキラキラ光る効果を狙ったもの。
・玉髄(ぎょくずい):微細な石英の結晶からなる鉱物。
・瑪瑙(めのう):玉髄の一種で層状のしま模様を持つもの。
・碧玉(へきぎょく):不規則塊状の石英の一種で、瑪瑙よりも不純物が多く不透明。色は緑、赤、黄、褐色などさまざま。「勾玉(まがたま)」などに使われました。ジャスパー。
・海泡石(かいほうせき):灰白色の多孔質石。セピオライト。ドイツ語ではミアンシャムと呼ばれ、海の泡を意味するところからこの和名が生まれました。
・月長石(げっちょうせき):長石の一種で、見る方向により月光のように光るもの。ムーンストーン。
・夜光石(やこうせき):ダイヤモンド(和名:金剛石)の異称。
・蛋白石(たんぱくせき):オパールの和名。二酸化ケイ素と水がまざってできた非晶質の鉱物。
・銀星石(ぎんせいせき):含水リン酸アルミニウム鉱物のひとつ。ワーベライト。断面が放射状の光沢を放つことから名付けられました。
・雪花石膏(せっかせっこう):大理石の一種で彫刻に用いられます。なめらかな白の比喩。アラバスター。
・土耳古石(とるこいし):ターコイズのこと。土耳古はトルコの中国語表記「土耳其」から。
・翡翠(ひすい):古くから装飾用に使われた緑色の半透明な鉱物。またはカワセミの異称。
・蛍石(ほたるいし):フッ化カルシウムを主成分とするハロゲン化鉱物。色は無色から黄、緑、青、紫などで、加熱するとホタルのように発光するところから名付けられました。紫外線を当てると、蛍光を発するものもあります。フローライト。
・緑柱石(りょくちゅうせき):ベリリウムを含む六角柱状のケイ酸塩鉱物。透明で青い色調のものはアクアマリンと呼ばれます。
・孔雀石(くじゃくいし):マラカイトの和名。クジャクの羽のような深い緑色としま模様が特徴。
・天河石(てんがせき):アマゾナイトの和名。緑がかった青色の微斜長石。
・翠玉(すいぎょく):エメラルドの和名。
・蒼玉(そうぎょく):サファイアの和名。青玉(せいぎょく)。
・菫青石(きんせいせき):鉄・マグネシウムを含むケイ酸塩鉱物。アイオライト。淡い青からスミレ色まで見る方向で色が変化するため、「二色石」という別名があります。
・藍晶石(らんしょうせき):アルミニウムのケイ酸塩鉱物。青灰色で光沢があります。
・天青石(てんせいせき):硫酸ストロンチウムを主成分とする鉱物。澄んだ青空のような結晶として産出されることからこの名前が付きました。
・天藍石(てんらんせき):藍色の含水リン酸塩鉱物。英語表記はlazulite(ラズライト)(下の写真・左)ですが、同じくラズライトと呼ばれる「青金石(せいきんせき)」(lazurite)(下の写真・右)とはスペルが異なります。
・瑠璃(るり):青金石(lazurite)を主成分とする半貴石ラピスラズリの和名。古来青色の宝石類を称します。仏教の七宝(しっぽう)のひとつ。
・薔薇輝石(ばらきせき):マンガンを主成分とするピンク色のケイ酸塩鉱物。
・風信子石(ひやしんすせき/ふうしんしせき):ジルコンの和名。色はさまざまで、無色透明なものはダイヤモンドのように光ります。古代ギリシャでこの石がヒヤシンスと呼ばれていたとされることから。
・柘榴石(ざくろいし):ガーネットの和名。
・空晶石(くうしょうせき):紅柱石(こうちゅうせき)の一種で、横断面上に炭質物による黒い十字の模様があらわれるもの。キャストライト。
・猫目石(ねこめいし):結晶中に平行な針状の包有物が多く含まれ、半球状に研磨することで猫の目のように中央に光芒があらわれる良質な金緑石(きんりょくせき)。
・紺珠(かんじゅ):中国・唐の張説(ちょうえつ)が持っていたとされる、撫でると記憶がよみがえる紺色の宝珠。記憶力のよさ、記憶を呼び起こすもののたとえにも使われます。
4.ガラス
・玻璃(はり):仏教でいう七宝のひとつ。水晶のこと。ガラス(硝子)の別称でもあります。
・薄玻璃(うすはり):薄いガラス。
・凍玻璃(いてはり):凍りついたようなガラス。冬の季語。
・ぎやまん:おもに江戸時代のカットガラス製品を指す言葉。原語はオランダ語でダイヤモンドを意味するdiamantで、ガラスを切って細工するのにダイヤモンドを用いたことから。夏の季語。
・ぽぴん:近世のガラス製玩具。口にくわえて吹くと音を発します。ぽっぴん。ぽっぺん。ぽぺん。ビードロ。夏の季語。
喜多川歌麿の美人画の浮世絵「ぽっぴんを吹く女」をモチーフにした「ビードロを吹く娘」という「切手趣味週間」の記念切手がありましたね。私も収集していました。